『お慕いしております 〜幸村精市編〜』 参
一刻も早く正室を迎えて跡継ぎをと望む幸村家の動きは早かった。
とにかく気が変わらぬうちに娘を貰って欲しい家の動きも早かった。
お互いが急いていたので、トントン拍子に婚儀の日が来た。
「えらく急な婚儀だな。先に子でも出来たか?」
誰が主役か分からなくなるような格好で跡部家の景吾が近付いてきた。
古くからの知り合いだが、相変わらず無駄に派手な男だ。
「まだだよ。ねぇ、俺より目立つのはどうなの?」
「そうか?忍足に言われて地味めにしてきたんだが」
きらびやかな羽織の袖を広げる跡部に溜息をひとつ零し、精市は声をひそめた。
「ところで跡部にお願いがあるんだけど」
「祝いの日に何だよ」
「妹のことでね、君の力が借りたい」
「俺様の?」
精市は扇子を広げ、跡部に相談するべく顔を寄せた。
月の美しい夜だ。
人払いをした縁側で精市は手酌の酒を口に含む。
隣では単衣を着た新妻が、これまた手酌で酒を飲んでいた。
「なにをそんなにしょげていらっしゃるのですか?」
「しょげてないよ。くそ〜っと思ってるだけ」
それをしょげていると言うのだけど。
は思ったが口にはせず、空になった精市の盃に酒を足してやった。
「気にいってた馬なのに。真田の野郎、これから徹底的に苛めてやる」
「ああ、あの白馬。あれは良い馬でしたね」
「跡部にくれてやることになった」
「まぁ、もったいない」
「そうさ、もったいないんだ。跡部の奴、裕福なくせに人の足元を見やがって」
苛々と頭をかく精市に、ついは笑ってしまう。
今日の婚儀、精市は始終穏やかな笑みを浮かべて当主らしく振舞っていた。
口数は多くないが言葉を発すれば威厳があり、さりげなく新妻をいたわる仕草などは優雅でさえあった。
なんと、この方は表の顔と裏の顔が御有りなのだ。
驚きはしたが、それは自分も同じ。
今日のは楚々とした美しい花嫁を演じきったのだから。
「ああ、今日はお疲れ様。もう寝てもいいよ。適当に時間を潰して戻るから」
「それはどうも。ですが、もう少し飲んでから寝ます」
「君、酒もいけるんだね」
「どうして男に生まれなかったのかと口惜しくてなりません」
「まったくだね。じゃあさ、もうちょっと俺と付き合ってよ」
「いいですよ」
喜怒哀楽を隠しもしない精市は面白い男だ。
少々の無礼など気にも留めず、女のに対等な物言いを許してくれる。
は異性の友人ができたような感覚で、月光に照らされる精市の横顔を眺めた。
ふと、以前から考えていた疑問が浮かぶ。
「殿は幸村家をどうなさるおつもりなのですか?」
「うん?」
「わたくしのような者を正室にしては先がありません」
が輿入れする『利』は、一般では考えられないような事だった。
君は正室という役目を演じてくれればいいんだ。
演じるんだから俺と枕を交わす必要もないし、必要のある時だけ綺麗な着物を着て座っていてくれればいい。
後は好きにすればいいんだ。どこへ出掛けてもいいし、馬だって乗ればいい。
剣の稽古がしたいなら、真田に頼んでやろう。
もしも嫌になったら、いつでも離縁をしてあげる。
好きな男が出来たなら、そこへ嫁にいけるよう考えてもあげるよ。
ほら、利は多いだろう?
「さて、どうしようか」
精市は夜空を見上げて呟く。
その面は白く、まるで透けるような肌だ。
病で命を落としかかったと聞いたが、その後の具合はどうなのだろう。
心配がの頭を掠めるほどに儚く美しい横顔だ。
「なんかさ、結構行き当たりばったりなんだよね」
「はぁ」
何も考えてなかったのかと、は呆けてしまう。
「戦場では死ぬかもなんて考えもしなかったのに、あの病には勝てないかもしれないと思った
どんなに武名を誇っていても関係ない。命って、あっけないなぁって」
「あっけないって・・・殿は生きていらっしゃいます」
「ウン、なんとかね。でも、確かな明日など誰にもないんだと知ったんだ
明日がないかもしれないのに、我慢して自分を殺して生きるって馬鹿馬鹿しいと思った」
今は戦もなく、世の中は落ち着いている。
だが一たび何か起これば争いは全土を覆い尽くし、また多くの血が流されて人の命は絶えるだろう。
それこそ明日はどうなるのか分からない。
「俺が幸村家の当主なのは仕方ない。他にいないんだし、やるしかない
それはいいんだけど、後は思いつくまま気の向くままに生きてみようと思ってる
で、目下のところ解決したいのが妹と真田のコトなんだ
好きあってるのに身分があるから添えないなんて気にいらないじゃないか
とにかく二人をなんとかして、それから家の存続は考えようと思う」
そんな後まわしでいいのだろうか。
は思ったが、だからといって反論する気にはなれなかった。
我慢して自分を殺して生きるのは馬鹿馬鹿しいと言いきった精市の言葉に、僅かながら感銘を受けた。
男ばかりの中で育ったは、兄たちと共に戦場を駆ける日を夢見ていた。
なのに着せられるのは色鮮やかで動きにくい着物ばかり。
剣や乗馬を習いたいのに、与えられたのは花鋏と琴だった。
面白がる兄たちに剣を習い、馬に乗せてもらって大きくはなったが、
二言めには『良い家に嫁いで家のために子を産むのだ』と言われて、辛くて辛くて堪らなかった。
子を産むためだけに存在している私ではない。
幾ら叫んでみたとて、今の世では誰も受け入れてはくれなかったのだ。
そう・・この幸村精市という変わり者以外には。
「どなたか殿に合う姫がいらっしゃると良いですね」
「そうだねぇ。俺の子を産んでくれとか、カッコよく言ってみたいね」
「女ばかりが子を産むのは不公平ですから、殿がお産みになっては?」
「面白そうだね。頑張ってみるかな」
ふたりで笑いあい、お互いが盃に酒を注ぎ合った。
お慕いしております 〜幸村精市編〜 参
2010/05/10
戻る お慕いしておりますTOPへ 次へ