『お慕いしております 〜不二周助編〜』 完












晴れ晴れとした空のもと、新たな一日が始まる。


やわらかな微笑みと共に、不二は常と変わらぬ様子で登城した。


そうして見慣れた戸の前に立てば、中から菊丸の陽気な声が聞こえてきた。



「大石の負けね。だから言ったじゃん、姫は不二の好みだって」
「嘘だろ?これっぽっちも姫を好いているようには見えなかったぞ」


「まだまだだね。だから大石には嫁が来ないんだよ」
「なんだと。乾だって嫁はいないぞ」


「嫁はいないが賭けには勝った。不二が姫を娶る確率は八割七分と読んでいたからな」
「その七分という細かな数は、どこからきたんだ」


「とにかく大石の奢りだからね」
「何人分になる?」


「えっと。俺と乾と桃と」



がさがさと紙の音がして、皆の会話が途切れる。
すっと戸を引くと、不二の姿を見た大石が目を見開いて腰を浮かせた。
菊丸は引きつった笑みで何かを己の背に隠す。
乾は何事もなかったように筆を動かしていた。



「おはよう。みんな楽しそうだね。で?誰が何に賭けたのかな」



なんでもないと愛想笑いをする菊丸の前に手を出して、ひんやりとした笑みを不二は浮かべた。
友の目が笑っていないことに怖気づいた菊丸が、隠した紙を座布団の下に押し込もうとしたが遅かった。
素早く手首を押さえられ、あっという間に紙を奪われてしまう。


ああ・・と情けない顔をした大石と肩をすくめた乾を横目に中身を確認すると幾人かの名前が並んでいた。
ふんふんと書かれた名を確認して、笑みを浮かべたまま青ざめる菊丸に紙を返す。



「賭けの勝ち負けが決まったということは、僕と姫がどうなったのかという結果を知ってるってことだよね
 さて、僕は誰に言ったっけ?それとも誰か覗き見でもしていたのかな」



にこやかに語る不二が怖い。


大石と菊丸は、そろって首を横に振る。
ではそっちかなと乾を見やれば、彼は視線だけで奥を指した。


そこには上がってきた報告に目を通している手塚が座している。
下世話な噂話に一番遠いと思われた人物がと驚いていると、視線を上げた手塚が溜息をついた。



「覗き見などしていない。お前たちが俺のところに来たんだ」



失念していた。
あの池の近くには手塚の私室があり、見ようと思わなくても障子を開けていれば視界に入る。



「昨夜に限って、はやくに部屋へ戻ってたんだ?」
「たまたまだ」



めずらしく日が暮れて直ぐに自室へ戻った手塚は、庭の奥に人影を見つけた。
会話までは聞こえないが、そこにいるのが不二と姫であることぐらいは分かる。
そこへ家の姫が部屋から消えてしまったと血相を変えた者が報告に来たのだ。



『心配ない。姫ならば、不二と共にいる』



見たままを告げた手塚だったが、日も落ちた時刻に男女が・・・となれば
逢引していると思われても仕方のない事だった。


いつもは遅くまで執務室にこもっているくせにと思うが、報告する手間が省けたと考えれば都合がいい。
不二は気を取り直すと手塚の前に腰を下ろし、丁寧に頭を下げた。



「殿、家の姫と婚姻を結びたくお許しを願いに参りました」
「ああ」


「お許しいただけるのですか」
「お前が良ければ、それでいい」


「ありがとうございます」



素っ気ないようで信頼を滲ませる穏やかな手塚の声に、不二は深々と頭を垂れる。
すぐに横から祝福の声がかかった。



「不二、おめでとう」
「ありがとう英二、乾。大石、僕にも奢ってね」


「あ・・うん、分かったよ。おめでとう」



肩を落とす大石に、執務室には笑い声が響いた。










その夜、不二は他国の弟に長い長い文を書いた。


どんなに可愛く、大切に思っているか
彼が他国へ旅立ってしまったことに対する苦悩と悲しみ
兄として何もしてやれなかった謝罪もこめて、嘘偽りなく文字にした。


帰っておいで、ずっと待っているとは何度も文にしたが
己の胸のうちまで書き綴ったことは一度もなかった。


読むのに苦労しそうな長い文を前に、妙な達成感を感じた不二は声を出して笑う。
受け取った弟の迷惑そうな表情が思い浮かび、ちょっと楽しくなってしまった。



姫が生涯をかけて努力すると言ったから
自分も少しは努力しよう、頑張ってみようと思う。
そう、やれるところから。



まずは姫を送りがてら家へ挨拶に行こうか。
帰りに弟のところを訪ねてもいいな。



不二は文机に頬杖をつきながら考える。
これから起こるだろう様々な出来事が、どんなふうに自分を変えるのか、変わらないのか
先が分からないからこそ面白いし、期待もする。


ひたむきで泣き虫な姫を愛しいと思える。
そんな自身を少しだけ好きになれたように。










それから一年後。



は僅かな嫁入り道具と共に不二家へ嫁いできた。
もちろん身の回りの世話をする者も連れず、一国の姫とは思えぬ質素な嫁入りだ。
だが、多くの者に祝福された幸せな婚儀だった。


暫く戻ってこなかった不二の弟も祝いに駆けつけ、兄に息ができないほど抱きしめられていた。





「まずは青学との街道を整備して、楽に山越えできるようにしなくては
 両国から同時に進めていけば早く整うはずなのです

此方に来る前に父には話してありますが、周助様から手塚様にも話してみていただけませんか」



「うん、いいけど。祝言の夜なんだから、それは明日ね」



白い単衣姿で向き合っていたは、途端に赤くなって俯いた。
初々しい様子に不二は微笑み、ずっと言えなかった言葉を口にすることにした。
曖昧な気持ちではなく、本心から思えた時にと決めていた。


それは不二なりの誠意だったから。



。僕のところに来てくれて、ありがとう


 大事な人に後悔をさせないよう、僕も生涯をかけて努力してみるよ」



にっこりと微笑んだ不二の表情は穏やかで、気負いもない。


ふたりでならば頑張れるだろうと柔らかな声が続く。





しあわせで。



やっぱり、は泣いてしまった。




















お慕いしております 〜不二周助編〜 

2014/10/18




















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