ただ、愛しい。2 『失敗』











目が覚めたら、真っ白の天井があった。
天井が白い。それは別にいい。
問題は私の部屋の白い天井ではないということだ。



ここは、どこ?



恐る恐る首を捻れば、大きな手が絨毯の上に転がっていた。
もちろん手だけのはずもなく、その先には本体もある。



ああ、ここ・・乾の部屋だ。



本体を見て頭を抱えた。
見渡せば空のビール缶と柿ピーの空袋が散乱している。
その中に乾がワイシャツ姿で寝ていた。


春とはいえ、朝方は冷える。
シャツ一枚で寝ていた私も寒さに身を震わせた。
小さなテレビの上にある時計は五時過ぎを差していて、今からなら家に戻って出勤できそうだ。



それにしても数年ぶりに会った友達と飲んで記憶を飛ばすとは・・・久々の失敗だ。
ずっと会いたいと思っていた乾に会えて、ちょっとハシャギすぎてしまったらしいと反省する。


服を着ていたのは不幸中の幸いか。



物音を立てないよう起き上がり、そっと乾の顔を見下ろした。
メガネを外した乾を見るのは初めてかもしれない。
テーブルに置かれたメガネを横目に、乾の長い睫毛を見つめた。


前々から思っていたけれど、乾は端正な顔をしていると思う。
テニス部では手塚君や不二君がいたから目立ってなかったみたいだけれど、彼はイケ面の部類に入るだろう。
まぁ・・・雰囲気がマニアック的だったのは問題だったんだろうけど。


無防備に投げ出された長い指はとても美しく、男の手フェチと自認する私は見惚れるほどだ。



ちょっとだけ、好きだった。
友達よりは強く、恋というには少し足りない程度に好きだった。
乾には男友達と同じ程度にしか思われていなかっただろうけど、それで良かった。





いつまでも乾の寝顔を見つめているわけにもいかない。
ついでに人の家をここまで散らかして帰るのも忍びなくて立ち上がる。
乾を起こさないよう気をつけながら、まずは彼にかけるブランケットを探すことから始めた。



空き缶を集めて台所に置き、ゴミをまとめて袋の口を閉めた。
とりあえずはこれで許してもらおうと決め、カバンと上着を手にした。



どうしよう、このまま帰っていいかな。
やっぱり一言ぐらいかけて帰るべきだろうか。


気持ちよさそうに寝ている乾を見下ろして思案する。
相当飲んでいるだろう乾をこのままにしておいたら寝過ごしてしまうかもしれない。


迷ったけれど、乾を起こして言葉を交わすのは気不味い気がした。


手帳を広げて置手紙を書き始める。
乾が起きてしまいそうで焦りつつも、泊まったことに対する謝罪を書いた。
ペンが止まったのは自分の連絡先を書こうとしてだ。


居酒屋で、私の家と二駅しか離れていない事を知った乾が言った。



『じゃあ、これからは会えるね。携帯の番号教えてよ。』



なのに教えた記憶がない。
教えてあげるよと言いながら、酔っていた私たちは『帰りにね』と携帯を出さなかった。



携帯の番号を書くべきか。
でも・・・なんだか期待しているみたいで書きづらい。
それに酔ったうえでの会話だ。しらふの乾には迷惑かもしれない。


ならば書かなければいいと思うのに、心の隅で私が言う。


また、会いたいと。





ベッドの枕元にあった目覚まし時計をセットしテーブルに置く。
その下には置手紙を敷いた。



今度こそ帰ろうと立ち上がる。
テーブルの上に投げ出された部屋の鍵は閉めてポストに入れておこう。



気持ちよさそうに眠る乾の寝顔をもう一度だけ見つめ、私は静かに部屋を出た。





早朝の空気は都会でも澄んでいる。
若干は酒臭い気もするが、やはり朝は気持ちいい。


マンションの間から昇ってくる太陽に目を細め、大きく息を吸い込んだ。



このトキメキは私だけのもの。
誰に知られるわけでもないのだから後ろめたく思うこともない。


ただ、ひとつ。
会社で使っている名刺を置いてきてのは失敗だったかもしれないと、少しだけ後悔した。




















ただ、愛しい。『失敗』

2008/02/29




















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