さよならから始めよう 〜真田編〜 最終章
幸せは自分の中にある。
その幸せを手にすることに、まだ躊躇い・・・臆病になる。
すべてを包んでくれる優しい心を持った人を幸せに出来るのか、何度も考えて。
そんな優花の傍に、真田は黙って寄り添っていた。
彼女を追い詰めるような『結婚』の二文字は口にせず、穏やかに彼女を包んでいた。
優花の気持が振り子のように揺れるのは、愛情と抱えた不安がせめぎあうからだ。
だが、彼女の根底にある自分への愛情は揺るぎないものだと感じてから、真田の焦りは消えていった。
結婚などという形式にこだわらずとも、傍に居れば同じことだと腹をくくった。
そう考えると気持はスッキリしてきて落ち着いてしまった。
残ったのは、ただ純粋に彼女を愛する気持ちだけだ。
二人で迎える夜明け。
少し早く目覚めると、腕の中で眠る恋人を抱きしめなおして頬を寄せる。
その沁みてくるような温もりに、彼女の命を感じて愛しさが増す。
今日も生きていてくれて、ありがとう。
口には出さなくても、愛しい人に感謝する。
こんなにも優しい気持ちになれるのは・・・初めてかも知れない。
優花を愛して、今まで以上に患者や患者の家族に対する気持ちが真摯になった。
彼女は医師としての自分も成長させてくれたらしい。
『こんな私が、あなたにあげられるものは何ひとつないの』
優花は時々泣きそうな目をして言うけれど、彼女は分かっていないのだ。
存在している・・・それだけで。
たくさんの目には見えない、大切なものを与えているということを。
だから真田は優花を抱きしめる。
何度も何度も抱きしめて、
繰り返し『いてくれるだけでいい。それで俺は満たされるから』と囁いた。
クリスマス。
真田はのお見舞いに産婦人科病棟に寄ってから、優花と待ち合わせした駅に向かっていた。
車を走らせながら、さっき交わした会話が頭をよぎる。
抱かせてもらった小さな命。
母親になったの柔らかな笑みと、それを見守る跡部の瞳。
この幸せを優花が得られないことを悲しく思った。
自分にはピンとこないが、女性である優花には・・・どんなに辛いことだろうかと。
「ねぇ、弦一郎は結婚しないの?」
「ん?ああ、したい・・・とは思っているが。どうだろうな。」
「そう、」
が少し残念そうに声のトーンを落とすと、隣にいた跡部が口を挟んだ。
「。人の幸せなんざ、百人いれば百通りだろう。真田には真田の幸せがあるだろ。」
は跡部と真田の顔を見てから『そうね』と、ふんわり微笑んだ。
二人に別れを告げると慌てて病院を出た。約束の時間には充分間に合う。
分かっているけれど、無性に優花に会いたくなって気持ちがせく。
今すぐ会って、抱きしめたい。
この湧き上るような衝動はなんだろう。
誰より優花に会いたくて、その温もりに触れたくてたまらない。
どう言葉にすればいいのだろう。
自分の幸せは・・・優花と共にあると思ったら、どうしようもなく会いたくなってしまった。
待ち合わせ場所の駅に向かうと、ロータリーは車と人にあふれていた。
優花の姿を探して視線を走らせると、たくさんの人の中に・・・その姿を見つける。
小さくて華奢な体は人に紛れてしまいそうなのに、すぐに見つけられた自分が嬉しかった。
白いハーフコートを着て、水色の柔らかなマフラーを巻いた姿。
それはとても美しく、周囲の雑然とした景色もすべて消してしまう。
彼女意外、何も瞳に映らない。
景色さえも消してしまうほどの、愛しい存在に巡り会えた幸せ。
優花もすぐに真田の車に気づいて、微笑みながら人ごみの間から抜け出してきた。
ドアを開けると、ざわめきと冬の匂いを連れて優花が助手席に乗ってくる。
「待たせた。寒くなかったか?」
「まだ、約束の時間の15分前。待たせたも何もないでしょう。」
「ああ、そうか。いや、ならば・・・お前はいつから俺を待っていたんだ?」
「私も早くついただけ。」
そう言って肩をすくめる優花の頬に手を伸ばすと、明らかに冷えている。
「風邪をひいたら、どうするんだ。
早く着いたのなら電話をするなり、温かい店で待つとか、色々方法があるだろう?まったく、」
優花はクスクス笑いをすると、
心配のあまり、つい小言が口をついて出る真田の腕にそっと頬を寄せて目を閉じた。
「先生を待つ時間は好き。それに、少しでも早く会いたいから。」
彼女が、愛しい。
ロータリーから出て信号が赤になったのを幸いに、
真田は溢れる愛しさのまま、優花の髪に口づけた。
もう、別々の家に帰るのが辛いほど。ずっと傍にいたい。
優花と出会って7ヶ月ほど。まだ、一年もたっていないのが不思議なほどだ。
気が遠くなるほどの時間をかけて愛していたはずのが、霞んで消えてしまうほどの激しい想いに戸惑っている。
優花に、のことは話していない。
わざわざ過去の恋を告げて、悲しませたりはしたくないし。
今を大切にしたいと、強く思っているからだ。
できることなら優花と一緒に暮らしたい。
眠る時、優花の髪の感触を思い出すのも。
目覚めると、つい優花の温もりを探すのも。
『じゃあ、明日』と手を振る優花に見送られるのも。
何もかもが辛く感じられて。
結婚を優花が望まなくても・・・形はともかく、共に暮らして同じ時間を生きていきたい。
その想いは日に日に膨らんでいっていた。
「あ、先生。見て!あの船、クリスマスツリーが綺麗。」
湾岸沿いの道路を走っていたら、優花がうれしそうな声をあげた。
見れば、クリスマスのディナークルーズか何かだろうか、綺麗に装飾された船が沖でゆったりと揺れていた。
藍色の水面に鮮やかな電飾を映す白い船を優花は目で追っている。
真田は車を脇道から、港の方へとまわして止まった。
「降りて見てもいい?」
「車の中のほうが温かいぞ。」
「少しだけ・・・外で。ね、」
悪戯っぽく笑う彼女には勝てず、真田は『少しだけ』と許して、二人は揃って外に出た。
海風が強く、冷たい。
それでも優花は「わぁ・・・」と声をあげて沖の船を見つめた。
綺麗・・・と呟く優花の背中を、自らのコートの前を開いて、そっと包み込むようにして抱きしめてやる。
少し後ろを振り向いて照れたように笑う彼女の耳元に頬を寄せて、
ともに微笑みながら沖に浮かぶクリスマスイルミネーションを楽しんだ。
しばらく黙っていた優花が、ふと訊ねてきた。
「先生・・・幸せ?」
「ああ、お前がいるから幸せだ。優花は?」
「私も。先生と一緒にいるから・・・幸せ。」
真田の抱きしめる腕に力が入った。
その感触から真田の愛情を感じて、優花は泣きたくなるような切なさに目を閉じる。
「優花」
「はい、」
「一緒に・・・暮らさないか?」
真田は、ずっと言いたかったことを口にした。
緊張を背中に感じながら、優花は目を閉じたまま真田の声を聞いていた。
この身に回された、温かくて大きな手が大好きだ。
幸せを手にするかどうか。答えは私の中にある。
優花は、真田の手に優しく自らの手を添えながら、ゆっくりと後ろに体を向けた。
ジッと自分を見上げていくる優花の瞳に光を見つけ、真田の胸は静かに高鳴っていく。
「先生、私・・・今までの自分に『さよなら』します。」
「それは?」
「後ろばかりを見て、失くしたものばかりを数えて悲しむのはやめますね。」
「ああ、それが・・・いい」
「さよならから始めます。
私・・・生きます。これからは、先生と・・・生きていきたい。それでも・・・いいですか?」
「・・・もちろんだ。優花、決断してくれて・・・ありがとう。」
真田が思わず礼を言うと、優花は首を横に振りながら涙を零した。
この先に、どんな未来が待っていようと。
時間が許す限り、ふたりで生きて行こう。
それが、俺たちの幸せだから。
大切な人をお互いが抱きしめあった
とても、とても幸せな夜を。
その後も、毎年毎年・・・思い出しては
二人で幸せを重ねていった。
真田の愛した優しい花は、今年も生きて幸せに微笑んでいる。
「さよならから始めよう 〜真田編〜」
2005.08.10
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