真田家の嫁
真田が結婚した。
女の噂など雀の涙ほども聞いたことがなかった友人たちは、
結婚したことをしたためた葉書きに『これは幸村の悪戯に違いない』と疑った。
疑われた幸村は、達筆の葉書きを手に自分の視力を疑っていた。
だが真田の結婚は本当だった。
弦一郎は人知れず見合い結婚をしていたのだ。
「真田の家内でございます」
誰に依頼すれば、こんなにも美しい女性との見合いを取り持ってくれるのか。
艶やかな黒髪と綺麗な瞳、そして薄く色づく形の良い唇。
立ち居振る舞いも清楚な大和撫子そのものの女性。
事の真相を確かめようと押しかけた幸村の前に、三つ指をついて頭を下げた和服姿の新妻がいた。
「旦那様、どちらにお通しいたしましょう?」
「突然に来た奴をあげることはない」
可愛い新妻が『旦那様』と口にしたことに唖然とする幸村を見遣り、
真田は不機嫌を隠しもせずに冷たく言う。
「せっかくいらして下さったのに・・・すぐに奥の準備をしてまいりますね」
夫の不機嫌さなど気にしたふうもなく、新妻は愛らしい笑顔を残して長い廊下の奥へと消えていく。
勝手知ったるなんとかで主人の許しも得ずに靴を脱ぎ始める幸村。
真田は盛大な溜息をつくと「入れ」と嫌そうに言って背を向けた。
「お前、この時代に『旦那様』はないだろう?あんな可愛いコに羞恥プレイを強要しているのか?」
「なんだそれは。あれはが勝手に呼んでいるだけだ」
「はぁ?まさか江戸時代にでも飛んでって、拉致してきたんじゃないだろうな」
「たわけ。そんなことが、この世にあるか」
幸村は本気で疑っていた。
真田とは小学生の頃からの付き合いだが、この男に女の影があった記憶がない。
テニスで全国に名を知らしめたあたりは、眉間のしわが良いという一部の変わった女子にモテていたようだが
だからといって誰かと付き合ったふうでもなかった。
そんなこんなで中学、高校、大学と女ナシで過ごしてきただろう。
口にこそ出さなかったが、真田は今でもチェリーちゃんなのではと内心で心配していた幸村だ。
俺が目立つばかりに真田には不憫な思いを・・・と申し訳なく思っていたが、
まさか自分より先に嫁を迎えるとは夢にも考えていなかった。
それも・・こんな和風美人とっ
目の前で静々とお茶を出す女性を見つめる。
幸村が思うに、彼女は真田の理想とも言える女性に見える。
この時代に夫を旦那様と呼び、和服で生活している女が存在していること自体が不思議だ。
「真田、誰にも言わないから正直に言え
彼女をどこから拉致ってきた?お前の家にはドラえもんでも居るのか?
お前、まさか犯罪を犯したんじゃないだろうな?
幼女を誘拐してきて、長い年月で徐々に洗脳を・・・」
「幸村・・・」
幸村は真剣に恐ろしくなってきた。
真面目だ真面目だと思っていた男が、どこで道を踏み外したのかと。
すると呆れた目をした真田の隣で、新妻が笑い始めた。
袖で口元を隠しながら、鈴が転がるような声で笑う。
「幸村さんは面白い方ですね」
「面白いではないぞ。幸村は変わり者なんだ」
「お前に言われたくないっ」
思わず幸村が腰を浮かすと、淹れたてのお茶が僅かに零れた。
すると新妻は懐から白いハンカチを出してきて、大丈夫ですかと幸村の手に触れてきた。
柔らかな桜の香りに顔をあげれば、細いうなじが目の前にあり
さすがの幸村もどぎまぎする。
ゴホンとわざとらしい咳払いに視線を戻せば、不機嫌極まりない顔をした真田が睨んでいた。
言葉にはしなくても『人のものをジロジロ見るな』と雄弁に目が語っていた。
「どうしましょう。冷やしましょうか?」
「そいつはツラの皮と同様に丈夫だから平気だろう」
「でも」
「平気ですよ、奥さん。僕の方こそ取り乱してしまってすみませんでした
どうぞご心配なく。あなたの手は大丈夫でしたか?」
立ち直った幸村は、必殺の王子様スマイルを浮かべると彼女のたおやかな手を取った。
が、それも一瞬。卓袱台を乗り越えてまで手を伸ばしてきた真田が、幸村の手を払った。
ふんと鼻で笑った幸村は真田の鬼の形相など見えてないフリで、優しく彼女に微笑みかける。
真田の新妻は僅かに頬を染め、困ったように微笑み返した。
帰れ、帰れと何度言っても腰を浮かさない幸村。
図々しく新婚家庭で夕飯まで御馳走になり、夜も更けた頃にやっと帰っていった。
門の外まで出て丁寧に頭を下げる妻の隣。できることなら塩を撒いてやりたい気持ちの真田だ。
あのまま黙って見ていたなら、きっと風呂に入って泊まっていくとまで言いだしそうな勢いだった。
だから言いたくなかったんだ。
溜息をついて背を向けようとした時、門灯に照らされた妻が自分を見上げているのに気がついた。
「どうした?」
妻は黒く澄んだ瞳を細め、穏やかに微笑む。
「良いお友達ですね」
「どこがだ?」
「今日は弦一郎様の色々な表情を見られました。相手が幸村さんだからでしょう?」
首を傾けて訊ねてくる新妻は確信を持った笑顔を浮かべ、美しかった。
そう、美しい人なのだ。
だから長く誰にも教えてやらなかった。
心を許した友にさえ、絶対に。
見合いは形だけで、ずっとずっと彼女が幼い頃から想っていた。
それは彼女も同じで、正真正銘の相思相愛なのだ。
「・・・嵐のような一日だったな」
「楽しい一日でした」
小さく笑った妻の肩に手を回し、抱きしめるようにして家に戻る。
ふと思い出し、幸村が触れた手を引きよせ唇を寄せた。
「弦一郎様?」
夜目にも頬を染めた妻に真田は目を細める。
「消毒だ」
玄関のガラス戸が開く音と真田の笑い声が重なった。
その頃の幸村は夜道を駅に向かいながら、熱心に携帯を操作していた。
今日の出来事を元テニス部のメンバーに知らせるためのメール作成。
件名は『真田家の嫁』だった。
真田家の嫁
2009/02/11
息抜きに一本
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