お慕いしております  続・真田編 〜後編〜











良いにつけ、悪いにつけ思ったことは口にする性質のだ。
そのが僅かに口ごもったのだが、真っ直ぐな心根のままに躊躇いを捻じ伏せた。



「今さら・・今さらだと思うでしょうが、わたくしは謝罪をしたいのです」
「謝罪?さて、何か謝罪されるようなことがございましたか」



言葉ほど疑問を感じているふうではなく、柳の表情は静かなままだ。
それが恐ろしくも感じられ、は喉がつかえるような気持ちで言葉をつづけた。



「柳殿と、あと・・許嫁であった」



それだけでの言いたいことが理解できたのか、頭の回転が速い柳は呆れたような
溜息を吐いた。



「あれはもう私の妻です。弦一郎とは無関係ですよ」
「ですが」


「本当に今さらだ。姫様気質というか、周囲の者の感情に疎い」
「なっ・・・」



失礼な物言いには顔を強張らせたが、柳は表情を変えない。
正直申し上げて謝罪など迷惑です、と続けた。



「遅まきながら己の勝手で運命を変えられた人間のことに思い至り
 とにもかくにも謝罪をして、心の憂いを払いたいとお考えなのでしょうが
 それは相手のことを考えているというよりは、単なる自己満足です」



淡々と厳しい言葉を口にする柳を前に、は何も言い返せずに唇を震わせた。
自己満足だと切り捨てた柳の言葉がの胸を刺す。


許されようとは思っていなかったが、頭を下げることで己の胸にある罪悪感を軽くし
たいと思わなかったか。
義姉の言いたかったことも、そこにあったのではと思い至った。


目に見えて落ち込んだ様子のを見て、柳は僅かに目元を緩める。



「ですが、様。そうやって他者にまで気持ちを向けられるようになったことは良いことです
 以前の姫様であったなら、私の話など半分も聞かずに怒って去られていたところでした」



驚いたように顔を上げたは、思いのほか柔らかな目をした柳を見た。



「これでも感謝しているのですよ。私は、あれが欲しくて欲しくてたまらなかったのですから」



はあまりの驚きに言葉も出ず、大きな瞳を瞬かせる。
それに柳は悪戯が成功したような笑みを浮かべ、を妻のもとへと誘った。



茶会の後の談笑となり、広い庭園に人が集まっている。
幸いなことに今日は暖かく、空は青く澄んで広がっていた。
その空の下に女たちの着る艶やかな着物の色が映え、冬枯れした庭に花が咲いているような華やかさだ。



柳に連れられて行くと、数人の女たちが梅園で立ち話をしていた。
皆が背を向けていたのだが、その一人に柳が声をかける。
妻を呼ぶ柳の声色は優しく、外の空気に柔らかく響いた。


その声に振り返った人は、夫の姿を見つけて安堵したように微笑む。
大股で近づいて行った柳が二言、三言、妻の耳元に口を寄せて話しかけると、
少しだけ驚いた表情をした美しい人は夫を見上げ、それからゆっくりとのほうに視線を向けた。


は緊張しながらも頭を下げる。
すると夫の許嫁だった人は、浮かべた笑みのままで丁寧な礼を返してきたのだった。





近くに立ち、は同じ女でありながら柳の妻に見惚れてしまった。
白く透きとおった肌に整った顔立ち、控えめで清楚な雰囲気は保護欲がそそられる。
その証拠に妻の華奢な身を守るようにして柳が寄り添っていた。
長い睫毛を伏せる表情は繊細さを際立たせ、ひとつひとつの仕草が柔らかく女性らしい。
なぜに真田が心を寄せなかったのか、疑問を感じてしまうほどに美しい人だ。



なんだか軽い敗北感を感じながら、は当たり障りのない挨拶から始めた。
謝罪など自己満足でしかないとに言い放った柳は、別人かと疑いたくなるほど妻に優しい。
視線は常に美しい妻に向かい、話しているになど一瞥もくれない。


そっと肩に触れたり、さりげなく背を撫でたりとの夫では考えられないような甘い仕草だ。
妻にべた惚れの兄で免疫はあると思っていたが、これはまた別の意味で強烈だった。
あの感情を見せない柳が、己の愛情を隠しもせずに注いでいるのだから。



『欲しくて欲しくてたまらなかった』と柳が言ったのは、案外真実であったのかもしれない。



そう思うと、少しだけの肩から力が抜けた。



「今、柳殿と共にいて幸せですか?」



唐突には聞いた。
何の脈絡もなく世間話の途中に出てきた言葉だったが、
繊細な美しい人は夫に視線を向け、一呼吸を置いてから確かに頷いた。



「幸せです。蓮二様と出会えてよかった。この運命に感謝しております」



そう答えて、偽りのない笑みを浮かべた。
隣では柳が溢れるような愛しい眼差しで妻を見つめている。


寄り添うふたりの空気が優しくて、は涙ぐみそうになりながら微笑む。



「ありがとう・・・」



謝罪ではなく、は心を込めて感謝の言葉を口にしたのだった。









茶会の後始末まで済ませて遅くに戻ってきた真田は、機嫌のいい妻の様子.に気付いた。
めずらしく己の仕事だけを済ませ『今日はお前も早く帰れ』と言った柳といい、新年
の茶会はなかなかに好評だったらしい。
今日は柳の妻となった元の許嫁も茶会に来ていたので少々心配していたのだが、
何事もなかったようだと胸をなでおろした。
もめ事になどはなるはずもないが、万が一にも過去のことで誰かが傷つくのは嫌だった。



「あなた、お着替えを」
「うむ」



背に回って新しい着物を用意してくれる妻に、ほっと力を抜いた時だ。



「弦一郎様が面食いでなくて良かったと、今日はしみじみ思いました」
「は?」



意味が分からず振り返ると、苦笑するが着替えを広げていた。



「何のことだ?」
「あなた様が私のような『じゃじゃ馬』好みで幸いであったという話ですよ」


「そ、そうか?」



よく分からないが、とりあえずは相槌を打つとが可笑しそうに笑いだした。



「あなたは柳殿の爪の垢でも飲んだ方がよろしいようですよ」



武骨な男は一生かかっても甘い囁きなど習得しそうにない。
人目もはばからずに慈しんでくれる夫は少しだけ羨ましいが、不器用な真田を好きになったのだから仕方がない。
分かっていて夫をからかったは、久々に晴れ晴れとした心持ちで笑った。




















お慕いしております 続・真田編 〜後編〜   

2012/12/16




















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