Let's meet again if we have a chance. 〜最終話〜
『けーちゃんが見上げてた空と一緒だ』
愛しむように囁かれた声を思い出すたび、
俺はオフィスの合間に覗く空を見上げるのが癖になっていた。
「この前の、あれ・・・青学のコやろ?」
「誰のことだ?」
久し振りに聞いた学校名に眉を上げた。
忍足は生ビールのジョッキを手に、意外そうな顔をする。
「ホテルのロビーで鉢合わせしたことがあったやろ?
あの時に連れてた女のコやって。あれ、あのコやろ?ほら、ずっと試合を見に来てた」
俺は目を見開く。
頭の隅にきらめく陽射しと緑の影が過ぎる。
「その話、もっと詳しく聞かせろ」
「はぁ?」
間抜けな声を出した忍足が首をかしげた。
いつも遠くの木陰で俺を見ている他校の生徒がいた。
氷帝のテニスコートに他校も含めて、追っかけのように押し寄せてくる女生徒は山のようにいる。
男たちの目に留まるよう、どの女も小奇麗にして、手には差し入れを持ってくるのが普通だ。
そして少しでも近く、声が掛けられるところへと迷惑も顧みずに出てくる。
だが、その女は違っていた。
整った顔立ちはしているようだが、地味な銀縁の眼鏡に黒髪を編み、化粧っけもない。
前に出てくることもなければ、声をかけてくることもなく、遠くから黙って練習を見ていた。
『あのコ、今日も来てるなぁ。声をかけてみようか』
『木陰に立つ青学のコか?忍足の趣味って地味だな』
『宍戸には分からへんやろうけど。あのコは、ちゃんとしたら美人さんやで?
なんや清楚やし、育ちも良さそうやろ?ああいう控えめなコ、タイプなん』
『けどよ、忍足のファンかは分からないぜ?お目当ては、俺だったりして』
『ないない』
『なんだと?』
忍足と宍戸が騒ぐのに、そろそろ雷を落としてやろう息を吸い込む。
その時だ。隣から寝ぼけたようなジローが会話に入って来た。
『あのコ、ずっと跡部のファンだよ』
『はぁ?なんでそんなこと分かるんや?』
『だってさ。中学ん時、跡部が青学のチビに負けた事があったじゃん。あの時、泣いてた』
思わず練習メニューをめくる手が止まった。
それは、三年近く前の話じゃないか。
『は?ジローは、そんな前から知ってたんか?』
『木陰で寝てると、よく会うからね』
『なるほど。けど、越前のファンで嬉し泣きしてたんかもしれんで?』
『青学の試合会場にはいなくても、ウチのとこには応援にきてるから違うと思うよ』
『また跡部か。どこがええんやろ、こんな俺様が』
『中学から来てたのか。知らなかったな』
『てめぇら。つまんねぇこと話してないで、さっさとコートへ入れよ!!』
いい加減な返事をして走り出す奴らの背を見送り、俺は後ろを振り返る。
群がる女子たちが黄色い声をあげる中、木陰に立つ女は静かに俺を見ていた。
政財界の大きなパーティーがあった。
面倒なことこのうえないが、俺には別に目的があった。
いた。
探していた人物を見つけ、俺は拳を握りしめる。
数か月ぶりに見た元婚約者は清楚なクリーム色のドレスを着て、随分と年上の男の隣に立っていた。
男が彼女の腰に手を回し、グラスを片手に声を掛けてきた相手と大声で話している。
だらしなく笑んだ男は、腰にまわした手を引き寄せて彼女の名を呼んだ。
伏せ目がちに強張る小さな笑みを浮かべた、その横顔。
「失礼。彼女に話がありますので」
突然に割って入った俺に、男たちが驚いた表情を見せる。
それよりも更に驚いた顔をしているのは、だ。
「あ・・跡部さん」
「話がある」
言うが早いか、軽く俺の手がまわってしまう細い手首をつかむ。
男が腰にまわした手は、簡単にほどけた。
「待ちたまえ。君は」
「ああ、失礼いたしました。私はこういうものです。後でゆっくりご挨拶を」
胸から名刺を出すと男に押し付け、俺はの腕を引き背を向けた。
「ま・・待ってください。どこへ」
「話があるんだ。落ち着いて話せる場所に行く」
「でも」
「黙って付いてこい!!」
声を荒げると、それきりは口をつぐんだ。
会場から外へ出て、ホテルの中庭に連れだす。
庭を彩るライトアップにの白い肌が照らされ、身体の線が頼り無く浮かび上がった。
「これを着とけ」
上着を脱いで差し出したが、は怯えたような目で俺を見るばかりで動かない。
焦れた俺は有無を言わさず、細い肩に上着をかけた。
目の前にしたは、こんなにも小さな女だったろうかと思う。
震えるように自分の腕を抱くは、長い睫毛を伏せて足元ばかりを見ている。
「お前、いつから俺を知っていた?」
ハッとしたが顔をあげた。
ああ、確かに面影がある。髪型も違うし、眼鏡もなければ、化粧もしている。
それでも木陰の下に立っていた女に重なる姿があった。
「なんで言わなかった?ずっと前から俺を知っていたと」
が唇をかみしめて首を横に振る。
巻かれた毛先が跳ねて、色を失った白い頬をたたく。
「、言えよ」
名を呼んで肩をつかむと、の瞳は今迄にないほど大きく見開かれた。
その反応に手が止まった俺を見上げ、次には言いようもないほどシアワセそうに瞳を細める。
「名前・・・」
「なまえ?」
「初めて呼んでくれました」
みるみるうちに瞳に涙を溜めた。
柔らかく微笑むと透明の雫を頬にこぼした。
名前を呼んでやるだけで、そんなにも嬉しいのか?
そうだった。
俺がどんな冷たい言葉で拒絶しても、いつも嬉しそうに笑っていた奴だった。
ただ傍にいるだけで、馬鹿みたいに幸せそうな顔をしていたじゃないか。
「それぐらいで喜ぶなよ」
堪らず、つかんだ肩を引き寄せる。
あっけなく胸に収まる小さな体は思ったより重みがあり、俺は安心して力をこめて抱きしめた。
溜息が出る。
今までの呆れた溜息でも、諦めでもない。
この女を腕に抱けた安堵の吐息だった。
「どう・・して」
胸に埋もれたのくぐもった声がした。
背中のワイシャツをつかむ温もりと響く涙声が愛しいと思う。
顎の下にある黒髪に頬を寄せ、俺はあの夏の日を思い出していた。
「きっと情が移っちまったんだな」
ずっと木陰の下に立ち続けている姿が目に留まり、気まぐれのように声をかけた。
驚き、次には恥ずかしそうに俯いた他校の女。
たまたま手に持っていたのが使い古したテニスボールだった。
中学から俺を見続け、敗戦には涙まで流したという。
そうジローから聞いていたから、手にしていたボールをくれてやったんだ。
覚えているか?
お前は不器用な仕草でボールを受け取ると、俺を見上げて微笑んだ。
それは嬉しそうに。まるで宝物でも受け取った子供のように、笑ったんだ。
Let's meet again if we have a chance.
チャンスがあれば、また会おう。
帰るなり、が玄関で待ち構えていた。
「私、家出してきちゃった」
「へぇ。そりゃ、思い切ったことをしたな」
上着を脱ぐと、が慣れた手つきで受け取る。
「結婚は絶対に許さないって」
「そりゃ・・親父さんの面目、丸つぶれだろうからな」
「だからね」
「ああ」
「けーちゃん、かくまって?」
上目づかいに問う姿に笑みが浮かぶ。
俺はネクタイを緩めながら、の頭を大げさに撫でた。
「いいぜ。そのかわり一生かくまい続けるが、いいのか?」
冗談めかした俺の台詞に、は笑う。
相変わらず嬉しくてたまらないという顔で、俺の胸に飛び込んできた。
お前たちはちっとも親の言う通りにならんと
二人揃って呆れられるのは、それから直ぐ後のことだ。
Let's meet again if we have a chance.
2009/08/25
拍手の続きをリクしてくださった方に捧げます。
ありがとうございました。
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