real 最終回










いきなりコーナーに打ち込んできたかと思えば、コードボールでネット際に落としてくる。
その正確なボールコントロールは一級品だ。


スマッシュを無効化する技を持ってやがるから、こっちは攻め手が少なくなる。
青学の不二にも負けない天才的技術。


忍足侑士は敵にすると厄介な男だと今更ながらに思う。



渾身の力でドライブボレーを打てば、忍足のラケットが後ろに吹っ飛んだ。



「15-0」



ざわめきが聞こえてくる中、忍足はラケットを拾うとポンポンと叩いて俺を見た。



「パワーのあるボレーや。」


「てめぇが、右へ左へと走らせるから俺も休みたいんだよ。」
「体力を削ごうとしても、ちっとも堪えてへん。さすがやな。」



そう言って、二ッと口角を上げた忍足。
汗が滝のように流れるシャツの下、俺は背中がゾクゾクっとするのを感じた。


恐怖じゃない。
そうだ、この感覚。


ゾクゾクと腹の底から湧き上がってくるような感覚。
それは、あの夏に手塚と戦った時と似ている。



「休憩もしたし、次いくぜ。」
「来いや。」



サービスの体勢にはいる。
ネットの向こう、滴る汗を拭いもしない忍足が獣のような目で俺を待っている。


誰も練習なんざ、しちゃいない。
コートの周囲で瞬きさえ惜しむように俺たちを見ているだろうレギュラーたち。



手加減など出来るはずもない。
油断をすれば食われてしまう。


だから俺も持てる力は惜しみなく出してやる。





前に出れば足元にパッシングが打ち込まれる。
その勘の鋭さに舌を巻きながらも負けはしない。


ロブにしてもドロップショットにしても、一番嫌なところに落としてきやがる。
それは忍足が持つ先天的なセンスの良さ。


もっと、やれるはずだ。
もっとお前の本気を俺に見せてみろ。もっと、もっとだ。





「アドバンテージ・サーバー」


「デュース」


「アドバンテージ・レシーバー」


「デュース」





1ゲームを取るために繰り返されるコール。


肩で息をしてる忍足が飛び込むようにしてコーナーに打ち込んだ決め球に食らいつく。
マズイ、間にあわねぇと前に出た俺だったが、ボールはネットに弾かれて忍足側のコートに落ちた。
コートに転がった忍足が拳を悔しげに叩きつける。
その姿に俺の胸は熱くなる。



「いつまで寝転がってるんだ。遠慮はいらねぇから、本気で来いよ。」



こっちも息を切らせながらだが言ってやった。
もうシャツは汗で肌に張り付いている。
忍足の髪も汗で濡れたようになっている。


それでも奴は立つ。
残りのゲームは僅かだ。


まだ終わりたくない。もっと続けていたい。
そういう時間だ、忍足。


お前も、そう思ってるだろう?



言葉は交わさなくても、お前の力がこもった一球一球に想いを感じる。


だから俺も伝える。
何があってもお前が俺たちにとって大事な人間であることは変わりない。
俺はお前を信じ、お前にも俺を信じて欲しいんだ。



「忍足!」



最後に残った力、全て込めてスマッシュを打ち込んだ。
忍足は正面から受ける体勢だ。


馬鹿な、と思った時には力に押されながらも忍足が打ち返した。
ハッとして後ろを振り返り、ダッシュする。
ボールはゆっくりと弧を描いて落ちていく。


とどかねぇ!


だが、黄色いボールは白いラインより僅かに外へと軽い音を立てて落ちた。



「アウト!ゲームセット、ウォンバイ跡部!ゲームカウント6-4!」



わっとコートの周囲から声があがる。
忍足はスマッシュを受けた反動で尻餅をついたまま空を見上げていた。


向日が降りてきて「すげぇ、試合だった」と汗を拭う。
俺は弾む呼吸のままネット際まで進み忍足が立つのを待った。



空を見上げていた忍足が汗を拭う。
そして俺と視線が合うと、いつもと同じ目をした忍足が微笑んだ。



「跡部、おおきに。めちゃ面白かった。」
「俺もだ。」


のこと頼むな。」
「ああ。」



向日が目を見開いて俺と忍足の顔を交互に見ると、頭をガシガシとかいた。



「そういうことかよ。なんか、もうっ。なんだよ、それ!」


「あ〜、岳人。その事は他の奴らに内緒な。」
「侑士はそれでいいのかよ?」


「ええねん、跡部やから。」


「悪いな。」



思わず口にすれば、忍足が笑い、向日が更に喚き出す。



「なんだよ、二人して!俺には分からねぇ!」



忍足は億劫そうに立ち上がるとネットまできて、ポンポンと向日の頭を叩いた。
それから俺に手を差し出して、メガネの奥の瞳を細める。


躊躇い無く忍足の手をとった。
全力で戦った俺達の手は震えている。


けれど心はとても満ちていた。










忍足と並んで廊下を歩いていたら、前から資料室の大きな地図を抱えたが歩いてきた。
チラっと俺を見た忍足が手に持っていたカバンを俺に押し付ける。



「跡部の代打を務めてまいります。」



そう言って小さく敬礼すると、に駆け寄り地図を無理矢理に奪い取る。
遠慮するに「ええよ、ええよ」と微笑む忍足。



「力が有り余ってるらしいから、使ってやれよ。」



声をかけて背を向ける。
俺様にカバンを運ばせるとはと癪に障らないでもないが、部室の床に放り投げてチャラにしてやるかと思う。



なにやら吹っ切れたらしい忍足は元気だ。
こうやって俺の代わりにを助けてくれたりする。


嘘か本当か定かではないが「新たな恋を見つけた!今度は本物や!」と俺に報告してくれた。
名前も知らないOLだと訊いて心配になったが、とりあえず様子見というところか。





俺はを守るために付き合いを徹底的に隠すことにした。
寂しい思いもさせるが、誰かの標的になるよりはマシだ。


俺の気持ちを証明するといってはなんだが、他の女には一切関らない。
二人でいる時には疑うのも許さないほどに愛してやる。


下手したら忍足に何をされるか分からないしな。
大事にするさ。





はよく笑う女になった。
ピアノの前に腰をおろし、俺を見上げてニコニコとしている。


おかげで俺の周りには常に音楽があるようになった。
気にいった音に包まれ、柔らかな温もりに体の力が抜ける。



「ねぇ、何か弾いて?」
「俺に恥をかかせて笑う気か?」


「まさか。あなたが私の音を好きだと言うように、私もあなたの音が好きよ。だから・・・」



仕方ねぇ。
溜息をついて楽譜をめくる。



ああ、でもその前に。



その甘い唇をもらってからにしよう。




















『real』 最終回 

2007.04.24

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