『お慕いしております 〜幸村精市編〜』 壱












家の姫は、妹君に負けず劣らずの勇ましい姫だそうですよ」



差し出す書状と一緒に柳が言う。
途端に受け取ろうとした手をひっこめた幸村は、興味が失せた様子で顔を背けた。



「馬はもちろん、剣の腕もなかなかのものだと」
「それなら既に城にいるよ。あんなじゃじゃ馬、ひとりで十分だ」



苦虫を潰したような顔をして控えていた真田が、また別の書状を差し出す。
それを受け取ろうとした幸村に、再び柳が口を開いた。



「ああ、それは橘家の姫で」
「柳にあげるよ」


「御遠慮申し上げます」



淡々と答えた柳は、そのまま突き返された書状を後ろに重ねる。
柳の背後には書状の山ができていた。



幸村家の当主、精市には正室がいない。
一人や二人の姫を娶っていてもよい歳なのだが、数多くの縁談が持ち上がった頃に病を得た。
それは難しい病で一時は命さえ危ぶまれたのだが、そこから持ち直して今に至る。
ここまでは『御命が大事』と後まわしになっていた婚姻だったが、もうそろそろ良いだろうと周囲が気をもんでいるのだ。
しかしながら当の本人が次々と持ち込まれる花嫁候補に興味を見せない。


それまで黙って精市と柳のやり取りを聞いていた真田が、ずいっと膝を進めてきた。



「もしも見染めた姫がいらっしゃるのなら、この真田弦一郎がなんとしても」
「お前の役目は城のじゃじゃ馬をなんとかすることだろ」



男勝りの妹と真田が好きあっているのを知っての言葉だが、超がつくほど頭の硬い真田は決して認めはしない。
自分の縁談より先に、そちらを早くに片付けてやらなければ不味いのだ。
妹の嫁入りは精市の立場であっても止めきれない場合がある。
ましてや家臣に嫁がせるとなると周囲が黙ってはいないだろうし、考えるだけで頭の痛い根回しが必要となるのだ。



「まったく。人の気も知らないで」



幸村の呟きに、柳は同調するかのように息を吐いた。







花菖蒲が見頃のはずと、その日の精市は領地の外れまで馬を駆けた。
美しい白馬に跨る精市は遠目にも美丈夫で、たまたま通りがかった娘たちは頬を染めて振り返る。
男にしておくのが勿体ないと噂されるほどの容姿なのだが、いかんせん彼は性格に問題があった。


彼は供も連れずに一人だ。
頭脳派の柳と仕事熱心な真田を出し抜いて城を抜け出すのが彼の楽しみ。
腕に覚えはあっても、体が丈夫ではない当主のことを誰もが心配するのだが、
彼はそれさえ面白がって鬼ごっこを楽しむかのように城を抜け出すのだ。



さて、今日は誰が最初に来るかな?



遊戯感覚の逃走は、つまらぬ城暮らしの息抜きだ。


草の茂る池と花菖蒲が見えてきた。
追っ手が先回りしていなかったことに笑みを浮かべた精市だったが、視線の先に馬の尻尾を捉えた。
音をたてぬよう手綱を引き、慎重に馬を下りる。
気配を消して悟られぬよう近付けば、馬の隣には人の姿があった。
栗色の馬に水を飲ませながら池のほとりに立つ後ろ姿は小柄だ。



どこぞの若君ってところか?



袴姿の後ろ姿は品が良く、艶のある黒髪が頭の高い位置で結ばれている。
良家の子息であることが一目で分かるのに供の姿は見当たらない。


自分のことは棚に上げ、若君のお遊びには呆れたものだと馬の手綱を木に結んで足を踏み出した。



「ここらへんは」独りでは危ないよ。



そう忠告してやろうとしただけだ。
優しく声をかけて一歩を踏み出した瞬間、精市は鋭い風のように身をかわした。


目の前には銀色に輝く刃が突きつけられている。
振り向きざまに抜かれた剣の速さに、精市は肩をすくめた。



「危ないな。下手な奴なら切られちゃってるよ」
「何者だ」



パタパタと着物を掃う精市に、相手は厳しい視線を向けてくる。
切れ長の涼しい瞳に、赤く色付いた唇が印象的だ。



「人の名を問う前に自分の名を名乗れと親に教わらなかったのかな」
「気配を絶って近付いてくるような奴に名乗る名はない」



ああ、と精市は笑った。



「そっか、悪かったね。追っ手かと思って気配を絶ってたんだ」


軽く言った精市が、にっこりと微笑む。



「俺の名は幸村精市。さて、君は誰かな?姫君」



精市の名を聞いた相手は僅かに目を見開いたが、怯む姿は見せない。
姫と呼ばれたことにも驚きはせず、ゆっくりと刀を鞘におさめた。
彼女の慣れた刀の扱いに、精市は記憶を呼び起こす。



「わたくしは家のにございます」



柳の言ってた、勇ましい姫か。
なんとまぁ。こんなところで縁談相手に会ってしまった。



内心で思ったのだが、それは相手も同じだったようだ。
あからさまに溜息をついた姫が、軽く頭を振って顔を上げた。



「どうぞ今日のことはお忘れください」
「俺、記憶力がいいから忘れられるかな」


「無理やりにでも忘れて下さると助かります」



無理やりという言葉の語調が強い。
面白いことを言うなぁと幸村は目を細めた。
姫は瞳に強い光りを宿して精市を見据える。
なかなかに肝の据わった姫だと、つい笑みが零れたのだ。



「ついでに申しますと縁談も正式に断って下さると助かります」
「ああ、あれね。どうしようかな」



くだんの縁談話は既に終わったことになっていたくせに、精市の天の邪鬼な性格が疼きだした。
昔から白と言われたら、赤。右と言われたら、後ろを向く様な子どもだった。


断ってくれといわれると、不思議と断りたくなくなるのが精市の性質だ。
不機嫌を隠しもしない男装の姫に精市は綺麗な笑みを浮かべる。



「断っても、断っても縁談って来るだろ?ここはお互いに協力しあわないか?」
「協力?」


「そう。わずらわしいことを終わらせるのさ」



人差し指をたてて楽しそうに笑った精市を、は不審さを隠しもせず見つめていた。




















お慕いしております 〜幸村精市編〜 壱 

2010/05/08




















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