『お慕いしております 〜手塚国光編〜』 弐










それは偶然だった。
腐れ縁とも言える跡部に呼ばれ、嫌々ながら出向いた彼の城で見つけた藤の花。
本当なら国光のような立場の人間が足を踏み入れられぬ場所に見事な藤棚があった。



「今の季節はどこも花盛りだ。好きなら見てくるといい」



そう言った景吾に、国光は無言で頷いた。
だだし正室の住まう庭だけは駄目だと付け加えられたのには驚いたが、景吾の並々ならぬ寵愛ぶりを思うと当然だ。
口には出さないが、それほどに執着できる女に出会えたことが多少うらやましく思える。
まだ心動かされる出会いなど知らない自分だからだ。


花になど興味は薄い国光だったが、頷かなければ日が暮れるまで景吾の相手にされるのが目に見えていた。
剣を交えて同等に戦える相手に飢えている景吾は容赦がないうえに負けず嫌いだ。
気力、体力を消耗したうえに、夜には無駄に豪勢な宴が待っているときたら逃げ出したくもなる。


そんな理由で散策を始めた国光は、運命の『藤の花』を見つけたのだった。
隣では跡部家の家老が庭の造形について説明しているが、言葉は右から左へと通り過ぎていく。


藤の咲く庭には、花にも負けぬ美しい姫が外を眺めていた。


幸いなことに家老の位置からは他の木々に遮られて姫の姿が見えていない。
姫からも此方の姿は見えていないようだ。


しかし、長身の国光からは庭を眺める姫の横顔が遠目にも良く見えた。


透けるような白い肌に、艶のある黒髪。
大きな瞳は穏やかに瞬いて庭を映している。



高貴な家の姫というものは、あのように美しいものなのか。



これまでも他家の姫に引き合わされたことは多々ある。
だが、そこに花が咲いたような輝きを持つ姫を見たのは初めてだった。



「殿、どうかなさいましたか」



隣に立つ大石に声を掛けられ、自分が姫に見入っていたことに気づいた。
視線を逸らし、自分の中に起こった突然の感情に戸惑う。



「美しい花に魅入られたようですね」



後ろから不二が食えない笑みを浮かべて追い打ちをかけてきた。
油断ならない不二の観察眼に溜息を飲み込み、国光は無表情のまま藤棚に背を向ける。


姫の名を知りたい。そう、生まれて初めて思った。



今、その藤の花は自分の腕の中にいる。
疲労と安堵で、うつらうつらと夢と現の間にいる姫は無垢で可愛らしい。


跡部家が許さなければ、自分が娶ることなど叶わなかった姫だ。
家の格差に躊躇う国光の背を押したのは、不二をはじめとする家臣たち。



『お前が惚れてんなら、いいさ。幸せにしてやってくれ』



そう言って、無理を通してくれた景吾にも感謝している。
なのに姫には淋しい思いをさせて泣かせてしまった。


少し赤くなっている目元に唇を寄せると擽ったそうにして胸へとすり寄ってくる愛しい姫。
国光は笑みを浮かべると優しく黒髪を梳きながら目を閉じた。


生涯の恋は、すべて我が妻に。





















2010年初夏 拍手SSより



















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