『お慕いしております 〜跡部景吾編〜』 その後 壱












雨の音が聞こえる。
梅雨ってのは長くて鬱陶しいもんだ。
が、作物を育てるには必要なものだからな。


長々と続く年寄りの挨拶。
その間に至極真っ当なことを考えてみたが、あまりの退屈さにあくびが出そうになった。



「殿、もう少しです」



小声で忍足に注意された。
先代の父と旧知の間柄である相手に、失礼があってはならないと言いたいのだろう。
自分が必要だと思えば何処へでも馬を駆る身軽な景吾だが、興味のないものに対しては潔いほどに冷淡だ。
この度も直々に父から頼まれたが故に、渋々と他家への挨拶に出向いた景吾だ。



「ところで景吾様は御正室様を娶られて、どのくらいたちましたかな」



一通りの話がすんだ後、白髪の老人が思い出しように訊ねてきた。


しかし景吾は片眉を僅かに動かしただけで答えない。
なにつまんねぇこと言いだしたんだと、その表情に書いてあるのを見てとり、忍足が素早く場を繕った。



「二年ほどでしょうか。殿と御方様は随分と仲睦まじく御暮しでございます」
「ほほう、それはよろしいこと。それで御子はまだですかな?」



思わず忍足は景吾の横顔を盗み見た。
案の定、不機嫌を隠しもせず相手を睨んでいる。


この話題は跡部家の城内では『禁句』なのだが、相手は知らない。
おまけに老人は遠慮がなく、家の繁栄のためには跡継ぎがどれだけ重要かについて語り始める。


もしや跡部家に忠義を尽くす老臣たちの企みではと疑い始めた頃だ。



「我が末の娘を御紹介いたしましょう。さぁ、景吾様にご挨拶を」



待ってましたと言わんばかりに襖が開くと、奥から着飾った姫が現れた。
怖いもの見たさというのだろうか、忍足は再び景吾の横顔をうかがってみる。


・・・目が完全に据わっていた。





景吾の馬は、幸村家の当主から譲りうけた名馬だ。
見目も麗しければ、賢く、足も速い。


やっとあがった雨だが、足元はぬかるんでいる。
その名馬がぬかるみをものともせずに駆ければ、あとの者が追えるはずもない。
かろうじて景吾に続く忍足でさえ、怒り心頭の景吾を宥める余裕もなかった。


が、突然に景吾が手綱を引いた。
やっと落ち着いてくれたかと忍足が安堵したのも束の間。


馬の向きを変えた景吾が彼方を見ながら呟いた。



「手塚んとこでも行って憂さを晴らすか」
「はぁ?先ぶれも出してないのに」


「そんなもんいらねぇんだよ。俺と手塚の仲だ」



どういう仲や。
相手は鬱陶しがってるで、きっと。
心の中で思ったが、口に出しても機嫌を悪くするだけなのでやめる。


とにかく行くといったら行く性格なのだから仕方ない。


忍足は追いついてきた残りの者に声をかけ、景吾の後について手塚家に向かった。





「跡部か。なにをしにきた」
「勝負だ、手塚!」



たいして会話になっていないが、突然に現れた景吾に対しても手塚は冷静だ。
急に申し訳ないと頭を下げる忍足に、手塚家の家臣たちは大らかだった。


勝手にやらせておきましょうと、主たちが剣を抜いても気にせずに奥へと忍足を案内した。



「で?城へ戻る途中で此処に寄ったと」
「憂さを晴らしにな。俺の腕じゃあ、殿の相手にならへんし」


「忍足は十分強いじゃない」
「あかん、あかん。そちらの殿様とウチの殿は別格や」


「まぁね」


女のように柔らかな不二が優雅な手つきで茶をたてる。
この彼も華奢な身体に似合わない剣の腕を持っている。



「それにしても羨ましい話だな。うちなんか御正室さえ居ないぞ。女っけ、ナシだ」
「あの無表情を夫にするんは勇気がいるよなぁ。けど妻を娶れば変わるかも」


「そういうものか?」



手塚の重臣である大石が身を乗り出してきた。
きっと手塚家の将来を憂いて腹の痛む思いをしているのだろう。



「景吾様は変わったな
 女は道具ぐらいにしか思うてなかったんが、そりゃあもう優しくなった
 側室を娶らんと決めたのも、御方様を悲しませんためや
 けどなぁ、周りがそれを許せるかというと別や 
 殿と御方様の間に御子ができれば少しは静かになるんやろうけど」


「そろそろ御子ができないと周りが煩くなるだろうな」
「本当の夫婦になってからは一年ぐらい。そんな焦ることもないんやけど」


「本当の夫婦って?」
「いやいや何でもない。コッチの話や」



夫婦の契りを交わしたのは随分と後なのだが、
それについての涙ぐましい努力は主の名誉のために言えない忍足だ。



「このまま側室を勧める声が大きくなれば、殿はともかく・・・御方様がなぁ
 いやいや。ウチも大変やけど、そっちも誰ぞ姫を見つけてこんと」


「それなんだけど相談があって」



大石と不二に挟まれ、忍足は手塚家の切実な嫁取りの計画を聞かされることになった。



日が暮れるまで勝負に没頭していた主たち。
手塚の者たちは宴の準備を整え、数少ない主の友をもてなした。


そんなこんなで手塚家の世話になった景吾たちは、存分に憂さを晴らすことができたのだった。




















お慕いしております〜跡部景吾編〜 その後 壱   

2010/04/13




















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