『お慕いしております 〜不二周助編〜』 弐











『手塚の嫁取りを待ってたら、みんな爺さんになっちゃうよ』



主君に対する気遣いなど無用だと言ったのは不二だった。
頭が薄くなる前に大石も可愛いお嫁さんを貰っといたらと失礼なことを言ったのも不二だった。
不二の一言一句を忘れられない自分が嫌になる大石だ。


綺麗な顔して言うことは辛らつ、華奢な体をして剣の天才、気品を纏いながらゲテモノ好きでもある。
青学に不二ありと名を轟かせている男との付き合いは長いが、いまだに謎の人物だと思う。


その不二に縁談がきた。それもとんでもないとこから。
大石はシクシクと痛む胃の腑をおさえながら、城主である手塚の顔色をうかがっていた。



「どうする、不二」



相変わらず感情をうかがわせない淡々とした声色で手塚が問う。
幼いころから共に学び育ってきた青学の者たちは、他者がいない場では遠慮がない。
不二は少し考える素振りを見せてから、にっこりと微笑んだ。



「僕はいいや。手塚がもらっとけば?」
「結構だ」



打てば響くような手塚の答えだった。
大石は内心で大きく溜息をつく。
本当に、これが手塚にきた縁談だったならと思わずにいられない。


家が治める国は海が近く他国の船がつく。
人や物の出入りが多いため少々治安に問題はあるものの、青学よりもはるかに豊かな国だ。
姫は側室腹とはいえ家柄に申し分なく、絆が深まるのは青学にとっても喜ばしい。
すべては今の城主である手塚にきた縁談であったならば、だが。



「僕はね、手塚より先に妻を娶るとか考えられないよ。ほら、忠臣だから」
「おい。それ、前に言ってたことと違うだろ?」



思わず大石は声を上げたが、不二は全く動じていない。
そうだっけ・・などと、柔らかな髪を揺らして首をかしげている。
整った顔立ちと絶やさぬ笑みは、不二の性格を知らぬ女子には魅力だろう。
手塚も申し分ない容姿をしていたが、いかんせん表情が欠落しているので取っつきにくい。
本人も全く嫁取りに興味を示さないので、いまだに一つも縁談がまとまっていなかった。



「どちらにしても無視はできないだろう」



腕を組んで話を聞いていた手塚が大石を見る。
その視線は『お前が何とかしろ』と言っていた。



手塚の前を辞する大石の背中が猫背になっている。



「また胃が痛むの?乾に薬を貰ってきてやろうか」
「・・・遠慮するよ」



痛みに耐える大石を心配する不二こそが原因なのだが、それには気付いてもらえないようだ。
黒光りする長い廊下を歩きながら大石は重い口を開く。



「本当に断っていいのか?なんでも姫は幼い頃、不二に一目惚れして慕い続けてきたらしいぞ」
「ありがたいけど、相手は姫様だよ?おまけに城を抜け出して泥だけになっていた、じゃじゃ馬姫」


「やはり、あの時の姫だよな」
「無鉄砲なのは変わらないらしいね」



クスッと不二が肩をすくめて笑う。
身分も違えば、年も、住む国だって違う。
それでも嫁ぎたいと言うのだから、やんちゃな姫の性質は変わっていないのだろう。



「面白いとは思うけど、望んで苦労を買いたくはないかな?」
「どう失礼なく断るかが問題か」



ただの家臣が他国の姫をもらっても、これまでと同じ生活水準を保ってやるのは難しい。
姫というものに生活力は必要なく、その血筋と美しさ、女性らしい教養が秀でていればいいのだ。
君主に仕える身である不二が、飾っておくような姫を妻に迎えても正直あまり意味はない。


常なら個人の縁談まで首を突っ込まない大石だが相手が悪い。
手塚は匙を投げたっぽいし、ここは己がと胃の痛みに耐えながら思う大石。
彼は青学で一番の苦労人なのだ。








のもとに青学から大石の苦労の結晶・・・身分不相応ゆえと丁寧な断りの返事がきたのは直ぐだった。
早々に断りがきたことに家の当主は喜び、は内心で『やっぱりね』と嘆息した。



「もう諦めて他家へ嫁いではどうだ?お前にふさわしい良い縁談が」
「父上、わたくしを不二様に釣り合うぐらいの家に養女に出してくださいませ」


「な、なにを言う」
「身分相応であれば文句はないのでございましょう?ならば釣り合う女子になるだけです」



きっぱり言い切ったは、その後に続く父の説得に頑として頷かなかった。
困り果てた家の当主は再び青学へと使者を送った。








「困ったねぇ。やっぱり、手塚がもらっとけば?」
「断る」



ちっとも困った顔をしていない不二が笑顔で手塚に話をふる。
手塚は地方からあげられてきた報告書に目を通しており、縁談話には片手間の対応だ。
大石だけが腹のあたりをさすりつつ、送られてきた書状を読み返してきた。



「それにしても他家へ養女にとは、よく考えたな」
「そうは言っても元がお姫様だからね。姫様の世話に何人の人手がいるのか見当もつかないよ」


「不二家が持ってる別宅を売りに出して世話人を雇えばどうだ?」
「駄目だよ。あれは裕太が帰ってきた時のために置いてあるんだ」



天才という名の兄を嫌って他国へ仕官してしまった弟の帰りを不二は待っている。
望んでもない姫のために大事なものは売れないと首を横に振った。



「なら、今度はどう断ればいいのか・・・」



溜息をつく大石の問いに、手塚は視線だけをチラリと向けた。



「そのままを伝えればいいだろう」



もっともなことを口にした手塚を大石と不二は大真面目な顔で見つめた。
それからポンと手を打ち、ふたりは額をつきあわせて相談を始める。


手塚は一つ息を吐き、また報告書に目を落としたのだった。








、いい加減に諦めなさい。不二殿はお前を養えるだけのものがないと言っておる
 よいか?自らの手で菜をきざみ、飯を炊くことなど、お前にはできぬであろう?
 多くの者の手があって暮らしてきた身で、臣の妻になどなれるはずがない」



青学から届いた断りの返事を手に、父は懸命に説いた。
そんなことで諦める気などないは、父の前に豪華な打掛を脱ぎ捨てると厨に直行する。



「ひ、姫様、お待ちくださいませ」



追いすがる侍女を振り払い厨に飛び込んだは、あっ気にとられる下女から釜をひったくると井戸へ向かった。



「姫様、なにを」
「何って、米を炊くのよ。誰か炊き方を教えてちょうだい」



言いながら高価な着物の袖を帯に押し込み、井戸の前で仁王立ちするがいた。





それから間もなく、三たび青学に家から使者がきた。
大石と不二は使者に渡された書状を覗き込み、顔を見合わせる。



「飯が炊けるようになったらしい」
「そうだね」



ぷっと不二がふきだした。
肩を揺らして笑っている。



「妻になるための特訓って、すごい執念だな」



困惑する大石の呟きに、やっと不二は笑いをおさめて頷いた。



「可愛い人だね。一度、会ってみようか」



やっとのことでが得た、不二の色よい返事だった。




















お慕いしております〜不二周助編 弐

2011/12/06




















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