見初められたら諦めましょう 7
夕食には遅い時間。
店内は落ち着いていて、僅かな話し声と食器の音がする程度。
客たちはリラックスして会話を楽しんでいるようだが・・・
私たちの間にある空気は固まっていた。
「こわい冗談」
「冗談じゃねぇよ」
そっちのほうが、もっと恐ろしいよ。
皺ひとつない真っ白なテーブルクロスの向こうにいる跡部から笑みが消えた。
なかば睨まられているような視線を前に、告げられた言葉を反芻する。
『お前は俺を好きになるし、婚約者にもなる』
「無理、無理。無理だって」
瞬間で弾きだされた答えに、跡部の真意を探る頭もまわらず答えた。
跡部の形のいい眉が不機嫌に上がる。
テーブルを指で叩く仕草を見せて、跡部は苛立ちを隠さずに言った。
「その『無理』って言葉、俺が地球上で一番嫌いな言葉だ」
「だって」
「やってもみないうちから『無理』って言うな。努力しろ」
説得力のある言葉だと思うけど、この場合に当てはまるとは思えない。
努力して人を好きになったり、婚約するものじゃないでしょう。
「ちょっと、待って。落ち着こうよ、跡部」
「俺は落ち着いている。お前こそ、よく考えろよ」
淡々と答える跡部が憎らしいほどで、とりあえず私も落ち着こうと冷たい水を飲みほした。
ひとつ咳払いをして、唐突な話を持ち出してきた跡部の顔を見る。
なんか・・怒ってるんですけど。
「私、今夜は恋人のふりをして他の女の人を騙すために呼ばれたのよね」
「それだけでもねぇが、それもある」
跡部らしくない微妙な答え方だ。
「他にもあるの?やだなぁ」
「俺の方が嫌になってるぜ。で?」
他に何が気になってるんだと話を聞く姿勢を見せてくれるのは、ありがたい。
「そこからどうして、その・・好きになるとか婚約者とか出てくるのかが分からないし」
好きとか婚約者って言葉を口にするのが恥ずかしく、声が小さくなる。
そんな私の様子に少しだけ跡部の表情が和らいだ。
「本当に分からねぇのか?分かってんだろ。それとも、俺に言わせたいのか?」
そう言って、跡部がふっと力の抜けた笑みを浮かべた。
やわらかに変化した目元に、頬が熱くなってくる気がして急に視線が合わせられなくなる。
なに、このひと。無駄にフェロモン出してる気がする。
なんでよ。今までそんな素振りなんて、これっぽっちも見せたことなかったのに。
つまり、なに。ひょっとして、跡部は私のことを?
嘘、嘘、ありえない。
空になった白い器の底を見つめ、ぐるぐると考えていたら跡部が笑いだした。
ちらりと視線を上げると、可笑しそうに片肘をつく跡部がいる。
それはいつもの跡部で、人をからかうような表情だ。
「お前、鈍いからな。まぁ、いいさ。そろそろ出るか?」
「う、うん。そうね」
やっと、解放してくれるらしい。
やっぱり、からかわれたか。
ああ、やだな。なんか本気で考えちゃって、恥ずかしいったらない。
もう付き合うのやめようかなとか思いつつ、のろのろと腰を上げる。
が、先に歩き出した跡部が僅かに横顔を見せて足を止めたから、つられて動きが止まった。
「ま、お前が考えたところで答えは変わらないけどな。俺が逃すはずがない」
にっと挑戦的な笑みを残し、跡部はさっさと会計に向かっていったのだった。
見初められたら諦めましょう 7
2013/09/03
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