『お慕いしております 〜日吉若編〜』 弐












生まれる場所が選べるものでなし、何故にそんなもので人の優劣がつくのか。
自分より力もなく、努力もしていない者たちが、ただその家に生まれたと云うだけで要職につくことが我慢ならなかった。



「おい、ヒヨ。暇なら俺と手合わせしようぜ」



廊下ですれ違った宍戸が声をかけてきた。
彼も名家の出身ではないうえに次男坊だが、なかなかに腕の立つ気さくな男だ。
日吉は抱えた書物を手に、ちらりと視線だけを流す。



「それほど俺は暇じゃないんで」
「ケチケチすんなよ。それは長太郎に持っていかせるからよ」


「ええ?酷いですよ〜」



宍戸の後ろで情けなく眉を下げたのは日吉とは歳も近い鳳長太郎だ。
彼は由緒ある鳳家の嫡男であるが、宍戸のことを兄のように慕って付き従っていた。


跡部家は周辺諸国の中でも群を抜いた名家であるが、
城主の景吾は完全実力主義で家柄などにこだわる男ではなかった。
ゆえに家柄とは関係なく宍戸や日吉にも役が与えられ、こうやって城の中心で擦れ違うこともあるのだ。


人に媚びたり、誰かと慣れ合うのを好まない日吉は歩みを止めずに先へ行く。
そんなことを気にもしない宍戸は鳳と共に日吉の横に並び、しつこく手合わせを強請った。
向こうから歩いてくる者たちに軽く会釈しながら、男三人は「暇だろ」「暇じゃない」と言い合う。



「若殿」



長い廊下を折れたところで名を呼ばれた。
男たち三人が顔を上げれば、先代から跡部家に仕えている老臣が笑みを浮かべて近づいてくる。
全員が揃って丁寧に礼をとると老臣は穏やかに制した。



「若殿、母君の御加減はいかがかな?」
「おかげ様で随分と良いようです」


「それは良かった。大事になされよ」
「ありがとうございます」



日吉が深々と頭を下げると老人は満足げに頷いて通り過ぎていった。
その背を見送って踵を返す日吉に、宍戸が脇から肘をつつく。



「望月様と親しいのか?」
「医者を紹介してもらっただけですよ」


「医者?なるほどな。あそこの孫娘は病弱らしいからな」



宍戸は納得したように頷きながら、再び歩みを止めない日吉の隣に並ぶ。
もちろんその後ろには長太郎の姿もある。



「その孫娘の婿にって宍戸さん言われてたじゃないですか」
「随分と前にな。あ、まさか日吉も言われてんのか?じいさん、婿に来てくれそうな男には声掛けまくってるからな」


「誰にでもじゃないですよ?宍戸さんを選んだんですから見る目があります」
「そっかぁ?けど、断ったけどな」



照れた様に笑う宍戸を尊敬の眼差しで見つめる長太郎。
日吉は大きく溜息をつき「お先に」と言い捨て室に入ると、ぴしゃりと襖を閉めた。



望月家に紹介してもらった医師は、本来なら日吉家のような身分の低い者を診てくれるような医師ではない。
景吾の傍に仕えることで望月の口添えを得ることができ、病弱な母を診てもらえたのは幸いだった。
懐に入るものも増えたおかげで、家に人を雇い入れることもできたし、近いうちに母も元気になるだろう。


日吉は自分の腕でつかみ取った今の地位を更に高めたいと思っていた。






「おかえりなさいませ」



屋敷に戻った日吉は聞き慣れた声を頭上に聞き、眉を寄せながら顔をあげた。
迎えに出てきたはいつものごとく前垂れをして、帯に挟んだ袖を直しながら膝をつく。
上がりまちに足をかけた日吉は逆転した目線でを見下ろし、呆れたような溜息をついた。



「なんでいるんだ?もう世話になるようなこともないと思うが」
「伯母上様の御見舞にきただけです」


「ふん。ならもう帰れ」



口うるさいのは堪らないと、日吉はの顔も見ずに歩きだす。



「言われなくても帰りますよ〜だ」



幼子のような捨て台詞に日吉は唇の端をあげる。
見なくても、背後でが『あっかんべぇ』としているのが分かるからだ。



「気をつけて帰れよ」



振り向きもせず言い残し、日吉の背中は奥へと消えていく。
は日吉の背中を見送って、小さく微笑んだ。


本気で拗ねているわけではない。
会うたび小言をいってしまう自分が煙たがられているのも知っている。
それでも、最後には少しだけ優しくしてくれるから。


は前垂れを外すと小さくたたみ、胸に抱えるようにして日吉家を後にした。





着替えをすませ、夕餉の席に着いた日吉。
いつものように味噌汁を口に含み、箸をとめる。
表情を変えぬまま、次は漬物へと箸をのばした。


やっぱり、と思う。


この味はが作ったものだろう。
ということは、目の前の煮物もが作ったに違いない。



「今宵は食が進んで」



そう、床の中から嬉しそうに話してくれた母の機嫌が良かったわけだ。
日吉は器に盛られた芋を一口かじると「まぁまぁだな」と呟いて、黙々と全てをたいらげたのだった。




















お慕いしております〜日吉編〜 弐 

2011/01/07




















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