ただ、愛しい。1 『再会』
むしゃくしゃした時って、何かで発散したくなる。
体育会系の自分には体を動かすのが一番なのだが、
あいにく日も暮れた平日の夜にテニスの相手をしてくれる暇人はいない。
こういう時に恋人でも居れば発散のしようもあったのだか、今はフリー。
誰かを誘うのも面倒だし、知らない女のコを口説く気力もない。
そういう訳で・・・俺は独りでバットを握っていた。
カキーンとイイ音が響き、ボールが飛んでいく。
空まで飛んでいけば気持ちもいいのだろうが、古びた緑のネットに当たって落ちてくるのが今一つ。
それでも速い球を打つのはストレス解消にもってこいだ。
規則的に繰り出されるピッチングマシーンのボールを黙々と打つ。
ワイシャツにネクタイ姿の俺は少し浮いてる気もするが知り合いなど居るはずもなかった。
隣では建設関係の仕事をしているらしいオジサンが暫く打っていたが、そのうち居なくなった。
平日の夜にバッティングセンターに通う人間は少ないらしい。
受付に座っていたオバサンも退屈そうだったし、経営は厳しいだろうなと思う。
そんな事を考えながら向こうを見れば、俺の二つ先のボックスに女性客が一人いた。
俺からは背中と僅かな横顔しか見えないが、ちゃんとバットにボールを当てている。
それも思いっきりのフルスイングで、なかなかに勇ましい姿だった。
むこうも会社で嫌なことがあったのかな。
会社勤めっぽい白のシャツに黒のパンツ姿の背中に思った。
60球も打てば手が痺れてきて疲れてくる。
ここ最近の運動不足を思えば仕方がないかと諦めてボックスを出た。
外へ出て冷たいアセロラドリンクを飲んでいたら、向こうから白いシャツ姿の女性が出てきた。
あれは独りで頑張ってた彼女かと興味をひかれて顔を見る。
そして、思わず声が出た。
「あ、」
俺の間抜けした声に彼女が額にかかる髪を直しながら顔をあげた。
そして全く俺と同じ気の抜けた声で「あ、」と言った。
「ひょっとして・・・乾?」
「うん、俺。久しぶり。」
それがとの四年ぶりの再会だった。
バッティングセンターの並びにある安っぽい居酒屋で肩を並べる。
は「とりあえずビール」とオヤジのようなことを言い、生ビールの大ジョッキを頼んだ。
「うわぁ、それにしても偶然ね。何年ぶりだっけ?大学入ってから、一回ぐらいは会ったよね。」
「確か夏休みにだったか、エージたちと飲んでる時に君も来てた。」
「そうそう。あれも道でバッタリ会ってね、今から飲みに行くから来いって連れていかれたのよ。」
「あの時もガンガン飲んでたよね。いけるんだ?」
「やぁね、たしなむ程度よ。」
たしなむ程度の女が、とりあえずで生ビールの大ジョッキは頼まないだろうけどね。
明るく笑うは中学、高校時代と俺の唯一ともいえる女友達だった。
なにがいけなかったのか、女子に全くモテないどころか変人扱いで敬遠されていた俺。
その中でだけは俺と普通に接してくれた。
たまには試作品のドリンクを飲ませてみたりして、えらく怒らせたこともあったけれど、
気兼ねなく話せる異性として俺たちは仲が良かった。
エージや不二には『付き合っているのか』と何度か聞かれたけれど、
俺たちには甘い雰囲気など微塵もなく、時にはお互いの恋愛相談をしたりまでしていた。
そんなとも大学が別になってからは会うこともなくなり、
年賀状だけの遣り取りをしていたが、それさえここ数年はなくなっていた。
「えらくカッ飛ばしてる女性がいるなと感心してたんだけど、まさかだったとはね。」
「私って、ソフトボールしてたでしょう?嫌なことがあると無性にバットを振りたくなるのよ。」
「やっぱり嫌なことがあったんだ?」
「そうよ。ひょっとして、乾もストレス解消?」
「当たり。」
俺が顔をしかめれば、が俺の背中を思いっきり叩いた。
突然の痛みに机に突っ伏して苦しんでいる俺をよそに、は嬉しそうに笑ってグラスに乾杯をする。
「乾、今夜は飲もう!嫌なことなんか忘れちゃえ〜」
「痛いよ・・・。」
「気にしない、気にしない。生ビール、おかわりしようっと。乾は?」
は相変わらず、よく笑い、よく食べて、よく飲み、よく喋る。
俺もつられてグラスを重ねながら、段々と気分が高揚してきて楽しくなった。
久しぶりに近くで見るは綺麗な女性だった。
出版社に勤めているとかで、そのせいか垢ぬけている。
学生時代をソフトボールに捧げていた彼女は年中小麦色だった。
本当は色白だったのだと初めて認識する。
もともと目鼻立ちの整った顔だから、化粧映えして美人の部類に入る容姿だろう。
女って変わるもんだな。
そんな彼女を一目見て分かった自分はエライと思う。
の愚痴を聞きながら、ぼんやりと思った。
「ちょっと、乾ってば聞いてる?」
「ん?ああ・・・聞いてるけど、は綺麗になったね。」
「はぁ?」
「さっきから見てて思ったんだ。君、すごく綺麗になったなって。」
俺はアルコールが回ってきていた。
グラス片手に頬杖をつき、思ったままを口にした。
一瞬は言葉を失い、唖然としたふうだったが突然に口元を覆って視線を逸らす。
あれっと思ってよくよく見れば、の頬が赤い。
が赤面しているのに気付いたら、自分の言ったことが酷く恥ずかしく思えて俺まで顔が熱くなってくる。
「あ、ゴメン。酔ってるかもな、俺。」
「この酔っ払い」
気を取り直したが赤い顔をしかめて悪態をつく。
その顔がみょうに可愛く見えて、鼓動まで変なリズムを刻み始めた。
「駄目だ。もう少し飲もう。」
「まだ飲むの?」
「は?」
「そりゃ、まだ飲めるけど。」
ザルだな、多分。
しれっとして答えるに溜息をつき、俺は残り僅かになったビールを一気に飲んだ。
ただ、愛しい。『再会』
2008/02/29
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