「お慕いしております〜大石秀一郎編〜」 完














「そ、それで?」



大石を囲んで、菊丸と不二、乾が身を乗り出す。
少し離れた場所で書状を読んでいた手塚の視線も大石の方に動いた。


その迫力に身を引いた大石が、困ったように頭の後ろをかく。



「小半時、待ったかな。いや、もう少しかかったか。最後は、殿の意志で石段を下ってきてくれた」



余程、安堵しただろうし、嬉しかったのだろう。
大石は自然と笑みを浮かべ、照れ臭そうに視線を落とした。



待つという受け身のもどかしさは辛かった。
だが、大石は元々が気長く、粘り強い性質なのだ。
必ず降りてきてくれるという自信はなかったが、諦めるという考えは持っていなかった。
断られて引いた己の不甲斐なさを悔いたのは、つい最近だ。


だから大石は待った。
が迷い、苦しみ、涙を流しても、諦めずに手を差し伸べた。


そうして目を真っ赤にしたは、一つ、一つと石段を自分の足で降りてきたのだ。



重ねられた手の冷たさ。
震える華奢な指が愛しくて、大石は宝珠でも包むが如く優しく手をとった。
そこで実は自分の指も震えていたことに気づいて苦笑を浮かべれば、
相手にも伝わったらしく、は困ったような泣き笑いを見せた。


ぎこちなく笑いあえば、大石も鼻の奥がツンとした。
とても。とても幸せに思えたからだ。



それからが大変だった。
手塚には申し訳ないと思いつつ、善は急げと大石はを馬に乗せて家に向かった。
通夜のように沈んでいた屋敷は上を下への大騒ぎとなり、
使いを出した大石家からは顔色を変えた父が飛んできた。


出家しようと家を出たを道中で攫ってきたことになってしまった大石だ。
傍らの父が深々と頭を下げて謝罪する隣で、『こりゃ大変なことになった』と冷や汗をかいた。


だが、後悔などあるはずがない。
戸惑う家の面々と恐縮しきっている父を前に、大石は堂々と言った。



殿を我が妻にいただきたい」



胸を張って、私は殿を好いておりますと続けた大石。
は透き通るような頬を赤く染め、止めようもない涙を袖で拭ったのだった。





「お父上が災難だったな」



話を聞いて淡々と呟いた乾に、不二も苦笑いを浮かべる。


寝耳に水の話だったろう。
嫁取り以外は順調で、随分と出世した自慢の息子がしでかした暴挙だ。



「ああ。遅くまで延々と説教されたうえに、今日も朝から嫌味を言われてきた」
「それで大丈夫なのか?後々、殿の立場が悪くなったりさ」



菊丸が遠慮がちに訊ねてくる。
家柄は問題ないにしても、は夫を亡くして婚家から戻された身だ。
それに加えて今度の騒動で、大石家のに対する印象が悪くなったのではと心配だ。


ありがたい友の心遣いに目を細め、大石は悪戯っぽく笑う。



「父に言われたよ
 お前は艶のある美人好みだったのだな、どおりで若い娘では駄目だった訳だと、しみじみとね
 だが、焦った気持ちは良く分かるが何事にも手順というものがあると説教も続いたが」


「ということは」
「ああ。父も母も喜んでくれている」



母は怒らなかった。
呆れたような表情は見せたが、秀一郎の選んだ人に間違いはないと祝福してくれた。
嫁入り前のが城に手伝いに来ていた頃を母は知っていたのだ。
家との縁談が持ち上がった時、内心では喜んでいたのにと今になって言われ
大石は『遠回りしてしまって、すみません』と母に頭を下げるしかなかった。



「あーあ。とうとう大石も年貢を納めるか」



笑いを含んだ菊丸の声に、不二がニッコリと笑う。



「めでたいね」
「さて、祝いが何がいいかな。精力増強の薬を作ろうか?」


「いや、遠慮する。結構だ」



大真面目に訊ねてくる乾に顔をひきつらせた大石が慌てて首を振れば、
周囲の者たちから、どっと笑い声があがる。


彼らの笑う声を聞きながら、書状に視線を戻した手塚の口元にも僅かな笑みが浮かんだのだった。








は庭に続く障子を開け放し、地味な着物を片付けていた。
今日のが纏うのは、薄紅の地色に白梅が咲いている春らしい着物だ。


外は陽射しもそうだが、風が柔らかい。
庭の白梅は随分と散ってしまったが、 それでもまだ残った小花が可愛らしく咲いていた。


己の人生も散って終わりかと思っていたのに、再び咲くことを許されたらしい。
こんな私でよろしいのでしょうかと何度も問い、その度に『あなたが良いのです』と答えてくれる人がいる。
真っ直ぐな目をした人は、枯れかけたの心に水を与え、暖かな光で照らしてくれた。


何もかも抱えてくればいい。
不幸など、あなたと共に生きられない以上の不幸はないと言った人。


だから・・・は自らの意志で俗世に戻る石段を降りた。


愛し、愛されたい。
それは単純なようでいて、過去のには難しいことだった。


許されるなら、もう一度。
は秀一郎を愛し、愛されたいと思った。



様。大石様がいらっしゃいました」



室の外からかけられた声に、は顔を上げる。
落ち着いて身をただし、その足音に耳を澄ませた。
廊下を近づいてくる足音は愛しい人のもの。



僅かの後。



殿、婚礼の日が決まりましたよ」



入ってくるなり嬉しそうな表情で告げてくる大石に、は涙ぐみながら微笑んだ。




















お慕いしております 大石秀一郎編 完 

2012/03/12




















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