見初められたら諦めましょう 6
自分より年上の人たちとも臆することなく挨拶を交わしていく跡部。
なんていうか、やっぱり跡部って普通の人とは違うオーラがある。
学生時代も思ったものだが、久々に実感した。
考えると食事をしながら他愛ないことを喋ってる彼にはキラキラしたオーラがない。
育ちの良さは隠せないけど、少々オーバーワーク気味の疲れたイケメンリーマンって感じ。
私と会う時はリラックスして気を抜いてるのかなぁと思う。
「なに笑ってんだ?」
営業用の顔で話していた跡部の様子に隠れて笑っていたら、人が去った合間に囁かれた。
「ごめん、ごめん。ちゃんと社会人してるっていうか、いつもと違うから」
「ふん。当たり前だろ、ば〜か」
小学生みたいな言い方で返してくるから、それにも笑ってしまった。
「付き合わせて悪いな。だいたいの挨拶は済ませたから、そろそろ抜けるか」
「いいの?でも、何も食べてない」
ちらりと立食パーティーの料理が並ぶカウンターに目をやると、呆れたように溜息をつかれた。
「こんな騒がしいところで食わなくても、他のところで美味い飯を食わせてやるよ」
「ここの料理がどうか知りたいじゃない」
「はぁ?立食の料理なんて、たかが知れてるだろ。オープンしたら、最上階のレストランに連れてってやる」
そっか。お腹は空いてるけど、着慣れない帯が苦しいし我慢しよう。
着物を汚しでもしたらクリーニング代だけでも大変なことになりそうだし。
名残惜しくテーブルを見て視線を戻すと、跡部が可笑しそうに目を細めていた。
跡部に優しく背を押され、出口に向かって移動する。
何を食べようかと小声で相談しながら豪華なドアの前に来た時、反対側からドアが開いた。
「あら。景吾さん、もう帰るの?」
現れたのは視線を釘付けにするような美しい人だった。
後ろにはモデルのような容姿の男性を連れ、エスコートされて当然としている。
美しい人が着ているドレスは、取材で見たブランドの新作に似ている。
だとしたら、私のボーナスなんて吹っ飛ぶ額のドレスだ。
アクセサリーも眩しい輝きを放っていて、それに負けていない彼女は凄いと思う。
一般には見ないゴージャスさに言葉をなくしていると、隣から抑揚のない跡部の声がした。
「顔見せはすんだからな、失礼する」
私の肩を抱くようにして跡部が足を踏み出す。
すれ違う瞬間、彼女は前を向いたままでハッキリと言った。
「私、あなたのこと諦めていませんから」
思わず振り返ろうとしたが、肩を抱く跡部の手が許さなかった。
「いいから、いくぞ」
「でも」
「気にすんな」
気にするよ。
淡々と言う跡部の横顔を見上げれば、いままでに見たことがないような冷たい表情をしている。
跡部のことを諦めないと言った。
ふたりの間には何かしらがあって、あの綺麗な人は今も跡部が好きだってことだよね。
となると、跡部に肩を抱かれていた私の立場って・・・誤解されてもおかしくないわけで。
「ねぇ。女避けって、こういうこと?そのために私をパーティーに誘ったの?」
会場から廊下に出るなり、私は跡部の手から逃れて訊いた。
するりと解放され、私たちは広い廊下で向き合う。
なんだか胸がモヤモヤするっていうか、利用されたのが面白くないというか。
怒ってるわけじゃないけど、なんとも後味が悪いっていうか複雑な気分だ。
跡部は何かを見極めるかのように私の顔をじっと見つめてから、ひとつ息を吐いた。
「利用したのかと言われれば、そうだ」
「跡部・・」
「あれは何人かいる婚約者候補のうちの一人だ
うちとは昔から付き合いがあったし、自分が選ばれると思ってたんだろうな
断りをいれても聞き入れやしない。なら、現実を見せるしかないだろ?」
元カノどころか、婚約者候補とは。
跡部家に釣り合う家柄で、あの容姿だ。何に不満があって断るのか、私には分からない。
「現実って、見せたのは『嘘』じゃない。それって」
「騙したようで嫌なんだろ、お前は。だから言わなかった。言えば、絶対に嫌がる」
「あたりまえでしょ」
「鈍いくせに、変なとこハッキリしてんだよ。変わってねぇな」
「いたって普通の感覚で話してるけど」
「ふん。俺の周囲には『普通の感覚』とやらを持ってる人間が少ないんだよ」
「なにそれ」
あきれる私の前で、開き直ったように腕を組む跡部。
お互いが不機嫌を隠しもせず睨み合っていると、廊下の角を誰かが曲がってきた。
見れば跡部の秘書さんで、穏やかな笑みを浮かべたまま私たちに頭を下げる。
「お迎えにあがりましたが、ひょっとしてお邪魔でしたか?」
「いや」「全然」
跡部と私は同時に口にしてから、気まずげに視線を合わす。
秘書の佐藤さんは可笑しそうに肩をすくめ、
「仲がおよろしいですね」と勘違いなことを言うのだった。
その後、とにかく着物を脱ぎたいと主張して私服に着替えた。
跡部は着物のままで食事に連れて行きたかったようだが、帯に圧迫された胃では食べられない。
何が食べたい?と聞かれて、ラーメンと答えると心の底から嫌そうに舌打ちされた。
連れて行かれたのは別のホテルに入っている高級中華料理店で、そんなの求めていない私と小さな口げんか。
それでも我を通す跡部はフカヒレの入った中華そばを平然と注文し、『ラーメンだろ』と言った。
私は八百円程度のチャーシューメンが食べたかったのに。
フカヒレなんて、食べなれない大きなやつだったせいか胸が重い。
いつもみたいに『美味しい、美味しい』だけでは食べられなくて、気も重かった。
今夜のパーティー会場には、他にも跡部に想いを寄せている人がいたのかもしれなかった。
高校のときだって、本気で跡部に恋してるコは沢山いたのだ。
お箸を置いて溜息をついたら、跡部も同じようにして私を見た。
「騙しちゃいねぇよ」
「え?」
何の脈絡もなく出てきた言葉に首をかしげると、跡部は再び口を開いた。
「お前は俺を好きになるし、婚約者にもなる。だから誰も騙しちゃいない」
はい?
空になった器の前、
指を組んでテーブルに肘をつく跡部は「間抜けヅラだな」と笑った。
見初められたら諦めましょう 6
2013/02/11
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