見初められたら諦めましょう 8










ちょっと、待った。
さらに怖い言葉を聞いた気がする。


手のひらに嫌な汗をかいてそうで視線を落とす。
同時に自分が手ぶらであることに気がついた。


なんてこと。カバンも持たずに帰ろうとしてたよ、私。
どれだけ動揺しているのだろう。


かあっと首の後ろも熱くなる。



「跡部、忘れ物した。支払い待ってて」



先を行く跡部に声をかければ、顔を後ろに向けた跡部が少し笑って片手をあげる。
とんでもない言葉を残していったわりに自然体なのが憎らしいほどだ。


慌てて席に戻り、鎮座しているカバンを見つけて緩慢に手を伸ばす。
うるさい鼓動を宥めるようにカバンを胸に抱え、ひとつ深呼吸。



落ち着け、落ち着けと心で唱えてから会計にむかった。










とにかく跡部からは一分でも早く離れたかったのだが・・・そうもいかなかった。
今日の運転手は秘書の佐藤さんで、相変わらずの拒絶を許さぬ愛想良さで後部座席の扉を開いてくれた。



「跡部、さっきのご飯代」



忘れちゃいけないと、車に乗りこんで財布からお札を出す私を跡部が嫌そうに見る。



「俺がお前の飯代も払えない男だと思ってんのか?」
「そうじゃないけど、いつも奢ってもらうのも悪いし。今日は私がラーメン食べたいって言ったから」



お前なぁと跡部が呆れたような声を出す。
前では車を発進させた佐藤さんが肩を揺らしていて、どうやら笑っているらしい。



「忘れてるようだが、今日は俺の頼みでパーティーに来たんだろ?
 おまけに嫌な思いもさせたし、夕飯ぐらい奢って当たり前だ」


「私はリニューアルしたホテルが見たくて行ったんだけど・・・」



「そんな暇もなかっただろ?だから、詫びだ。おい、佐藤」


「はい。様、ご都合の良い日時をお知らせくださいましたら、ホテルに取材ができるよう私が調整いたします」



打てば響くような二人のやり取りに、私は慌てて手を振った。



「あの、そんなの申し訳ないですから。必要であれば取材は自分たちで正式に申し込みますし
 せっかくのチャンスだから色々と見てみたいなぁと思っただけですから気にしないでください」


「いえいえ遠慮なさらず。取材されるのはホテル側にとっても嬉しいことですよ」



そうかもしれないが、それを全く関係ない秘書の佐藤さんにさせるのは気が引ける。



「なんだよ、お前。俺の時とはえらく態度が違うじゃないか
 仕事に役立つだろって誘ったら、遠慮もなしで喜んでたくせに」


「まぁ・・喜んだには、喜んだけど」



話を聞いてる佐藤さんは何故か楽しそうだ。ずっと肩が揺れている。
跡部は不機嫌そうに人の顔を見て、とりあえず金は仕舞えと手を払う。



「あとで支配人に紹介してやるって言っただろ」
「そりゃツテができると嬉しいよ。でも、跡部に頼むのと佐藤さんの手を煩わせるのとは違うっていうか」


「はぁ〜ん」



言った途端、変に勝ち誇ったような顔で跡部が腕を組んだ。



「わかった。俺には甘えてもいいが、佐藤には気を遣うってわけだ」
「う・・・ん。そんな感じかな」


「いいぜ。なら、俺様が直々に支配人に頼んでやるから感謝しろ」



俺様って。何故に、そんな上から目線?
いや、頼んでくれるというのだからありがたいが、素直に受け入れるのは危ない気がする。



「あ、やっぱりいいわ。企画があるわけじゃないし、ちゃんと編集長に通してから取材を申し込むから」

「今さら遠慮すんなよ」
「遠慮っていうか・・・なんか嫌な感じだから、跡部」


「は?」
「下心が見え見えなので警戒されているのですよ、様は」



私たちの会話に軽く言葉を挟んだ佐藤さんのシートを跡部が後ろから蹴った。
なんてまぁお行儀の悪い人だろうと跡部を横目でにらむ。



「なんだよ」
「別に」



高級な車のシートに跡部の靴跡が残ってないかしらと心配している私と不機嫌な跡部。
いつの間にか店であった気まずさや緊張感が消え、普段と変わらない会話ができていることに安堵する。





跡部との時間は楽しい。
ただのクラスメイトだった頃の何倍もだ。


それが恋愛感情に発展するのかというと・・・



どうだろう。どうなんだ。跡部と?
ありえないでしょ。無理、無理。



頭の中で思いっきり首を横に振る。





ああ、今夜は家までの道のりが長い。




















2014/04/15 

見初められたら諦めましょう 8




















戻る     テニプリ連載TOPへ     次へ