お慕いしております 〜日吉若編〜 伍











難しい顔をした父を前にして、は無意識に問い返していた。



「いま・・なんと」


「だから縁談だ。先方がお前のことを気にいって下さって」
「お、お待ちください。私は縁談など」






混乱する頭で断りを述べようとしたの言葉を父が遮る。
反論を許さぬ重々しさを纏い、父はゆっくりと噛んで含ませるように続けた。



「良い話なのだ。お前も幸せになれるだろうと私達は喜んでお受けしようと思っている」
「でも」


「若殿は望月家に婿入りを決めたと言うではありませんか
 悲しいけれど望月家と我が家では格が違う。、諦めて別の方と幸せにおなりなさい」



目を見開いたまま声も出ない娘に、母は慈愛をこめて慰めた。
娘が幼い頃から大事にしてきた恋心も知っての縁談なのだ。



女は望まれて嫁ぐのが幸せなのですよ、と。










ポツンと取り残された室ではぼんやりとしていた。
小さな庭に雀が遊びにきて、ちょこちょこと跳ねている。


その昔、雀を飼いたいと駄々をこねて若を困らせたことがあった。
兄たちは適当にあしらって立ち去っていったが、若だけは文句をいいながらも捕獲の手伝いをしてくれた。
はじめは馬鹿馬鹿しいなどと言っていたくせに、簡単に捕まえられないと分かると若は俄然闘志を燃やして罠を作った。
最後は欲しがったよりも熱心で、幾多の失敗を乗り越えて雀を捕まえることができた。





『ほら!見てみろ、。俺が捕まえてやったぞ』
『すごい、すごい!若様はすごいね』


『ふん。嬉しいか?』
『うん!ありがとう、若様』





懐かしく、眩しい思い出だ。



若は昔から努力家だった。
次男坊であるがゆえに日吉家は継げず、努力しても高い位の役職につけないことを憤っていた。
それでも腐らずに剣の腕を磨き、他の者とは違った使い手になるのだと様々な所へ出向いて修行を重ね・・・今がある。



ずっと自分は若様だけを慕ってきたけれど、若様は違う。
望月家に婿入りすれば、早々に若様の願いは叶うのだ。
自分には止めることも、非難することもできないはず。
なのに・・・



「馬鹿な事を言ってしまって」



後悔しても、もう遅い。
は諦めたように頭をふると、雀を驚かせないよう・・そっと障子を閉めたのだった。










日吉が望月との縁談を断ったのは、景吾と剣を交えた翌日だった。


気の迷いであったか、高みを目指すのであれば己の力でなくては意味がないことを忘れてしまっていた。
ここ最近の鬱々した気が嘘のように晴れ、日吉の瞳には元の力強い輝きが戻っていた。


磨き抜かれた廊下を歩いていると、室から出てきた宍戸と鉢合わせをした。
途端に楽しげな表情を浮かべた宍戸が慣れ慣れしく肩に手をのせてくる。



「よっ、どうだ一本手合わせしないか?」



その手を無表情で掃いのけ、この人も相当にしつこいと溜息を隠しもしない。



「いいですけど。負けても知りませんよ」


「なに!?俺が負けるわけないだろ」
「殿には負けたじゃないですか」


「お前もだろっ」



つまらぬ言い合いに付き合いながら、宍戸を負かしてみるのも面白いと日吉は秘かに笑った。
だが、笑っている場合ではなかったのだ。





もう一本、いや・・まだまだ。
どちらも負けを認めず、自分が勝ったところで終わりたいと意地を張る。
そんなこんなで終わりは見えず、宍戸を探しにきた鳳が間に入って、やっと二人は木刀を下ろした。



「酷いじゃないですか、俺だけ除け者にして」
「悪りぃ。つい白熱しちまって」



鳳が頬をふくらませるのに、宍戸は屈託なく笑って井戸の水を飲んだ。
隣で汗を拭う日吉も、いささか疲れ気味だ。


ああ、面白かったと宍戸が口元を拭い、のんびりと縁石に腰を下ろす。
すかさず宍戸に綺麗な手拭を差し出した鳳が、ふと思い出しように日吉を振り返った。



「そう言えば、日吉は殿と縁戚だろう?
 殿の娘子が御家老の御親戚にあたる方に見初められたのだと噂に聞いたが、お前は知っているか?」



寝耳に水だった。
日吉は目を見開き、鳳の顔を唖然と見る。
いつもは表情の少ない日吉の変化に、知らなかったのだなと鳳は思う。



「そりゃ玉の輿じゃないか。これで殿は安泰だな」



他人事の宍戸が明るく言うのに反して、日吉の表情が見る間に硬くなってきた。
さわさわと吹く風が汗ばむ首元を撫でていき、熱が引いていく。
それに加えて日吉の胸をひんやりとしたものが過ぎていった。



「・・・失礼する」
「あ、おい!待てよ、日吉」



唇を引き結んだ日吉が唐突に踵を返し、足早に去っていく。
今夜は手合わせの礼に一杯と思っていた宍戸が慌てて名を呼ぶが、日吉の歩みが止まることはなかった。



「なんだ、ありゃ」



眉を顰める宍戸に、遠ざかる背を見送る鳳が「なんでしょうね」と首をかしげる。
どちらにしても今夜の酒の相手は長太郎しかいないというのが、宍戸の決定事項だった。










日吉は他への挨拶もそこそこに家路を急いでいた。



「えらそうなことを言ったくせに」



『若様がしようとしていることは、嫌っていた家名を自らと引き換えに買うようなものです!!』



の言葉を思い出し、舌打ちする。


日吉は憤っていた。
怒りの意味も考えず、ただただ玉の輿に乗ろうとするに腹を立てていた。


怒りに紛れ、締められるように感じる胸の痛み。
その痛みが何を指すのか、日吉には考える余裕もなかったのだ。




















お慕いしております 〜日吉編〜 伍 

2011/01/13




















戻る     お慕いしておりますTOPへ     次へ