『お慕いしております 〜日吉若編〜』 壱













「殿との手合わせを」



己の前に膝を着きながらも挑戦的な眼差しを向けてくる男に景吾は微かに笑った。
日吉若という名の若者は冷めた表情の中に、燃えるような闘志を秘めているようだ。


景吾の気まぐれで始めた剣術会で下位から勝ち上がってきた日吉は、
いわゆる優れた家名の子息ではない。
その彼が本来ならば口をきくことも憚られる城主に対し、
褒美はと問われて応えた一言に周囲の者はざわめいた。
家老たちが顔色を変えて日吉を控えさせようとしたが、景吾は視線で周りを黙らせると答える。



「俺との手合わせを望むとは相当に自信があるか・・、ただの馬鹿だな」



余裕たっぷりの言葉に、日吉の眉が僅かに動く。
だが彼は唇の端を皮肉げに形づくると、更に景吾を挑発するような言葉を吐いた。



「負けるとは思っておりません。まさか殿は負けるを恐れますか?」
「ハッ、上等だ。いいぜ。相手をしてやる。ただし、コイツに勝ってからだ」



殿に何という口のきき方をといきりたつ側近たちを軽く制し、景吾は自分の背後を顎で指した。
指された忍足はというと小さく溜息をつき「まいったなぁ」と頭をかく。


その姿を日吉は睨みつけた。
本当なら直ぐにでも景吾と剣を交えたかった。
しかしながら今の自分の身分では簡単に実現できないことも理解している。


相手は忍足侑士。
いつも景吾の傍に居て、気のぬけた西国の言葉で話す男。
剣の腕は相当なものだと噂されているが、日吉は自らの目で見たことがない。
彼が目にする忍足は、いつも緩い笑みを浮かべて景吾の後ろに立っているだけの腑抜け者だ。



景吾は「真面目にやれよ」と忍足に言いつけ、さっさと縁に腰をおろしてしまった。



「真剣でお願いします」



気力十分で剣を構えた日吉が告げれば、
忍足はのんびりと剣を構えて「はいはい。よろしゅうな」と微笑んだ。



キン・・と耳につく刃の音が快晴の空に響く。


容赦なく打ち込んでいく日吉の剣を受け流しつつ、忍足が段々と後退していく。
一般的な型とは違う独特な日吉の構え、刃の軌道に、さすがの忍足も若干戸惑っているようだ。
それでも攻めきれないのは、忍足の達者な受けのせいか。



「チッ」



攻めているのに決定的な一瞬が決まらない。
のらりくらりとかわされているようで忍足には隙がないのだ。



刃が重なり、ふたりの距離が縮まる。
睨みつけながら力で押してくる日吉に対し、忍足は薄く笑った。
押されているのに笑える神経が気に食わない。
癇に障るのだと更に力を込めれば、押し込まれている忍足が話しかけてきた。



「なかなかやるなぁ。その型はどこで学んだんや?」
「フン。余裕ぶってるが、このままだとアンタ負けるぜ」



こうなったら力で捻じ伏せてやると加えた圧力にも忍足の笑みは消えない。



「若いなぁ。力だけでは勝てへんで?その力を利用させてもらおうか」
「なにを」



わけの分からないことを。
そう思った刹那、フッと相手の力が抜けた。
観念したかと打ち込む一呼吸、その一瞬に忍足の目が鋭く光る。


日吉には何が起こったのか、あまりに速くて分からなかった。
振り下ろした剣が下から弾かれ、後退した喉元には銀が迫っていた。
瞬時に避けたが、耳元の髪がハラハラと切られて落ちてくる。


冷や汗をかく暇もなく今度は忍足が打ち込んできた。
それも的確に急所を狙い、日吉が避ける方向に寸分の狂いもなく刃を繰り出してくる。



やられる。



息を詰めた時、パンと甲高い音が響いた。



「そこまでだ」



扇子で手のひらを叩いたらしい景吾が縁から立ち上がってくる。
肩で息をする日吉が忍足を見ると、彼は息を乱すこともなく・・・やはり微笑んでいた。



駄目だ、と思った。
まったく歯が立たなかったのだと理解した。
今更ながら背中を冷たい汗が流れ落ちていく。
日吉は緩慢な動きで刀をおさめ、爪が食い込むほど拳を握り締めた。



「なかなか面白い型だな。ちっとは忍足の本気も引き出せたようだし」



景吾の言葉に、忍足が肩をすくめて溜息をつく。
日吉は言われている意味が分からず、忍足の方を見た。



「合格ということや。明日から景吾様の傍にお仕えするように。ただし・・・」



じっと日吉の目を見て、忍足が真顔になる。
無意識に日吉の体は緊張した。



「お前ほどの力で景吾様に手合わせを願い出るのは百年早い
 命が幾つあっても足らへんで?はるかに・・・俺より強いからな」



それは主に対する世辞とは到底思えなかった。
まったく揺るがない視線で日吉を眺めていた景吾が笑いながら言ったからだ。



「お前の剣は面白そうだからな。俺様が楽しめるぐらい強くなったら相手してやるよ」










小さな邸宅の門をくぐると、奥からパタパタと足音がしてきた。
ああ、しまった。うるさいのが・・・と思う間に、当の本人が現れる。



「若様!!あなたって人は」
「うるさい。もう日が暮れるぞ、はさっさと帰れ」



大きなの瞳が責めるように自分を睨んでいるのが分かるから、ここは敢えて目を合わさない。
母方の親類であるは、日吉の病弱な母を手助けするために来てくれている。
本来ならば感謝して当然なのだが、幼い頃から顔見知りの二人には遠慮がなかった。



「聞きましたよ。お殿様に喧嘩を売りに行くなんて、どういう了見ですか」
「喧嘩など売っていない。褒美をというから、手合わせをお願いしただけだ」


「それが喧嘩を売りに行くようなものだと言ってるんです」
「ふん」



喧嘩にもならなかったとは、口惜しくて言いたくない。
荒い仕草で草履を脱いだ日吉は不機嫌丸出しの顔で歩きだすのだが、
慣れた手つきでそれを直す幼馴染も引きはしない。



「で?御怪我などは」
「怪我などするものか」



ジロジロと全身を検分するに、怪我をするのは自分の方と決めつけられているのが腹立たしい。



「よかった。でも」
「明日から殿のお傍に仕えることになった」


「え?」



さらりと告げた日吉の言葉に、うるさく付き纏う幼馴染が足を止める。



「ま、一応は出世だろ。母上の薬も手に入る。そうすれば、お前の手も煩わせなくなるさ」



日吉は廊下を歩きながら世間話のように続けた。
下級の家から殿の傍仕えとなれば、それは大出世と喜ぶべきことだろう。
金が入れば高価な薬が買えるし、下働きの人間も雇う事ができる。


悪くはないと思う日吉の背に、は小さく呟く。



「そうなったら・・・会えなくなるのに」



古い廊下の軋む音に紛れた呟きだった。




















お慕いしております 『日吉編』 壱 

2010/11/11

日吉編をとリクして下さった皆様へ



















お慕いしておりますTOPヘ     次へ