real 2










「な、昨日のアレは何や?に訊いても、跡部と話したのは初めてやっていうし。」
「その通りだ。俺は名前も知らねぇ。」


「けどピアノがの趣味やって知ってやないか?俺は知らんかったのに・・・」
「趣味ねぇ。」



制服を脱ぎながら吐き捨てるように言えば、ロッカーに手をかけた忍足が溜息をつく。
忍足にしたら俺が自分の女にこだわる理由が分からないんだろう。



「昨日の帰りに訊いたらな、の両親ってオーケストラの団員らしいで?
 で、二つ上のお兄さんは音大でピアノを専攻してるって言うてたわ。
 は音楽一家に育ったからピアノも上手いんやろうな。本人は『たいしたことない』って言うてたけど。」



俺は着替えの手を止めて忍足の話を訊いていた。
音大にいる兄とやらが、妹を卑屈にさせるほど天才的なピアニストなのか?
だが忍足が訊いたという音大の名は、俺が知っている限りではレベルの高い大学ではない。
経済的な理由でピアノを諦めたのかとも思ったが、この氷帝は音楽科のある私立にも負けない学費の高さだ。 


腑に落ちない。



「とにかく横恋慕はナシやで?」
「は?馬鹿か、てめぇ。俺様はお前の女を横取りするほど困っちゃいねぇよ。」


「ならエエけど。なんや珍しく跡部が女にこだわってるから。」
「俺がこだわってるのは音だ。」


「音?」
「お前には分からねぇだろうよ。」



意味が分からず馬鹿面している忍足に言って着替えを始めた。
他人のことに首を突っ込むのは確かに俺らしくない。


その時は、そう思っていた。










「ねぇ、忍足君。これ食べる?」
「なに?おお、マドレーヌやん。」


「実習で作ったの、良かったら。」
「おおきに。今、食べてもええ?」



通りがかった廊下で忍足が立ち食いしていた。
隣にいる女はピアノの女とは全く雰囲気の違う派手な容姿。
明らかに色目を使われているのに愛想の良い男はニコニコとしている。


懲りない男だ。


全国に名を馳せるテニス部のレギュラーというだけで集まってくる女は多い。
人気があるのは結構だが、それはそれで面倒だ。
誰にでも優しくて物腰が柔らかな忍足は特にモテる。
ヘラヘラと愛想良くしているうち、勝手に相手がのぼせ上がってトラブルになったのも一度や二度じゃない。



「お、跡部。そうや、もう部活やんな。ほな、コレは貰っていくな。」
「あ・・・忍足君!今度、お昼を一緒に食べない?」


「せやな・・今度!」
「うん!」



軽く手をあげて女に別れを告げると、無視して通り過ぎた俺の隣に忍足が並んだ。
人を逃げる口実に使いやがって。



「跡部も食べるか?」


「いらねぇ。」
「結構イケてるけどな。」


「下手な約束して女とモメるなよ。
 それじゃなくても、お前のテニスにはムラがあるんだからな。」


「跡部みたいに毎日全力投球してたら過労死するわ。」
「心配するな。お前みたいに図太い神経を持った奴は丈夫だろうよ。」



二つ目のマドレーヌを口にしながら忍足が笑った。


言葉にこそしないが、俺は忍足をかっている。
飄々とした奴だが実力は確かだし頭の回転もいい。
俺の意志を黙って汲み取り動ける男だ。


ただ天才肌の分、努力をすることを惜しむ傾向がある。
先を見通す能力が長けているからこそか、負けると思えば自分から諦めてしまうのも歯がゆいところだった。





それから数日後、忍足がマドレーヌの女と食堂でカレーを食っているのを見た。
その数メートル後ろを視線を下に向けて歩く忍足のカノジョがいた。


もう別れたのか。
それとも他の奴らに目をつけられないよう内緒で付き合ってるのか。
どちらにしても見てて気分のいいもんじゃない。
ま、俺がどうのと言う筋合いでもないから放っておいた。



だが見て見ぬフリをできないこともある。





「や、やめて!楽譜が・・・」



悲鳴にも似た声に角を曲がれば、手提げカバンを必死に守ろうとする忍足の女がいた。
思わず舌打ちをして足を踏み出す。



「てめぇら、なにやってんだ!」



一喝すると高校生とは思えないほど派手な化粧をした女達が振り返る。
俺を見ると驚きに目を見開き、女から取り上げようとしていたカバンから手を離した。
途端に小さな声をあげ、カバンを取り戻そうとしていた反動で女が転ぶ。



「おい、大丈夫か?」
「あ・・指・・」



女は土だらけになったスカートも構わずに、自分の手を食い入るように見て指の動きを確かめた。
その隙に嫌がらせをしていた奴らは逃げていったが、女はそんなこと気にもしていない。
全ての指がスムーズに動くことを確認した女はホッと息を吐いた。



「怪我はなかったか?」
「あ・・あの、ありがとうございました。」


「楽譜も無事か?」
「だ・・大丈夫です。」


「立てよ。忍足と帰る約束してんのか?」



ノロノロと立ち上がった女が首を横に振る。
忍足は俺より先に部室を出たはずだが、女は一人で帰るところだったらしい。


さて、どうするか。
さっき帰った忍足を携帯で呼び戻すという手もある。


目の前で制服の土を掃う女の姿を思案しながら見ていた。
そこで視界に入ったのは手のひらから小指の付け根にかけて滲む赤。
俺は咄嗟に女の手を掴んで傷の程度を確認した。


大丈夫。これならピアノを弾くのに問題ないだろう。
軽い擦り傷なのに安堵した。



「よかった。たいしたことねぇな。」



言って女の顔を見れば、驚くほど頬を赤くしているから俺のほうが慌てた。
突き放すように手を離し、忍足の女にしては初心なんだなと思う。
女は頬を赤くしたまま汚れた手提げ袋の土を掃って楽譜を抱きしめた。


大丈夫かと訊ねれば、コクリと頷くが頼りない事この上ない。
手をかけようとしていた携帯はそのままに、俺は顎で門を指す。



「来い。送ってやる。」


「い、いいです。ひとりで帰れます。」
「あの女たちが別の場所で待ち伏せしてるとも限らねぇぜ。いいのか?」



女の瞳が不安そうに揺れた。
何が原因で嫌がらせをされているのかは知らねぇが、このままで終わるとも思えない。



「門の前に迎えの車が来ているはずだ。乗っていけば安全だぜ?」



俺の言葉に女が顔をあげた。
僅かの間に薄い闇が周囲を覆い、女の白い肌が淡い紫に染められている。
返事を待たずに校門へ向かって歩き出せば、少しの間を置いて後ろから付いてくる気配がした。
俺は前を向いたままで問う。



「名前は?」
「え?」


「お前の名前だよ。」
・・・です。」



同学年なのに消え入りそうな声で敬語を話す女が可笑しい。



。お前、やっぱりピアノを何より大事にしてるんだな。」
「そんなこと・・・」


「楽譜を守ろうとしただろ。そして転んだ時に何より先に自分の指を確かめた。
 んなことするのは弾くことに全てをかけてる奴しかしねぇだろ。」



俺の言葉にが黙りこむ。
校門には俺を待つ車の灯りが見えてきた。
その時、何の気まぐれか思いついた事が後に俺達の運命を変えていく。





「送ってやるついでといっちゃあなんだが、俺にお前のピアノを聴かせてくれないか?」



もう一度、あの音色を聴きたいと思ったんだ。





















2006.03.14  

『real』2 




















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