初対面のその人が、俺の顔を見て言葉を失った。
じっと見つめてきて、ひとつ溜息をつくと目を伏せた。
「何か書くものありますか?」
俺が名刺を差し出すと、名前を見て泣きそうな顔をした。
しばらく俺の名前を見てから、裏に返して住所を書き始める。
ペンを走らせながら、その人は言った。
「私・・・彼女には連絡しませんね。あなたが直接行ってください。
彼女ね、親友の私にでさえ・・・父親のことは言ってくれませんでした。
けれど、愛していると。心から愛した人だと言ってました。」
その言葉で、充分だ。
俺は深々と頭を下げた。
Secre of my heart 最終章 〜再会〜
書かれた住所は長野市。
彼女の母方の祖父母がいるらしい。
会って何を言えばいい?
どうすれば、もう一度捕まえられる?
浮かぶ言葉、どれもこれもが想いを伝えきれない気がして。イライラしながら高速を走る。
あの頃の俺は助手席にしか乗れなかった。
今は自分がハンドルを握っている。
もう、学生でもない。
自分の生活は自分でまかなえる。
何の障害がある?
5年の月日は、俺を大人にした。
お前は?
お前は誰を想ってる?何を考えて、何をみて・・・生きている?
会うのは怖い。正直・・・逃げ出したいくらいだ。
それは。、お前の愛情が過去のものになっていたら・・・と怖いんだ。
他の誰かを愛していたら。
その時こそ。俺は、本当にお前を失ってしまう。
それが何より怖い。
俺らしくもない。
なんで、お前のことに関してだけは、こうなんだろう。
『長野市』という標式が目に飛び込んでくる。
今は考えるまい。
とにかく、会いたい。それだけだ。
春だというのに、まだ雪が残る山々。
ひんやりと冷たい空気の中、俺は書かれた住所を頼りに歩いていた。
ここは空が高くて広い。空気は澄んで爽やかだ。
緑が多くて、どこにいっても風に揺れる葉の音がする。
こんな美しい土地で生きていく。
彼女がここを選んだ理由も解る気がした。
番地が近くなっている。
表札を確認しながら、彼女に近いことを確信する。
道行く人に聞けば、公園を指差された。
「あの、公園の向こうに見えるマンションだと思いますよ。」
「ありがとうございます。」
見れば、公園の向こうに4階建ての建物がある。
公園を突っ切って行ったほうが近そうだ。
公園の中に入ると、子供達がサッカーをしていた。
きゃあきゃあと声を響かせてボールを追い掛け回す子供達を横目に歩く。
と、目の前にサッカーボールが転がってきた。
彼女の家を前にして、落ち着かない気持ちだった俺。
何とはなしにボールを足で止め、拾い上げた。
ボールを手に、ひとつ深呼吸。
「ありがとう」 横から声をかけられて、子供を見た。
ああ・・・。
笑ってしまった。
あの人が俺の顔を見て驚いた意味が分かった。
俺に、そっくりじゃねぇの。
「あのぉ?」
自分の顔を見て笑ってる俺を、不思議そうに見上げている子供。
俺は片手で子供の頭をぐりぐりと撫でた。
肩をすくめる子供。それでも逃げたりしなかった。
サラサラとした感触のいい髪と、ほんわりと感じる体温。
「けいちゃん、どうしたの?」
わらわらと他の子供達も集まってきた。
「お前、名前は?」
「え・・・。」
ほら、当たりだろ?自然と顔がほころぶ。
「・・・なんだ?」
「景」
バカ。人の名前を勝手につけやがって。
泣かせるようなことしてんじゃねえよ。
胸がいっぱいになる。
「おじさん、ボール。」
子供らに急かされて、俺はボールを景に返してやった。
わあぁぁと走り出す小さな背中に「俺も加わっていいか?」と聞いたら。
「うんっ!」と元気な声。
俺はコートを脱ぐとベンチにかけて、子供らの輪に加わった。
子供って、ちっちぇんだな。
なのに、ちゃんと走って。笑って。怒って。悔しがって。
いっちょまえに、人間してる。
すっかり懐いてきた子供らが、容赦なく体当たりしてくる。
景も俺の足にしがみついてゲラゲラ笑っている。
ボールを蹴ってやれば、子犬みたいに追いかけて。
それを見ているだけで、胸が温かくなる。
可愛いと。愛しいと思う気持ち。
子供にも持てるもんなんだな。
時間も忘れて子供達と走った。
突然、童謡が放送され始めた。
『良い子はお帰りの時間です。はやくお家に帰りましょう。明日もまた、元気に遊びましょう』
子供達を帰す放送らしい。
まるで潮が引いていくかのように、子供達が手を振って帰っていく。
そんな中、サッカーボールを小脇に抱えた景だけが立っていた。
「おい。お前は帰らないのか?お前が帰るなら・・・」一緒にと、言いかけた。
「ううん。ここでママを待つ。」
景はそう答えると、ベンチにちょこんと座った。
ポケットから小さな玩具みたいな携帯を出してきて、じっと見つめる。
俺も景の隣に腰を下ろした。
「なんだ?」
「ママとお家と、ひいばあちゃんちに繋がる電話。いっこボタン押すだけで、かかるんだよ。このボタンがママの色。」
「そうか。」
心配だから。こんな小さい子に電話を持たせているのだろう。
だが、お守りみたいに携帯を握り締めてる小さな手を見てたら切なくて、俺は景の体を抱き寄せて髪に頬を寄せた。
「寂しいか?」
「ひとりの時は、ちょっとだけ。でも、へーき。」
「強いな。」
「へへ。」
景は抱きしめられたまま、得意げに笑った。
夕暮れの公園。
子供達の去った休日の公園は、犬の散歩をする大人しかいない。
俺は息子と話をした。を待ちながら・・・いろいろな話。
は塾の講師をしているらしい。
だから土日も出て行く事がある。
鍵も持たされているから冬は家の中で待ってるけれど、暖かい日はここで母親を待つ。
父親のことは知らない。
でも、とっても大好きな人だと言っていた。
景のことも大好きよと、毎日抱きしめてくれる。
だから、別に寂しくない。
でも・・・本当は。
どんな人がお父さんなんだろうって思う。
東京にいるおばあちゃんに聞いたことがあるけれど『知らない』と言われた。
その後、ママがおばあちゃんに何か言われて泣いていた。
それから二度と、お父さんのことは聞かないと決めた。
近くにあった自販機で、あったかいココアを買ってやった。
嬉しそうに口をつける横顔。
ニコッと笑ったとき。一瞬、の笑顔とだぶる。
もう、迷いはなかった。
心を決めて。あとは彼女を待つだけだ。
「景っ!ごめんね、遅くなって。」
「ママッ」
背中から声がかかった。景が振り返って、立ち上がる。
懐かしい声に目を閉じる。
俺は息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。
そして、振り返る。
飛びついてきた景を抱き上げて、顔を上げたと目が合った。
言葉はない。出るはずもない。
の唇が震えているのが分かった。
ただ見つめ合うだけ。
景だけが。
はしゃいだ声をあげて俺のことを母親に話している。
俺は口を開いた。
いつか・・・教室でしたときのように。
声に出さず、唇だけで告げた。
『ス・キ・ダ』と。
「Secret of my heart」完
2005.02.20
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