『お慕いしております 〜幸村精市編〜』 弐











「というわけで、皆が俺に正室を迎えて欲しいわけ
 だから俺が君を娶るかわりに、妹を真田家に嫁がせることを認めさせようと思いついたんだ
 どうだ、いい考えだろ?」



悪戯を思いついた幼子の如く嬉々として話す精市の隣で、姫は神妙な顔で腕を組んでいた。
姫らしからぬ仕草で暫し考え込むと、おもむろに口を開く。



「お話は分かりましたが、わたくしに利がありません」
「利?ああ、君の利ね」



そうだねぇと、幸村が顎に手をやって空を見上げた。
黙っていれば女と見間違うほどの容姿を眺め、は考える。


お互い様だとは思うが、この方はまったくもって一国の主らしくない。



『病弱であったが故に未だ御正室様もおらぬが、御容姿は申し分ない
 そう口数の多い方ではないが、話される御言葉は思わず感心してしまうような聡明さでな
 あの若さであの思慮深さはなかなかのものだ。それに戦上手でも有名な方なのだぞ』



父から聞かされた『幸村家の当主』は、誰のことだったのだろう。
容姿以外に当てはまるものがない気がして、は首をひねる。



変わり者ゆえ、嫁を娶られなかったか。



その結論に達し、なるほど自分にまわってきた縁談相手に相違ないと溜息をつく。



「よし、考えたぞ。君は俺のところに仕官したと思えばいい」
「は?」


「好きでもない男のもとに嫁いで子を産むのなんか、まっぴらごめんなんだろう?」
「そこまでハッキリと申し上げた記憶はありませんが、そんなところです」


「けど段々と行き遅れになりつつある自由奔放な娘を何とか嫁がせようと親は必死だ」
「よく御存じですね」


「俺が断ったとしても次々と縁談は押し寄せてきて、ついには逃げられなくなる日も来るだろう」
「その時は出家でもしようかと考えております」


「出家は退屈だよ。馬にも乗れないし、刀も振れない。一日中、辛気臭い仏の顔を見て過ごすんだぞ」
「・・・他の道も考えてみましょう」


「そこでだ」



精市が微笑んだ。
綺麗な笑みだが、胡散臭い笑みだとは思う。



「君は俺の正室という職につくんだ。職だよ、職
 対外的な正室の務めをしてくれたら、あとは好きに暮らしてくれていい」


「意味が分かりませんが」



だからと、理解が悪い奴だと暗に責められ説明を受ける。
ちょっとムッとしただったが、精市からの話は悪いものではなかった。



策をめぐらす二人の脇。
かえりみられることもなく、今が見頃の花菖蒲は咲き誇っていた。










家の姫を娶る」



身柄を確保されて戻ってきた途端、高らかと宣言した精市に真田は腰を抜かした。
はて、家からの文は何処へやったかと書状の山を探しだした柳は冷静だ。



「方々を人が探し回っているうちに、どのような御心境の変化が」
「会ったんだよ、本人に。偶然さ」



昔の知り合いにでも会ったかのように軽く言うが、相手は嫁入り前の深窓の姫だ。
状況を把握できない真田に柳が簡潔に説明をした。



「弦一郎、覚えているか?我が城の姫と負けず劣らずの勇ましい姫との縁談だ」
「なんと」


「気晴らしに出かけたら向こうも独りでフラフラしててさ、意気投合してね」
「独りでフラフラとは・・・」


「面白い姫だったよ」



出掛ける時には必ず自分を供にしてくれる我が姫のほうが、まだマシだ。
真田は眉間を押さえて黙りこむ。



「せめて御正室様ぐらいは普通の姫であって欲しかった」
「殿の性格だ。普通で納まる筈がないと俺は思っていたぞ」



真田と柳の呟きなど無視して、精市は鼻歌まじりに脇息に凭れると笑った。




















お慕いしております 〜幸村精市編〜 弐 

2010/05/09




















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