「お慕いしております〜大石秀一郎編〜」 壱











あれも梅の咲く季節だった。
咲きこぼれる白梅のもとで交わした言葉。



国光様の治める青学が安定するまで、俺は妻を娶る気がないのです』
『わたくしのことは気になさらないで下さい。秀一郎様の御決心、国光様も心強いことでしょう』


『そう言っていただけると・・・殿、どうか幸せに』
『秀一郎様のご活躍をお祈りしております』



内々に申し込まれた縁談を大石が断りに来た時だった。
を嫌っているわけではないと申し訳なさそうに頭を下げたのは誠実を絵に描いた様な人。



ふっと目覚めた夜明け。
懐かしい夢を見たことに気づき、は薄暗い天井を前に瞬きをした。


庭に咲く今が盛りの梅の香がほのかにする。
だから懐かしい夢を見たのかもしれなかった。


緩慢に身を起こし、僅かに緩んだ胸元を直す。
独りで迎える朝はいつものことで、今さら寂しいと感じることもない。


けれど・・・若き日に憧れた人の夢を見た朝は、少しだけ切なく感じられた。










先日まで他国へ出ていた大石は青学に訪れた春を感じつつ歩を進めていた。
手塚の代理として婚礼に呼ばれて遠方に出かけていたのだが、僅かな留守の間に春がやってきたようだった。



「婚礼ばかりで嫌になるな」



ついつい愚痴がついて出る。
人の婚礼に呼ばれては祝いを取られるばかり、己はいまだ独り身。
忠臣とか、青学の母とか呼ばれているうちに一般でいう婚期を逃してしまった。


それは城主である手塚の縁談が遅れたことに起因しているのだが、
別に手塚に頼まれて妻を娶らなかったわけではないので逆恨みのようなものだろう。


家督を譲られたことで代が変わった後の青学は安定し、城主の手塚がやっと心に願った姫を娶った。
積年の大願が叶って周囲を見渡せば、友の中で妻を娶っていないのは自分だけになっていたというだけだ。


早婚のうえに子だくさんの菊丸は、既に随分と育った子たちがいる。
なんなら一番上の娘を嫁にやろうと菊丸は言ったが、大石は迷うことなく断った。
親友の子を我が子同然に可愛がってきたのに、それを妻にするなど考えられない。


しかしながら大石の家と釣り合いが取れそうな家柄で年頃の娘となると難しいのも事実。
だから早くと言ったではないかと父に嫌味を言われても言い返せない。


まいった。まいったが、こればかりは縁なので焦っても仕方がない。
待てば手塚のように心から欲することのできる相手に巡り合えるのかもしれないが、
それが何時とも知れぬのが悩ましい大石だった。



目指していた家の門を見つけ、何とはなしに身なりを整えてから足を踏み入れる。
そこには白梅が咲き誇っており、つい足を止めて可憐な花を見上げた。



「秀一郎様?」



どこからか声をかけられた。
声がしたと思われる方を何の心構えもなく振り返り、不自然に息を止めてしまった。
そこには白梅の精かと見間違うほどの美しい人がいたからだ。



「お久しぶりでございます」



そっと頭を下げる人の肩に黒髪が滑り落ちる。
地味とも思える着物に身を包んでいたが、それがかえって人の美しさを際立たせて白梅に映えていた。
大石は驚きを隠せずに小さく呟く。



・・殿?」



問うような呼びかけに、ふんわりと微笑んだ人。
かつて大石が縁談を断った相手だった。



家を訪ねてきたのは、自分が留守中に行われた婚礼の祝いを届けるためだ。
ここがの実家であることは頭の片隅にあったものの、
随分と前に他家へと嫁いだ人間がいるとは思っていなかった。
その驚きを表情から読み取ったのだろう。
は淡く微笑んで「少し事情がございまして」と大石を中へ促した。



通された客間からも梅が見えた。
そういえば縁談を断りに来た時も白梅が咲いていたと思い出し、なんとも言えぬ気持ちで腰を下ろす。
の言う『少しの事情』を尋ねる間もなく、
直ぐに家の当主と婚儀をすませたばかりの嫡男と新妻が出てきて挨拶を始めた。


その間も大石はが気になって仕方がなかったのだが、彼女は部屋の隅に座して茶を出したりと控えめだ。
ついには何事か家人に耳打ちされて室を出て行ってしまった。


華やかな色合いの着物を纏う新妻とは対照的な姿に、どうにも胸が騒ぐ。
とうとう我慢できなくなった大石は、話が途切れた時に思いきって訊ねてみた。



殿もお元気そうでしたが、婚家から手伝いに戻っていらしたのですか?」



縁談を断って暫くしてから遠方に嫁いだらしいということを風の噂に聞いていた。
少しの事情が何なのか、他家のことだというのに常になく図々しくも訊ねてしまった。


途端に部屋の空気が重くなったのは気のせいだろうか。
実は・・と視線を落としたの父が話し始めたことは、大石が初めて聞くことばかりだった。





「梅が見事ですね」



庭を掃く背中に声をかければ、ゆっくりと振り向いた人が穏やかな笑みを浮かべた。



「今が見頃ですから」



盛りが過ぎれば、後は散っていくだけ。
花は儚いからこそ美しいと言ったのは不二だったか。



は代々国境を守っている、それなりに大きな家へと嫁いだ。
しかし婚礼をあげて間もないうちに夫が国境の諍いで大怪我を負ってしまい、体が不自由になった。
まだ若い夫は己の悲劇を嘆き、荒れ、何かにつけてに当たり散らした。
それでも献身的に何年も介護を続けていただったが、
その夫も流行病であっけなく亡くなってしまったという。
すると夫の親族たちは『子がいない』を理由にしてを早々に家から追い出したのだった。


自分の妾にならないかと言い寄ってきた親族の者たちを袖にした。
そんな恨みもあったのか、何一つ持たされずに冷たく婚家を出されただった。



そんな話は全く知らなかった。
城に仕える者たちの内々のことまで把握しきれないのは当然だとしても、
何かしてやれなかったのかと大石は悔やむ。



長い時を夫のために尽くしたうえに家をおわれただったが、その横顔に悲壮さはない。
大石より二つか三つほど年下のだが、もともと整っていた顔立ちに加えて、しっとりとした女らしさが加わり
後家となった彼女を妾に欲しがった男たちの気持ちが分からないでもなかった。



言葉が続かず、ただ二人して庭の梅を眺めた。
花に埋もれる枝には何羽かの小鳥が集まって春を喜ぶように鳴いている。
大石は梅を見ているようで、の横顔ばかりを見ていた。



「可愛らしいこと。なにをお喋りしているのでしょう」



大石の視線に気づかない
春風に誘われるように微笑んだ人は、大石の視界の中心で鮮やかに咲いていた。





















「お慕いしております 〜大石編〜」 壱 

2012/02/13





















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