real 1
〜Thank you 400000HIT present to Hana〜
昔からピアノは好きだ。
物心がついたときには指導者について始めたピアノはそこそこのレベルで弾ける。
だが、ある程度の練習を続ければ誰でもが弾ける程度で俺様は満足できない。
それにピアノとテニスを天秤にかければ、どう考えても後者の方がスリルがあって面白い。
中学に入る時には、あっさりと捨てたピアノ。
最近じゃ自分で弾くことは少なくなったが、今でもピアノの音色を聴くのは好きだ。
「誰だ?」
思いがけないところで良い音を聴いた。
放課後の職員室から出て部活に向かおうとしていた俺は上階から響いてくるピアノの音に足を止めた。
階段の踊り場で音の漏れてくる方を見上げながら耳をすませる。
ドビュッシーのトッカータ。
んな難しい曲を音楽科もない学園で誰が弾いているのか。
気になったら確かめずにおれない。
それじゃなくても遅れている部活のことも気になったが、俺は階段を上に昇った。
階段を昇りきり角を曲がれば、更に音が鮮明になる。
上手い。
コイツ、ただ者じゃない。
勝手に足が急く。
それでいて演奏の邪魔をしないよう、高揚する感情を抑えながら音楽室のガラス窓を覗いた。
ひとりの女子生徒がグランドピアノに向かっていた。
見たこともない顔だ。
特徴のない容姿で、ただ色が白かった。
しかし、その演奏は高校生とは思えない技術と表現力を持ち合わせた一級品だ。
肩までの髪が指の動きにあわせて揺れる。
俺は背中を冷たい廊下の壁に預けて女の演奏に聞き入った。
ただそれだけのこと。
女に声をかけるでもなく、その後も続けて弾かれるピアノを聴いて満足すると立ち去った。
「鳳、お前の学年にピアノがズバ抜けて上手い奴はいないか?
あれぐらい弾けりゃ、コンクールで上位の成績も取ってると思うんだが。」
「え?さぁ・・・聞いたことありませんけど。
あ、そうだ。小学生の頃、コンクールに出てた奴がいました。」
「それは女か?」
「いえ、男ですけど。」
「なら違うな。・・・一年じゃないか。」
ピアノが好きでコンサートにも足繁く通っている鳳なら何か知っているかと思ったが。
あの時に声をかけておけば良かったとも思うが、相手がどんな人間か分からないぶん躊躇った。
自意識過剰でなく目立つ自分が下手に声をかけると面倒なことになる。
過去の経験から知ってる俺は極力面倒を避けるようにしていた。
だが、あの時はそれだけが理由じゃなかった。
あまりに素晴らしい演奏を声をかけることで邪魔したくなかった。
あの空間に溢れる音を止めたくなかっんだ。
それからは気づけば漏れ聞こえてくる音を拾おうとしている自分がいた。
どうも音に一目惚れしちまったらしい。
一目惚れが適切な表現かはあやしいが、そんな感じだった。
「跡部。紹介するわ、俺のカノジョ。」
その探していた音を持つ女が俺の目の前に立っていた。
隣にはヘラヘラと笑っている忍足が立っている。
俺は女を見つけた喜びと共に落胆もしていた。
「ふーん。で、学年は?」
「へ?」
「お前のカノジョとやらは何年だ?」
「俺らと同じ二年生やって。
は帰国子女で一年の途中から入ってきたから、跡部が知らんのも無理ないか。」
「で、ピアノはいつから始めたんだ?誰かに師事しているのか?」
「ピアノ?なんやソレ。」
俺は忍足を無視して女に訊ねた。
目を丸くした女は外の日差しを浴びて肌の白さが際立つ。
そのぶん化粧っけのない顔は印象の薄い、おとなしげな雰囲気だった。
「お前、ピアノを弾くだろう?それもかなり上手い。
何故、音楽科のある高校に行かなかったんだ?
ここじゃ、まともにピアノを教えてくれる教師なんかいないだろう。設備だってお粗末なもんだ。」
「ちょっと待ち!なに、跡部はと知り合いなんか?っていうか、ピアノって・・・はピアノが上手いんか?」
「はぁ?呆れた野郎だ。てめぇの女のことも知らねぇのか。」
唖然としている忍足の隣で俯き加減だった女が俺を見上げる。
その瞳に光りが反射して琥珀色に輝く。透明感のある女だと思った。
「ピアノは・・・趣味だから。」
やっと訊けた第一声に息を呑む。
俺は忍足がいるのも忘れて、女の腕を掴んだ。
「趣味だと?ふざけんな!あれは趣味のピアノじゃない。
お前の指、これは毎日何時間も鍵盤に触れている指だ。じゃないと弾ける曲じゃないだろ?」
「ちょっ!跡部、やめって!が怖がってるやろ?
何をそんなに熱くなってんのや。のピアノが趣味やろうが何やろうが、おまえに関係ないやろ?」
間に入った忍足に肩を押されて、初めて腹を立てている自分に気がついた。
俺はジャケットの襟元を直すことで気を落ち着かせてから女を見据えた。
「あれだけ弾けて、趣味なんて言葉で誤魔化そうとするのに腹がたっただけだ。」
それだけ言って背を向けた。
無性に腹立たしい。
あんなに伸びやかな音色を響かせていたくせに、俺の前に立っていた女は魂の抜け殻みたいな姿だった。
人がうらやむほどの才能を持ちながら、それを自ら捨てるような奴は大嫌いだ。
意思を持って道を進めば、きっと開ける未来があるはずなのに。
制約の多い日々の中で足掻き続けている俺には、開けている道を進まない奴は馬鹿だとしか思えない。
自由があれば俺だって違った生き方が出来るだろうに。
いや、それは考えないと決めた。
今は出来なくても、いつかは自らの生きる道を歩んでみせる。
諦めるものは多くても、そのぶん新しい何かを掴んでやると決めた。
だからこそだ。
あるチャンスを努力して掴まない人間を見るのは酷く腹立たしい。
ピアノが好きなくせに。
あの音色は嫌々弾いてる奴に出せる音じゃない。
そう思えば言い足りない気がして後ろを振り返った。
忍足が女の頭を撫でていた。
慰めているだろう仕草に、俺はますます気分が悪くなった。
それはまだ俺さえ何も気づいていない頃のとの出会いだった。
40万ヒットキリリク 『real』1
2007.03.13
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