見初められたら諦めましょう 5










そして、パーティーの当日。
やはり定時には仕事が終わらず、少し遅れて会場についた。
朝に出勤したままの格好で来たのだが、ホテルの入り口で既に足が止まってしまう。



「入れるような雰囲気じゃないんですけど」



きらびやかなロビーに吸い込まれていく人たちの姿は、ちょっとお洒落したぐらいのOLが混じれる格好ではない。
生花に彩られたロビーにあっても負けない華やかなドレス姿は、いつもテレビで見る女優さんだった。
出版社のパーティーも大がかりなものは華やかだが、その比ではない気がする。


怖気づいて電話を取り出したところで、後ろから名前を呼ばれた。
知らない声に振り向けば、どこかで見た顔。


思い出す前に、きっちりとしたスーツを着こなす人が『景吾様の秘書で佐藤と申します』と名のった。


そうか、空港で跡部の後ろに立っていた人だ。
この人に断って帰ろうと思いついた時には、目の前の人に恭しく頭を下げられていた。



「お待ちしておりました」
「あ、あの。私、もう・・・」



胸の前で手を振る私をスルーして、彼は「どうぞ」と自動ドアを開けてしまった。
途端にロビーのざわめきが漏れ聞こえきて、とてもじゃないけど足を踏み出す勇気がない。



様を帰してしまったとなったら、私が景吾様に叱られてしまいます。どうぞ助けると思って」



私の躊躇いを見取って、少しだけ困ったように眉を下げる人は優秀な秘書だった。



「何も心配はいりません。こちらで全て手配しておりますので、私にお任せください」
「手配って何のでしょう」


「ついてきてくだされば分かります」



それだけの説明で彼は笑みを浮かべたまま、私をパーティー会場とは別の部屋へと連れて行ったのだった。








省エネなんか考えてなさそうなシャンデリアが眩しい。
天井が高いなぁ。エアコンの効きが悪そうで、これまたエコとは程遠い。


どうでもいいことばかり考えてしまうのは、現実逃避以外の何ものでもなかった。



「なんだ?そのツラは」



いつも以上に光沢のある品のよさそうなスーツをまとった跡部は、私の顔を見るなり訊いてきた。
そのツラとやらが、どんな顔なのか見えなくても分かってる。
思いもしなかった事態に直面して、どうしていいのか分からないと情けない顔をしているに違いない。
この煌びやかな場に違和感なく馴染んでいる跡部には理解できないかもしれないけどね。



「だって、こんなの」
「似合ってる。綺麗だ」



ふっと瞳を和らげた跡部が、さらりと言った。
体が自由になるなら「お世辞は、やめてよ〜」と叫んで頭を抱えたかった。
勝手に熱くなる頬が恥ずかしくて俯くしかない。


そんな私に小さく笑い、跡部は自然な動作で私の背に手を添えると歩き出す。


うわっ、跡部にエスコートされてるんですけど。
人の視線が刺さるみたいだ。
『どうして、こんなことに』と何度も頭を回るが、もう逃げ出せる状況ではない。


私が着ているのは汚すのも恐ろしい綺麗な着物で、髪も合わせてアップにされている。
下から上まで完璧にコーディネートされていて、おまけにメイクまでプロの人にしてもらった。


困りますと何度も断ったが、跡部の秘書さんは笑顔だけれど決して折れない。
大丈夫です、お任せ下さいと繰り返すだけで、どんどん事を進めてしまった。
着せ替え人形になった私は半泣きで着付けをされ、三十分もしないうちに良家のお嬢様ふうに仕立てられてしまったのだ。
着物なんて成人式以来で、帯はキツイし、歩く姿はヨタヨタだと思う。



「おや、景吾君。美しい人を連れてきたね」
「どうも。本当はあまり見せたくないのですが」



ほら、頭を下げろとばかりに跡部が軽く背中を叩いてくる。
ぶっちょ面で跡部の顔を潰すわけにもいかず、とりあえずは営業用の笑顔で頭を下げた。


さすが御曹司というか、どこに行っても誰かしらが声をかけてくる。
その度に緊張しながら会釈をすれば、段々と笑顔で顔が固まってきた。
ホテルの設備などは見る余裕もなく、ただ跡部に促されるまま会場内を歩くだけだ。



「跡部、ひどい」
「何がだ」



小声で恨み言をつぶやくと、跡部が耳元に口を寄せて訊いてきた。
吐息がくすぐったくて思わず肩をすくめると、何が楽しいのか跡部が笑っている。



「あとでちゃんと支配人に紹介してやるよ。取材したけりゃ頼んでやってもいい」
「それはありがたいけど・・・」


「だったらいいだろ。かわりに俺の女避けになってくれ」



ぎょっとして跡部を見たら、くすりと笑われた。



「俺様の恋人だ。嬉しいだろ?」



悪戯っぽく問われ、気が動転した私はブンブンと思いっきり首を横に振ってしまう。
跡部は苦笑して、「お前はそういう奴だよな」と私の額を軽く小突く。



「や、やめてよ」
「ふん。可愛くねぇこと言うからお仕置きだ」



そんな跡部の仕草が、どんなふうに傍からは見えるかなんて考える余裕もない私だった。




















見初められたら諦めましょう 5

2013/01/29




















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