『ココロニ嘘はつけない 3』
観月君の書いてくれた地図を頼りに店を訪ねた。
確かに彼が心配してくれるのも無理はない。
入り組んだ裏通りにある目立たないお店。
やっとたどり着いた時には、もう夕方になっていた。
お店の中は観月君が薦めてくれただけあって、もう夢のような空間だった。
お洒落で可愛い輸入雑貨ばかりの店。
ローズの繊細な絵が描かれたティーポットに一目惚れ。
どうせならティーカップも欲しい。シュガーポットも可愛いと、目移りして時間ばかりがかかってしまう。
吉朗にも嫌がられるぐらい買い物に時間を要する私は、アドバイザーもいないせいで更に時間がかかってしまった。
結局は予算の関係もあってティーポットだけしか買えなかった。
思った以上に高額だったから仕方ない。
けれど、私の買ったポットは『定番の品だからお金がたまった時に、ひとつずつ揃えるといい』と、
お店の人からアドバイスを貰った。
次はお揃いのティーカップにしよう!と心に決めて、幸せ一杯の気持ちで店を出たら外は真っ暗だった。
時計を見て、ティーポットひとつ買うのに費やした時間の多さに目眩がした。
吉朗と一緒だったら店から強制退去されたことだろう。
とにかく早く帰ろう。そう思って歩き出したけど・・・・なかなか目指す通りに出ない。
暗いし、曲がる角を間違えたのかもしれない。
赤や紫のネオンが目に映りだし、私には場違いな通りに入ってしまったことが分かった。
なにやら怪しげな看板を持った黒服の男の人がジロジロ私を見ている。
こんな人に道を聞くのは躊躇われるし、とにかくもっと他の場所に・・・と焦って歩くのに見たこともない店が並ぶ。
おまけに空からはポツポツと雨の雫が落ちてきた。
胸が騒ぐ。
永遠に、この闇から抜け出せないような不安が足元から沸いてくるようだった。
そうだ。電話・・・と、吉朗の携帯に電話をしたけれど繋がらない。
繰り返されるアナウンスに溜息が出た。
この場所が分かる人。そうなると、一人しか残されていない。
でも、彼の電話番号なんて知らない。
雨が段々本格的に降り始めた。
擦れ違う男の人たちが、みんな怖い人に見える。
どうしよう・・・と携帯のアドレスを次々と呼び出していく。
その中に、寮の電話番号があった。
同じ文化委員をしている男の子が教えてくれた番号。携帯が繋がらなかったら、ここに伝言してくれと頼まれた。
この寮には・・・彼もいる。
そう思ったらボタンを押していた。
出た人に彼の名前を告げる。
声が震えていたかもしれない。
お願い、観月君いて!
ざわざわと雑音がして、待つ時間が長い。
体が雨に濡れるから、シャッターが閉まっているスナックらしき店の軒下に入った。
大切なポットの包みを足元に置き、寒くて震える体を抱きしめるようにして彼の声が聞こえてくるのを待った。
ガタガタ・・・と音がして、息を呑む。
『もしもし?って、あなた、』 ああ、いてくれた・・・
「み・・ずき・・・くん、あのね」
『もしもし?外なんですか?』
「私・・・迷子になっちゃって」
笑ったつもりだった。この歳で迷子なんて、笑っちゃうでしょう?って。
なのに、声は涙と一緒になってしまった。
『近くにある店とか、番地とか、なんでもいいから言って!』
「えっと、飲み屋さんばっかりなの。教えてもらった店を出て、2本目の角を曲がる所まではあってたと思うんだけど・・・ね、」
ガシャン!と、遠くでガラスの割れた音がして全身がビクッと跳ねた。
携帯を強く握り締めて身を竦める。
「観月くん・・怖い、」
『っ、シッカリしてっ。早く、もっと目印になるものを言って!
ああ、不二君!僕の部屋に行って机の上にある携帯と財布を持ってきてください!早くっ』
観月君・・・って呼んだ。
それだけで、少し落ち着いた。
心臓はドクドクと打っているけれど、周囲を見回して目についた店の名前や目印になりそうなものをあげていく。
『だいたい分かりました。一度電話を切りますよ。すぐに携帯にかけ直しますから番号を教えてください。
いいですか?そこから動かないで。ずっと携帯で話していれば怖くないでしょう?』
「うん、」
『すぐに行きます。』
「うん、」
一度は切れた電話。
またすぐに観月君から電話がかかってきた。
『今、寮を出ました。雨が降ってる。傘は?』
「持ってないの。こんなに遅くなると思ってなくて」
『雨が避けられる場所にはいるんですか?』
「うん。閉まってるお店の軒下。」
『急ぎます。大通りでタクシーを拾いますから、すぐですよ。』
「ごめんなさい」
『・・・謝るのは僕の方です。ついていけば、よかった。』
彼が来るまでの15分ほど。
ずっとずっと、観月君が話し続けてくれた。
観月君の優しい声を聞きながら、私は雨の落ちてくる空を見上げ彼の横顔を思い浮かべて耐えていた。
『今、2本目の通り。ええっと、これじゃないな。どこだ、』
「あの・・・斜め前で黒服の男の人が客引きしてるの。すごく派手な看板持ってて・・・ピンクのヒラヒラがついてる。」
「お譲ちゃん、ここで何してるの?」
私の前に中年のオジサンが立っていた。
身を硬くして後ろに下がったら、後ろのシャッターに当たって派手な音がする。
「人を待ってるんです。」
「人?こんなところで?」
『誰と話してるんですか?』
「知らない人に話かけられて・・・あの、もうすぐ迎えが来ますから。」
「一緒に待っててあげようか?」
「結構です!観月君っ・・・」
「『っ!』」
怖くてギュッと目を閉じた瞬間、携帯と同時に声が聞こえてきた。
携帯を握り締めた観月君が雨の中に立っていた。
肩で息をしながら、怖いぐらい私の前に立つ人を睨みつけている。
「あ・・・ああ、お迎えか。じゃあね。」と、男の人は足早に去っていった。
観月君、手には傘を持っているけど差してない。
雨に濡れた黒髪からは雫が落ちていた。
吐く息が夏の終わりなのに白くて・・・私は込み上げてくる涙を堪えることができなかった。
来てくれた。
「ゴメンナサイ・・・」
携帯を握った手で涙を拭いながら謝った。
俯いた足元の視界に、靴紐のほどけたスニーカーが入ってきたのを見た。
突然に揺らぐ視界。
慌てて体勢を立て直そうとする私の体が強い力で包まれた。
頬に湿った布の感触。
耳元からは、走るような鼓動と一緒に「遅くなって、すみません」と呟く観月君の声がした。
抱きしめられて体の力が抜けた。ひどく安心して、涙が零れた。
湿ったシャツ越しに伝わる体温は熱いほど。
その温もりが欲しくて、私も胸に縋るようにして抱きついた。
ひとつの傘に肩を並べて歩く夜道。
私の肩が濡れないように、さりげなく自分の身を引いてくれている。
観月君の肩が濡れる方が心配で私も遠慮して、お互いが黙って傘を譲り合う。
「仕方ないですねぇ。お互い、もう少し中に。」
苦笑いを浮かべた観月君が腕を引いてくれて、肩が触れ合うほど近くに寄り添って歩いた。
買ったばかりのポットが入った紙袋は雨に濡れてしまった。
落とさないように胸に抱え、二人を庇う傘に落ちる雨の音を聞きながら歩いた。
観月君は喋らない。私も何を言っていいのか分からない。
ただ彼の立つ右側が温かい気がして気持ちが落ち着く、それでいて静かに早く鼓動は打っている。
見慣れた家並みが続いてきて、吉朗の家が近くなってきた。
観月君が足を止め、久しぶりに口を開いた。
「ここぐらいまでくれば安心でしょう。」
「うん。ありがとう。」
「僕はここで帰ります。傘を、」
「駄目。観月君が差して。私は、ここから近いから。」
「僕だって駅まで走れば、どうって事ないですよ。」
「だから傘は、あなたに。」
傘を私に差し出して譲らない観月君。私だって譲れない。
もしも観月君に風邪でも引かせてしまったら・・・私はどうしていいのか分からない。
そこへ携帯の着信音が割ってはいった。
観月君が手を引っ込める。この着信音は吉朗。
その気配を感じ取ったのか観月君が「どうぞ」と促す。
「もしもし?」
『。俺に電話した?って・・・お前、まだ外か?』
「うん。」
『マジ?で、どこだ?』
言葉につまった。観月君が空を見上げている。
星も月もない。雨の雫しか落ちてこない空を黙って見ていた。
『もしもし??聞こえてるか?』
「うん。あの・・・」
観月君が私に視線を戻す。
ほんの少し微笑んで「赤澤に迎えにきてもらいなさい」と囁くように言った。
吉朗に今いる場所を告げ、傘がないと言えば『すぐ行く』と携帯が切られた。
その間も観月君は切なくなるほど優しい目をして私をみていた。
「来てくれるって」
「よかった。じゃあ、ここで帰ります。濡れないように、ここの屋根の下に入って待てばいいでしょう。」
「観月君、帰っちゃうの?」
「赤澤には毎日飽きるほど会ってますから。」
「でも、」
「今日のこと。僕との事は忘れてください。赤澤にも・・・言わない方がいいかもしれない。
迷子になったなんて言ったら赤澤に笑われるでしょう?だから、ナイショ。」
悪戯っぽく唇に人差し指を立てて笑う観月君だけど、私は笑えなかった。
彼の顔、唇は笑った形を作ってるけど・・・目が笑ってない。とても辛そうな目をしてる。
「観月君、私っ」
「さんも、風邪を引かないように。おやすみなさい。」
私の言葉にかぶさるよう『さん』と呼んだ観月君が背を向ける。
『』とは呼んでくれなかった。それが、とても寂しく思える。
私・・・の後に何を続けるつもりだったの?観月君に何が言いたかったんだろう?
混乱する頭で、雨の中に消えていく観月君の背中を見送った。
誰かの背中を、こんなにも辛く苦しい思いで見送ったのは初めてだった。
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