『お慕いしております 〜日吉若編〜』 参












それから暫くたってのことだ、日吉は望月家に招かれていた。
医師を紹介してもらった礼に参らなければと思っていた日吉は、心ばかりの手土産を持ち出掛けたのだった。


さすが古くから跡部家に仕えているだけの家である。
日吉の家とは比べ物にならない敷地と立派な邸に溜息が出そうだ。
家に仕える者たちも躾がいきとどいており、古くからの名家とはかくあるものかと日吉は思った。



「まぁ、綺麗な菓子ですこと」
「本当に」



見事な庭園に接した室に女たちの声が弾んだ。
それは日吉が手土産に持ってきた菓子であり、せっかくだからと茶と共に出されてきたものだ。
最近ちまたで評判の職人が作ったとかいう菓子は、色鮮やかな花をかたどったものだった。
望月家の奥方と息女は目を輝かせて喜んでいる。



「これはこれは、若殿は女心をつかむ術をよく御存じだ」



そんなふうに望月から評され、日吉は少々気まずい思いをした。


手土産を用意してくれたのはだった。
何を持っていけばよいのか考えあぐねていた日吉に、たまたま母の見舞いに来ていたが相談に乗ったのだ。
土産といっても饅頭ぐらいしか思い浮かばない自分に、評判の菓子店があるらしいとが探してきてくれた。
今朝も早くから屋敷に顔を出し、失礼がないようにと着る物まで選んで送り出してくれたのだった。



「きにいっていただけたなら幸いです」
「気の利くことだと感心いたした。ところで、若殿」


「はい」



顔をあげた日吉は、この後に思いがけないことを望月から聞かされることになった。










「望月家に婿入りするんか?」



黙々と書簡の整理をしていると気配もなく近づいてきた忍足が耳元で小さく訊ねてきた。
視線をあげると相変わらず食えない笑みを浮かべた忍足がいて、日吉は内心で舌打ちをする。



「その顔からすると噂はホンマか」
「さぁ、なんのことでしょう」



もともと好きな部類の人間ではなかったが、剣を交えて更に嫌いになった男だ。
しかしながら景吾の側近中の側近である忍足は上役であり、無視できないところが腹立たしい。



「玉の輿やな。少々病弱で・・とうがたったご息女のようやけど」
「失礼ですよ」



日吉は無表情のまま束ねた紙を揃える。
あっちへ行って欲しいと全身で訴えているのだが、飄々とした忍足は面白がっているのか立ち去らない。


色白というよりは青白く、痩せすぎとも思えた望月家の息女を思い浮かべる。
男児に恵まれなかったうえに、唯一の娘が病弱なのは気の毒だと思う。
病がちで行き遅れた娘のために、望月家が切実に婿を求めているのも分かった。


だが、日吉は決めかねていた。



「なんや?迷うてるんか」
「別に。暇なんですか?」



嫌味も込めて訊ねてみると、忍足は苦笑して首の後ろをかいた。
そう暇でもないねんと呟いて、やっと重い腰をあげる。
やれやれと筆を手にしたところで、立ち去りかけた忍足が足をとめた。



「お前らしくない。なんとなく、そう思えてな」



思わず、その言葉に振り返る。
しかし忍足は既に歩みだしており、他の者たちに声をかけながら去っていった。



父や兄は『良い話だ』と喜んだ。
出世欲はないが堅実な兄が家を継ぐのは決まっている。
そんな兄を支えて地味に生きていくことを望まない若にとっては願ってもない話だと。


確かにそうだと思う。
望月の名があれば、今より更に上を目指せるのだ。



「母上はどう思われますか?」



普段は親の意見など求めない日吉であったが、人生を左右する選択に問うてみたくなった。
床の上で肩に羽織をかけた母は話を聞いて表情を曇らせる。



「本当に良いのですか?私の薬代なら・・・」
「薬代が欲しくて婿に行くんじゃありませんよ。俺は出世したいんです
 自分の力に見合った地位が欲しい。馬鹿な奴らに使われるだけの人生なんてまっぴらだ」



吐き捨てるように語る息子を母は切ない目で見つめた。
蝋燭の灯が細く震える。母は白い顔を僅かに伏せてから、再び息子を見た。



「貴方の望むように。ただ、大事なものを見失ってはなりませんよ」
「大事なもの?なんですか、それは」



眉を寄せる息子に対し、母は微かに笑って胸に手をあてた。



「よくよく自分の心に聞いてみなさい。貴方にとって何が一番大事なのかを」



それがなんなのだと聞いているのだが、母は応えてくれなかった。
独りになってから言葉の意味を考えてみたが分からないままだ。
そういえば忍足にも意味深な言葉を投げかけられた気がする。


何より分からないのが・・・良い話であるのに関わらず、直ぐに決断できない自分だ。
渡りに船ではないかと思うのに、自分の中で何かが引っ掛かっているのだ。





翌日、城から戻ってくるとが座して待っていた。


いつもなら下働きの女よろしく動き回っているが、かたい表情で日吉を見上げてくる。
日吉は無造作に羽織を脱ぎすてると「なんの用だ」と冷たく言った。
つっけんどんな物言いには慣れているはずのが、今日に限って怯えたように肩を震わせる。


なんだ、何かあったのかと思った時だ。



「望月様のところへ婿入りするって本当ですか?」



瞬間に考えたのは、誰がコイツに・・だった。
だが直ぐに『隠すようなことではないじゃないか』と思い、と向きあう。



「本当だったら何だって言うんだ」
「だって・・・お相手の方を好きになったのですか?」


「まさか。一度しか会っていないし、ろくに話もしていない」
「では、望月家の家名を得るために?そんなの」


「それがどうした。お前に関係ないだろ」



日吉の言葉にの瞳が大きくなる。
暫し互いに視線を合わせたが、が苦しげに視線を外した。
膝の上に重ねた小さな手が震え、衣に皺ができる。


俯いたが絞り出すように言った。



「確かに・・私には関係のないこと。でも」
「でも、なんだ」


「本当に若様はそれで良いのですか?」



不意に向けられたの瞳は涙に揺れていた。
たじろぐ日吉には震える声でたたみかける。



「若様は自らの手で頂点を目指す方ではなかったのですか?
 自分の力で、自分の腕で、生まれが良いだけの者たちに打ち勝っていくのではなかったのですか?
 若様がしようとしていることは、嫌っていた家名を自らと引き換えに買うようなものです!!」


「黙れ!!」



気づけば怒鳴っていた。
ハッとしたの頬に涙が零れていく。



「もう帰れ」



日吉は拳を握りしめ、うなる様な声で告げた。
大きな瞳を一度、二度と瞬かせたの瞳からは涙が次々と零れていく。
奥歯を噛みしめた日吉の表情をは見つめ、そして諦めたように瞳を伏せた。


零れる涙を拭いもせず、何も言わずに立ち上がったは日吉の横を力なく過ぎていく。


日吉は前を向いたまま。
体の中を駆け巡る怒りの意味も分からずに、後ろで静かに閉められる襖の音を聞いた。




















お慕いしております〜日吉編〜 参 

2011/01/08




















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