『お慕いしております 〜不二周助編〜』 壱










それはが十になる前の出来事だ。


城に客人があるという。
ただの客ではない。青学の嫡男だというのでの好奇心が疼いた。
城主の四女であるは、側室腹とはいえ「姫様」と呼ばれる立場だ。
だが、もって生まれた性質か大層好奇心旺盛の元気な姫であった。



「笑わないって本当かしら」



風の噂に聞いた『笑わない男』というのが気になって、は手塚国光の顔が見たいと思った。
年はより上のはずだから十幾つというところだろうが、国光という男は笑わないのだそうだ。
若いのに剣の実力は戦歴輝かしい武人たちに引けを取らないというのだから、それもまた凄い。


どんな風貌をしているのか・・・


興味を抑える気もないは、傍に仕える乳母の目を盗んで国光を見に行った。
姫といっても幼い四女など宴に呼んでもらえるわけもなく、こそこそと盗み見するしか術がなかったのだ。


城内はを知る者ばかりで隠密には向かない。
そこで父たちが手塚たちのために催した狩りに狙いを定めた。
外ならば人の目も分散されるし、小さな身である自分も隠れやすい。


は城を抜け出し、茂みに身を潜ませながら国光の姿を探していた。



「もう少しなのだけれど」



国光の近くには我が父と手塚家の当主、それに重臣たちもいて姿がよく見えない。
どうせ城を抜け出したと後で怒られるのだから、この機会を逃してなるものかとは意地になる。


草に膝をつき、土に汚れながら手塚たちの後を追った。


気付けば森に入っていた。
周囲には城に仕える者たちもいたはずなのだが、見つからないようにと意識して避けていたので誰もいなくなっている。
馬の蹄が聞こえたような気がして先を急げば、更に深い森があって行く先が分からなくなってしまった。


見上げれば森の上に狭い青空が見える。
突然に聞き慣れない鳥の声がして、は身を竦ませた。



「どうしよう・・・迷ってしまった?」



己の浅はかな行動を呪っても遅い。
半泣きになりながら、進むべきか留まるべきかを悩んでいたら後ろで枝を踏む音がした。


はっとして振り返ると、そこには薄汚れた着物に刀を差した男が三人いた。
薄ら笑いを浮かべた顔にギラギラとした目をした男たちを前にして、は知らずに背が震える。



「可愛い娘じゃねぇか」
「いい着物だな。身ぐる剥いで売るか」
「ついでに中身もな」



なにを売る?まさか、私?



逃げなくてはと頭で思うのに、膝が震えて動かない。
せめて大声を上げれば誰か気付いてくれるかもと頭をかすめるが、恐怖で喉が張り付いている。



誰か、助けて!



近づいてくる男たちに、が声なき叫び声をあげた時だ。



「こんなところで追いはぎか。城の近くでとは、治安に問題ありだね」



鈴が鳴るような優しい声。
声変りをする前の少年が発したような高く柔らかな声に、その場にいたものが一斉に視線を向けた。


そこにはより頭一つ分しか大きくない、線の細い若者が立っていた。
きちんとした身なりをして腰に刀を差しているものの、が知っている顔ではない。


は恐怖も忘れて若者の顔に見入った。


色素の薄い髪が肩の上で風に揺れている。肌色も白く、赤い唇が鮮やかに弧を描く。
自然な笑みを浮かべた表情は、この場にそぐわない穏やかさだ。


こんなに綺麗な殿方を初めて見た・・・


突然現れた美しい若者に見入っていたのは狼藉者も同じだったが、我に返ると途端に笑い始めた。



「なんと今日は好い日だ。この男も売ってしまおう」



言って、舌なめずりするように剣を抜いた。
若者は表情も変えずに、すっとと男たちの間に立った。
さりげなくの方を振り返り「少し下がっていてね」と澄んだ声で言う。


頷くを確認し、前を向いた若者が静かに剣を抜いた。



「なんだ、やる気か?お前みたいにひ弱な若造に何ができる?」
「ふふ。やってみなくちゃ分からないだろ?」



怯えた様子もなく返す若者に、男たちは眉を寄せながらも口元には笑みを浮かべていた。



「おい、売り物なんだから傷をつけるなよ」
「わかってる」


「どこに僕を売るのかな?そこらへんも後で教えてね」


「うるせぇよ」



余裕な若者に苛立った男が先に剣を振り上げた。
見てわかる体格差に思わずは両目を強くつむって顔をそむけた。


キンと森に響くような鋼の音がした後、続いたのは野太い男の悲鳴だ。
咄嗟にが開いた視界には、腹を押さえて倒れこむ男と悠々と立つ若者がいた。


唖然とした残りの二人が、次には目の色を変えて若者に切りかかる。
だが彼は風に揺れる葉のように男たちの剣を避けると、扇で舞うようにして己の剣を振った。


音を立てて男たちが崩れ落ちる。
それを振り返ることもなく洗練された動きで剣を収めた若者。
彼の背に舞い落ちる色付き始めた葉が美しい。



「あ・・あの・・」 あなたは、だれ?



唇が震える。
鼓動が若者にまで届いてしまうのではと心配になるほど打っている。


ゆっくりと若者が振り返る。
その美しさと強さに、は胸が震えた。



「不二、探したぞ!なんでこんなところに・・・げっ」



の背後からやってきた男が、転がる狼藉者たちを見て駆けてきた。



「何があった!?こ、殺してないだろうな」
「まさか、それぐらい考えてるよ。それより大石、僕ねコイツらに売られるところだったんだ」


「お前を?分からんでもないが、狙う相手が悪すぎだろうに」



ぶつぶつと呟きながら気を失っている男たちの生存を確認した男が、今更ながらの存在に気がついた。



「この子は?」
「さぁ?僕より前に売られることになっていたみたいだけど」



泥で汚れてはいるものの品のいい着物と整った容姿をしている娘だ。
勘のはたらい大石は娘がただの村娘ではないと判断し、とりあえず丁寧に対応することにした。



「私は手塚家の家臣、大石秀一郎と申します。隣におりますのが、同じく手塚家の家臣」
「不二周助です」


「不二様・・・」


「で、あなた様は」



うかがうような大石の視線より、隣に立つ凪いだ瞳の不二を見つめながらは口を開いた。



家の四女、でございます」



ひぃぃぃと息を吸う大石の隣、やはり不二は穏やかに微笑み「困った姫様ですね」と首を傾けた。



その後、わらわらと集まる人々の中に怒りに顔を真っ赤にした父と無表情の手塚国光を見た。
大石と不二が事のあらましを説明している間も、表情一つ変えずに頷いている。



「あの方たちは国光様付きの御家臣で、特に不二様は『剣の天才』と呼ばれる方です」
「あんなにお若く、小柄でいらっしゃるのに?」


「青学では国光様の次と呼ばれる実力者です。まだお若く体も出来ておられませんから、末が恐ろしい程です」



肩に羽織をかけてくれた父の側近が教えてくれた。
彼の剣さばきを間近で見たは、その言葉に深く頷いた。


でも、末が恐ろしいとは違う。
末はどれぼど美しく、強くなっているのだろうかと胸がどきどきするのだ。



「あ、私・・・あの方にお礼を言ってない」



そう気付いた時には、鬼のような形相の父と駆けつけた侍女たちに囲まれていただった。



の無茶から、巷で恐れられていた若い娘のかどわかし事件が解決した。
人身売買の元締めも捕らえることができ、それはそれで良かったのだ。


しかしながら父の怒りは深く、は長いお説教の後に座敷牢へと放り込まれた。
ゆえに不二に礼を言うことができず、青学の一行が帰途につく時も見送りさえできなかった。





あれから数年を経て、はあの時に会った若者と同じぐらいの年になった。
内外の国から是非とも妻にと請われるほどの美姫に成長しただ。



「お前の嫁ぎ先なのだが」



父が告げるより先に、色づいた姫の唇が言葉を制した。



「嫁ぎ先なら、はとっくに決めております」
「なんだと?」



寝耳に水の父が目を見開くのを可笑しそうに見遣ったは、長く想い続けた人の名を口にする。



「わたくしは青学の不二周助様をお慕いしております。あの方以外に嫁ぐつもりはございません」



さぁ、ここからだとは気を引き締めた。


身分はの方が上。おまけに他国だ。
もっと心配なのは不二が妻帯しているかもしれないこと。


それでもいいと思う。
あの日、あの時。は魂すべてを美しい若者に持って行かれたのだ。
側室だろうが何だろうが、不二の傍にいられるのなら何でもいい。


あの方は今、どのようなお姿になっていらっしゃるだろうか。
想像するだけで、恋しくて涙ぐみそうになるのだ。


絶対に不二様の妻になる。


が決意も新たにしている頃、青学では。



「くしゅん」
「なんだ?風邪か?」


「誰かが噂してるとか。念のために乾汁でも貰ってくるかな。あれ、美味しいよね」
「・・・お前、やっぱり変わってるよ」



くしゃみをする不二と呆れる大石の姿があった。




















お慕いしております 〜不二周助編〜 壱

2011/11/15




















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