『ココロニ嘘はつけない 2』










「バイトって・・・ここだったんですか?」



目の前にたった観月君が心底驚いた顔をして立っていた。
小さな紅茶専門店。手作りの焼き菓子と紅茶を量り売りしている店だ。
お洒落で小さな店だから、圧倒的に女性客が多い。
吉朗に場所を教えたけれど店の前から覗いただけで「入れなかった」と帰った。


そんな店の常連客が観月君だったとは・・・私のほうも驚きだった。



「あの、予約してあったセカンドフラッシュを取りに来たんですけど。」
「セカンド・・えっと。え?予約、」


さん、裏にあるから取ってきて。店長に聞けば場所を教えてくれるわ。」
「はい。ゴメンね、観月君。」


「いいえ。急いでませんから。」



私は慌てて奥へと入っていった。
店長に予約の品を納めた場所を教えてもらい、観月君の予約票が挟まれた紅茶を出した。



「これって・・・」
「ダージリン茶だよ。ヒマラヤ山脈の麓で栽培されてるダージリンには、
 春摘みの『ファーストフラッシュ』初夏の『セカンドフラッシュ』秋の『オータムナル』があるんだ。
 質のいいものは希少だからね、ファンの人は予約してでも手に入れるのさ。」


「そうなんですか、すごい。」
さんも後で飲み比べてごらんよ。味が季節によって違うから。」


「はい!」



店の方に出て行くとベテランの先輩と観月君が紅茶の話をしていた。
まだバイトを始めたばかりの私にはチンプンカンプンの単語が飛びかっている。
観月君、本当に紅茶が好きなんだ・・・と思うと微笑ましかった。



「ハイ。お待たせしました。」
「いえ、僕こそ忙しくて取りに来るのが遅くなってしまったんです。やっと、ここまで辿り着いたって感じで。」


「そうか、観月君・・・忙しいものね。あ、でも。これからは私に注文してくれれば買ってきてあげられるよ?」
「君が?でも、」


「ついでに紅茶のことを私に教えて。まだ、分からないことばかりなの。勉強したくて、」



観月君は眉間に皺を寄せて、少し躊躇う仕草を見せた。
遠慮しているのかな、それとも忙しいのに『教えて』なんて言って迷惑だったのかな?
胸がヒヤッとした。観月君に嫌われたら・・・



「あら、いいわね。彼は、とても詳しいから勉強になるわよ。」
「でもっ、観月君の迷惑になるならいいの。ちょっと思いつきで言っただけだから、あの・・・気にしないで?」



顔の前で手を振って、前言撤回状態の私に先輩が首をかしげる。
観月君が、ハッとして顔をあげた。



「いえ、迷惑なんかじゃないですよ。僕こそ、あなたに頼めれば助かる。僕の知っている事なら教えるのだって構わない。
 ただ・・赤澤に聞いてみないと。僕の一存では・・・」


「なんで吉朗に?部活に邪魔になるよう事はしないよ?学校の休み時間とかに、ちょっと教えてくれるだけでいいの。」
「それは分かってますけど。でも、あなたは、」


「なに?」
「・・・とにかく、赤澤に聞いてみてください。」



観月君はそれだけ言うと会計を済ませて、すぐに店を出て行ってしまった。
急に不安になる。なんだか素っ気ない彼の態度に、やはり迷惑だったのかも・・・と胸がモヤモヤとして辛い。
どうしよう、ばかりを思っては落ち着かないまま、その日のバイトを終えた。





その夜、吉朗にメールを打った。
観月君がバイト先の常連だったこと。
彼に紅茶のことを教えてほしかったけど『赤澤に聞いてみないと』と言われた事を書いた。



『そういえば、観月は紅茶が好きだな。が、そこまで凝ってるとは知らなかった。教えてもらえば、いいんじゃないか?
 観月は辛らつなようで、細かなとこまで気遣いのできる奴だから、 一応は彼氏である俺に許可を取れって言いたかったんだろ?
 別に俺の許可なんかとらなくったっていいんだけどな。信用してるってのに。』



なるほど、そういうことか。
納得した私だったけど、やっぱり観月君の迷惑にはなりたくない。
明日もう一度聞いてみよう・・・と思いながら、なかなか寝付けなかった。










「観月君!」
「おはようございます。今日は赤澤と一緒じゃないんですか?」



ニコッと観月君が笑ってくれた。
昨日から鬱々と考え込んでいた私には、お日様みたいに明るい笑顔に見えてホッとする。



「滅多に一緒にならないよ?吉朗、朝練以外は起きないもの。今日も遅刻よ、きっと。」
「冷たい彼女ですね。」


「私達、付き合ってるって感じじゃないから。なんか、幼馴染の延長。」
「そう・・・ですか?赤澤は違うと思いますけど。」


「そんなことないよ?付き合おうって言ったのは吉朗だけど、恋人らしいことなんてナイもの。」
「それは、あなたが大切なんですよ。」


「そう、かな?」
「そうですよ」



観月君が視線を空に向けた。
その横顔は相変わらず綺麗だけど、なにか不思議な色の瞳をしていた。
悲しそうな・・・ううん、少し違う。なんていうか、何かを祈るような切実な瞳。



「観月君?」
「昨日のセカンドフラッシュ、香りも色も味も逸品でした。さすが、店長だ。」


「あ、うん。店長が現地に行って吟味したものだけを輸入してるって言ってた。」
「そうです。だから、あの店のものは失敗がないんです。いい店でバイトしてますよ。僕がバイトしたいくらいだ。」


「それでね、昨日のことなんだけど。」
「分かりました。僕でよければ教えてあげますよ。」


「いいの?本当に?」
「昨夜、赤澤からも頼まれましたからね。」


「吉朗が?」
「ビシビシやってくれ!と。」


「え、」



テニス部での観月君は後輩たちから『鬼』と噂されているのを聞いたことがある。
怯えた私の表情を見抜いた観月君が肩を揺らして笑い始めた。
ああ、たのしみですねぇと、教室が別れる階段まで、観月君は笑い続けていた。





昼休みの中庭で私は観月君から紅茶のレクチャーを受けることになった。
始めは一緒に聞いていた吉朗は飛びかう横文字の名前に目眩がするといって、ランチを食べると隣で昼寝をするようになった。
観月君は吉朗の昼寝を邪魔しないように、囁き声にも近い静かな声で話す。
私は膝にノートを広げて、観月君の声を聞きながらメモを取るのが日課になってしまった。



「すごい・・・紅茶って奥が深いのね。」
「日本のお茶だって奥が深いでしょう?あれと一緒ですよ。」


「ね、観月君は紅茶を淹れるのも上手なんだよね?いつか、それも教えて。」
「いいですけど。ティーポットとか持ってますか?」


「ない・・・と思う。急須じゃ駄目よね?」
「呆れた人ですね。駄目ですよ。葉っぱが回って開くぐらいの大きさがないと。」


「そっか。買おうかなぁ。」
「僕、いい店を知ってますよ。教えてあげるから、赤澤とでも行ってみたらどうです?」


「吉朗と?そういうセンスは皆無だと思うんだけど。」



「俺だって、お前の長い買い物に付き合うのは御免だよ。ああでもない、こうでもないと長すぎる。」



寝ていた吉朗が腕時計の時間を確認しながら起き上がってきた。
長い腕で伸びをしながら「観月に付き合ってもらえば?」と吉朗が言った。
え?と、さすがに私も驚いた。
観月君と二人で出かけるなんて、考えただけで緊張するだろう事が浮かんだ。



「何を言い出すんですか」
「なんだ、いいよ、別に。今週末は午後の部活ないし。俺はガットの張替えに行きたいんだ。
 観月が付き合ってくれたら助かる。」


「赤澤、でも」
「なんだよ。俺は観月を信用してるし、そんな気を遣わなくていいよ。な、。」



観月君が口をつぐむ。僅かに眉根に寄った皺。
何かを言おうとして不自然に止めたような、中途半端な雰囲気があった。



「いいよ。観月君もせっかくの休みなんだし。場所さえ教えてもらえれば、一人で行ける。」


さん、申し訳ないけど・・・」


「ううん。いいの、本当に。お店の場所だけ教えて?」



観月君は私のノートに地図を描いてくれた。
少し裏の方に入った場所らしいが、人に聞けば分かるだろう。



予鈴が鳴った。



「おい。やっぱり、俺も一緒に行ってやろうか?」



一人で行くとなると心配になったのか、吉朗が私の顔を覗き込む。
平気、と断わってノートを閉じた。



昇降口に向かっていたら、遠くから「赤澤〜!」と誰かが呼んでいる。



「おっ、ヤバイ。教科書、借りっぱなしだった。悪い、俺は先に行く。」



吉朗が軽く私の肩を叩いて走り出した。
その時、後ろからポツ・・・と聞こえてきた声。




校舎に反射するざわめきに紛れていたけれど、確かに聞こえた。





「もう、無理でしょうかね・・・」





振り向くと、観月君がまた空を見上げていた。



遠い目をしている彼の横顔を見ると。



何故だろう。胸がキュッと痛む。



私の視線に気がついて、観月君が正面から私を見た。
一瞬の真顔。が、それはすぐに唇に僅かな笑みを乗せた顔になる。



「さぁ、急がないと本鈴がなりますよ。」



私を追い越して、観月君が昇降口のガラス戸に向かう。
細身なのに、シッカリとした男の人の肩。





何故だろう。
なんで・・・こんな気持ちになるんだろう。





切ないよ。




















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