『お慕いしております 〜手塚国光編〜』 参










春の嵐が吹いて髪が流される。
遠くまで城下が見渡せる小高い丘では桜の花びらが唸るようにして散っていた。



「御方様、そろそろお戻りになりませんと城の者が心配いたします」



遠慮がちにうながす従者の声に落胆を隠せず頷いた。
毎日、毎日、僅かな時間を見つけては丘に立つ。
夫である手塚の帰りは当初より随分と遅れていた。
直ぐに戻ると聞かされて見送った大きな背中を思えば、恋しさと寂しさに胸が潰れそうな心地がする。



『元来がマメとは言えぬ殿が自ら文を寄こしたということでお許しを』



弁護するように告げた不二から受け取った便りには、彼の人の性格を写しとったような文字が並んでいた。
変わりはないかと身を案じてくれることに胸を熱くし、続く『桜が散るまでには戻る』と書かれた一文に心が弾んだ。


僅かでも早く国光様の無事なお姿を見たい。
そう考えて、日に日に膨らむ桜の蕾を横目に待ち続けていた。



「私は大馬鹿者です」



日の明るいうちから床に伏して思う。
今朝から微熱があり、朝一番で医師から養生を言い渡されてしまったのだ。
花冷えする丘で風に吹かれていたのが原因だと言わずとも知れる。


主の留守を守る者たちを心配させ、手を煩わせていては正室として失格だ。
後悔は深く、涙を零しながら眠りに落ちていた。



ああ、心地よい。
冷たいものが首に、頬に、額にと触れてくる。
目覚めようと思うのに酷く体が重い。



「戻ったぞ」



ああ、この声は。
導かれるように眠りの底から意識が浮上する。
落ちそうになる瞼を瞬かせて緩慢に開けば、そこには待ち焦がれた漆黒の瞳があった。



「国光・・様」
「毎日、丘で待っていてくれたのだと聞いた。遅くなって、すまなかった」



謝罪せねばならないのは自分の方だ。
弱々しくも頭を振る。



「このように不甲斐ない有り様で・・殿には申し訳なく」



情けなさに溢れてしまう涙。それを長い指が拭ってくれる。
フッと硬質な手塚の表情が緩んだ。



「俺のような男には勿体ない奥方様だと皆に言われた」



意外な言葉が理解できない。
妻の驚く様子を見て、手塚の表情は更に柔らかくなった。



「それほどに慕われて俺は幸せ者だ」



今度は嬉しくて涙が溢れた。


夫の土産である一枝の桜に気づくのは、もう少し後。




















2011年春 拍手SSより




















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