『好きだよ』 と。
言えたら、どんなに簡単だろう。
長いこと、そう思っていた。
最後の告白 1
用のある真田は、俺を置いて食堂を後にしていた。
食べたくなくても食べるんだと念押しをされ、渋々と口に運ぶウドンが減らない。
そんな俺の真ん前にカツカレーの載ったトレイが置かれた。
「また、そんなもの食べて。力が出ないよ?」
「カツカレーを食べようと思える胃袋が羨ましいよ。」
は忙しなく椅子に座ると、冷たい水を一口飲んでからカレーを食べ始めた。
健康優良児だなと感心して食べっぷりを観察する。
次々と口に運ばれるカレーを見ているだけで満腹になってきた。
「カツあげようか?」
「いらないよ。」
「ダイエットしてるんだけどなぁ。」
「ダイエット中の人間がカツは食べないよ、普通。」
「真田君は?」
さり気なさを装って訊いているつもりなのだろう。
だから俺も気付かないフリで答える。
「委員会の集まりだそうだ。先に戻った。」
「ふーん。だから珍しく独りだったのか。真田君に訊きたいことがあったんだけどな。」
「なにを?」
「本のこと。時代物で、オススメあるかなぁって。ほら、真田君って好きじゃない?」
健気だね。そう思えば、更にウドンが喉を通らなくなってきた。
もう箸を置いて席を立とうかと思い、そのタイミングを計ってしまう。
「ねぇ、幸ちゃんは真田君のコト、どう思う?」
俺を小学生の頃から幸ちゃんと呼ぶ彼女。
枯れ枝の先にクモを引っ付けて俺を追いかけてきた恐ろしい女のコが恥じらっていた。
とうとう、きたかと思う。
「ええ?ああ、まぁね。真田はイイ男だよ。」
「そうだよね!テニスは強いし、頭もいいし、カッコイイし、だから・・・モテるんだよね。
付き合ってるコとかも・・・いるだろうな、多分。」
窺うような瞳には、それを否定して欲しいという希望が見え隠れしている。
先週告ってきた青学の女のコと付き合っておけば良かったのにと、硬派な真田に八つ当たりしたくなった。
「付き合ってるコ?多分、いないんじゃないかな。」
「本当?じゃ、好きな人はいるのかなぁ。」
「そこまでは知らないよ。」
「訊いたりしないんだ?」
「俺に訊かせるつもり?そんなこと、君の頼みでも訊けないよ。真田、怒りそうだし。」
「そっか・・、そうだよね。」
口に運んでいたスプーンが、意味もなくカレーを混ぜ始めた。
落胆して伏せた睫毛が頬に美しい影を作っている。
訊けないじゃなくて、訊きたくない。
相手が君じゃなければ、お節介をしてやっても良かったんだ。
自虐的だと理解した上で、俺は口を開いた。
「なんだ、は真田が好きだったのか。」
瞬時に赤く頬を染め上げた彼女が、嘘のつけない瞳を丸くする。
ああ・・なんて運命は残酷なんだと、とうとう俺は箸を置いた。
幼い時から色白で、女のような顔立ちをしていると言われ続けてきた。
小柄で体も丈夫じゃなかった俺を頭半分大きな体で見下ろしていたのが君。
女の子みたいだから幸ちゃんねと、腹立たしい名前をつけたのも君だった。
口喧嘩は日常茶飯事で、『女オトコ!』だとか『男オンナ!』と低レベルの言い合いをしては本気で怒っていた。
生意気で、口が達者。
こんなオンナ大嫌いだと思っていたのに同じクラスが続く。
体を鍛えたくて始めたテニスが思いのほか強くなり、周囲が騒がしくなってきても君は変わらなかった。
『テニスが強くったって、幸ちゃんは幸ちゃんじゃない?皆、ちやほやしすぎだって。』
口を尖らせて俺に文句を言うのが、何故か嬉しかった。
負けるのは嫌い。勝ちたいと思った。
だけど有名になりたいとか、周囲に特別視して欲しいなんて思った事はない。
『幸村君は特別だから。』
『テニスで有名な幸村君でしょう?』
『あんな細い体で優勝したんだって。天才だよな。』
そんな言葉が煩わしくなったのは中学に入るぐらいから。
頼んだわけてもないのに、周囲が俺を大事にして特別扱いを始めた。
テニスコートでも、クラス内でも、いつしか人は俺を遠巻きに見つめる存在となった。
『幸村、お前は強い。だが、俺が負けているとは思っていないぞ。
そんな俺たちが力を合わせれば立海は全国制覇できるはずだ、必ずな。』
そう言って笑った真田。
テニスの実力など自分には関係ないと俺に突っかかってくる君。
どちらも、俺にとっては大事な人間だ。
「す、好きとか、そんなんじゃなくて。その・・・ちょっと、いいかなって」
「いいかなってっていうのは、『好き』と違うの?」
「そ・・それは」
「俺に何とかして貰おうなんて無理だからね。」
「ち、違うって」
のカレーは混ぜられるばかりで減らなくなった。
俺のウドンは冷えていくだけ。
言葉を発するたび、胸にトゲが刺さっていくようだ。
それでも上手く笑えているんだろう。
頬の熱さを確かめるような仕草をするは気付いていないようだから。
いつの間にか女のコになっていた。
俺を見下ろしていたはずの視線が段々と近くなり、この頃は君のつむじばかりを見ている。
男みたいに短くしていた髪が肩で揺れるようになり、カサカサの唇が柔らかなピンク色になった。
体は柔らかく丸みを帯び、白い指先にある桜色の小さな爪に目を奪われる。
そんな君が恋をした。
それも・・・俺の大事な友に。
「幸ちゃんならさ、真田君のこと知ってるだろうなぁと思って。
こんなこと・・・幸ちゃんにしか聞けないし。」
ボソボソと君が言う。
その信頼がイタイよ。
冗談じゃないと怒ってもよかった。
冷たく突き放してもよかっただろう。
だけど俺は選べなかった。
友達という立場を捨てるだけの勇気がない。
もう一つ、
真田が好きな君に『俺は君が好きなんだ』と告げる事も。
俺には選べなかった。
最後の告白 1
2007/10/21
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