Let's meet again if we have a chance. 2
今日の空も青い。
照りつける陽射しに、ずっと忘れない背中を思う。
流れる汗を拭いもせず、ただ目の前の相手を強く見つめていた。
緑のテニスコートに立つ、あの人が憧れだった。
「、これを」
父に手渡されるファイルは、幾つめだろうか。
なんだか就職活動でもしているみたい。
いやいや、世の中は婚活という言葉が流行っているらしい。
そう考えると自分も婚活中なのだろう。
本人は望んでなくても・・・だが。
溜息をつきながらファイルを開いた瞬間、飛び込んできた強い眼差し。
「その男は」
父が説明を始めたが、私の耳を素通りしていく。
だって私は知っている。
彼は私の憧れだったのだから。
「時機を見て、婚約は破棄する。お前も、そのつもりでいろ」
すっかり大人になった彼は不機嫌を隠しもしないでハッキリと言った。
「破棄するのに婚約するんですか?なら、しなきゃいいのに」
「しなくて済むんだったら、とっくにしてるんだよ」
「しがらみって嫌ですねぇ」
「お前も一緒だろっ」
「そうですよねぇ」
不思議とショックはない。
それより『お前』と呼ばれたことが嬉しくて、つい笑ってしまった。
ああ、やっぱり彼は跡部景吾だった。
親の言いなりにならないところが彼らしい。
そうでしょう。
私のように家を背負い、今の時代に父親の道具になるような女は嫌いでしょう?
だって私が一番嫌いだもの。
私に残された自由な時間は残り少ない。
だから決めました。
好きなように、やりたいように、私が望むように。
一生分の我儘をこの時に使おうって。
とにかく会いたかった。
一日も、ううん。一分だって無駄にしたくなくて、迷惑を顧みずに会いに行った。
はじめは偶然を装ったりと頑張ってたけど、
どう工作しても嫌な顔をされるのは同じだと悟ってからは堂々と行く。
「けーちゃん、おかえりなさい」
「また、きやがったのか。っていうか、その呼び方はヤメロ!」
玄関で目をつり上げて怒る跡部君が可笑しい。
わりと子供っぽい人だと思う。
「いいじゃないですか。親しみやすい名前だし、かわいいですよ?」
「さっさと帰れ、それで二度と来んな」
「そんなぁ。空のお弁当を回収しないと帰れませんよ」
「また弁当を持ってきたのか?迷惑だって言ってるだろう」
怒りながらネクタイを緩め、上着を脱ぐ。
その姿が格好良くて見惚れつつ、つい上着を受け取ろうと手を差し出したら無視された。
手作りの料理を食べて欲しくて、何度も跡部君に頼みこんだのだけど駄目だった。
そこで考えた苦肉の策が、お弁当。
いらない。食べない。捨てるぞと言われ、実際にそっくりそのまま返される。
「おい、コイツを弁当と一緒に送ってやってくれ」
控えた執事さんに指示する彼の横顔も素敵だけど、やっぱり少しは落ち込む。
「あ〜あ。今日の厚焼き玉子は上手くいったのに・・・」
沈んだ気持ちを誤魔化すように小さく呟けば、目を眇めた跡部君が僅かに私を振り返ってくれた。
執事さんも気を遣って、少しだけでも・・・と勧めてくれる。
ジッと私の顔を見た跡部君は、溜息と一緒に「一口だけだぞ」と言ってくれた。
「ありがとう!!」
良かった!食べて貰える!
現金なもので、気持ちは急上昇。
スキップしそうな勢いで跡部君に纏わりつくと、これは簡単に振り払われてしまった。
一口と言いながら、私の懇願する目に負けたのか二口、三口と食べてくれた。
口に入れるたびに『甘すぎる』とか『出汁が足りない』とか言って、わざわざ不機嫌な顔を作る。
跡部君、味にうるさそうだもの。
なのに食べてくれるから、私は幸せな気持ちで一杯になる。
「俺は嫌々食ってやってるんだぞ。ニヤニヤして見てんな」
「だって幸せなんですよ。けーちゃん、食べてる姿もカッコイイし」
「お前は馬鹿か?」
「あんまり面と向かって言われたことないですけど・・・馬鹿かも。けーちゃん馬鹿。なんちゃって」
おどけてみたら、目を丸くした跡部君が盛大な溜息と共に脱力して「帰れ」と呟いた。
あらら、失敗。どうも疲れさせちゃったみたい。
でも楽しい。
あなたに冗談を言ったり、こうやって気持ちを押し付けたり
そんな図々しいことは昔の私では出来なかったから。
帰れ、帰れと連呼され、仕方なく半分は残ったお弁当箱を抱えて玄関に向かう。
律儀に玄関までは送ってくれるのね。
根本が優しいんだ。
「じゃあ、また明日」
「二度と来んな」
「う〜ん、多分来ちゃうと思います。ごめんなさい」
「おい」
後ろで舌打ちが聞こえたけど知らぬふり。
明日は香りのいいバラの花を探してこよう。
跡部君は疲れているみたいだから、心が癒されるような優しい香りがいいな。
婚約者という名がある間、私はとても幸せだった。
毎日のように選ぶ花は、彼の部屋を飾るもの。
外でデートのように食事もしたし、クラシックのコンサートにも行った。
どれも親に言われての嫌々なものだったようだけど、私は跡部君といられるだけで嬉しかった。
誕生日には花束が、クリスマスには真っ白のマフラー。
センスの良い秘書さんが選んだものだと知っていても、跡部君の手から渡されるだけで宝物になった。
いつもいつも迷惑そうな顔をして、溜息と舌打ちばかり。
なのに付き合ってくれる。怒りながらも相手して、私の飾る花を捨てたりはしなかった。
あなたが努力して婚約を壊そうとしているのを傍で見ながら、確実に近付く終わりまでの日々を数える。
私にもっと思い出をください。
最後の一分まで、どんなものでも私に残してほしい。
それが痛みであろうと私は全てが欲しいの。
「跡部との婚約は解消する。まったく、なめた事をしてくれたが・・・まぁいい
お前の次の相手はもう考えてある。今度はちゃんと相手に気にいられるよう努力をするんだぞ」
そう・・父に告げられたのは、婚約が決まって一年後のことだった。
彼はとうとうやりとけだ。
それでこそ跡部景吾だ。
何者にも縛られない。自由で、強く、自分の足で立つ人だ。
最後の挨拶に、もう二度と訪れることのない跡部邸に向かった。
今更、何の用だと顔に書いてあるのに、ちゃんと家に上げてくれた。
私の好きな紅茶をだしてくれる執事さんとも、お別れなのが寂しい。
ああ、楽しかったな。
紅茶を飲みながら、高い天井やクラシックなカーテン、その向こうに見える庭を眺める。
そして、目の前には跡部君がいる。
跡部君が育った、この家。
私はとても好きだった。
「とうとうやりましたね」
私が言えば、跡部君は悪戯が成功した子供みたいな笑顔を浮かべた。
「やっと、図々しいお前ともサヨナラだ
お前の家はまた新たな嫁入り先を探すだろうが、まぁ頑張れよ」
「はい。頑張りますね」
頑張ります。一生分の愛は、あなたに費やした。
次は見知らぬ誰かを愛する努力をしなくては。
いつもは考えなくても出てくる言葉が、今日は喉の奥でつっかえている。
無駄に口を開けば、とんでもないことを口走りそうで・・・ただ笑うしかなかった。
静かに開く玄関のドア。
最後だから跡部君は外まで見送りに出てきてくれた。
迎えの車が待っているから、共に歩くのは二メートルもない。
だけど私には最後の幸福。
忘れないでいようと見上げた空は青く広い。
懐かしい空の色だ。
「けーちゃんが見上げてた空と一緒だ」
思わず呟いていた。
耳の奥に残る歓声とコートに立つ大きな背中。
あなたはずっと、その中心にいた。
跡部君が何かを問うような表情を見せた。
その真っ直ぐな視線に、どれだけ憧れただろう。
ねぇ、覚えてる?
「テニスコートで、よく空を見上げてたでしょう?」
あなたは立っていた。
私はいつも人垣のずっと後ろで、あなたの姿ばかりを追っていた。
『おい。お前、いつも見にきてんだな。その制服・・・青学だろ?』
『そ、そうです』
『ふ〜ん、ご苦労なこった』
『す・・すみません』
『別に謝ることはないが。遠くから、よく来るもんだと思っただけだ
まあ、遅くならないうちに気をつけて帰れよ』
『は、はい!ありがとうございます』
『ほらよ』
軽く飛んできたのは黄色いボール。
跡部君は自分が手にしていたボールをひとつ、私にくれた。
「テニスコートって・・・ちょっと待て。いつのことだ?」
跡部君に答えは必要ない。
あなたにとっては何でもない出来事だろうから。
「ありがとう。楽しかった」
私のつまらない人生に花を咲かせてくれた。
あなたの存在が、どれだけ私に幸せをくれたか・・・感謝は心をこめて。
とても好きだった。
ずっとずっと、あなたがとても好きだった。
さようなら。
跡部君の驚く顔が少し歪んで見える。
青い空の下に立つ跡部君を最後に見られた。
心の中のアルバム、最後のページに足しておきます。
Let's meet again if we have a chance.
もしもチャンスがあったなら、もう一度会いましょう。
きっと私は私ではなくなっているだろうけど。
ずっと・・・あなたは変わらないでいて。
Let's meet again if we have a chance.
2009/08/25
リクのあった拍手の続編です
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