ただ、愛しい。 完 『ただ、愛しい。』
いい歳をして、なにをこんなに緊張しているんだろうと思う。
好きなら傍にいたいと思うし、触れたいと願うのは当然のことだ。
だけど大切な友人だった彼女に恋心を抱いてからの俺は、どうにも勝手が違って戸惑っている。
どうしようもなくなるまでは友達でいようなんて、はじめこそ余裕ぶっていた俺だったが全然駄目で。
タイムリミットは意外と早く、俺の頭の中はのことで一杯になってしまった。
そんなこんなでみっともない嫉妬をし、きわめつけに格好悪い告白。
彼女が受け入れてくれたから笑い話にもなるが、あれでフラれていた日には目も当てられない。
は綺麗だ。
それでいて、すごく可愛い。
凛としたスーツ姿で現れて俺の目を釘付けにしたと思ったら、ビールジョッキを手に大口を開けて笑ったりする。
図太いのかと思えば、少し触れただけで頬を染めるし、どうすればいいのと頼りない表情を見せる。
積極的に口説くと慌てて身を引くし、急いだかと離れれば寂しそうに俺を見る。
距離感がつかめず戸惑っているのはお互い様かと思いつつも、俺は段々と焦れている。
触れたい、はやく抱いてしまいたい。
生々しく思っているくせに踏み出せない俺がいる。
正直、怖い。
今までも出会いがあり、別れがあり。だからこそ今の俺がいる。
そのことに後悔はないけれど、は違う。
もしも別れてしまったら、俺は恋人と同時に大切な友人も失くすんだ。
『乾』って呼ぶ君の声や、屈託ない笑顔。
冗談言っては俺の肩を容赦なく叩く仕草や学生時代の想い出を共に笑って話せる楽しい時間。
そんなもの全てを失ってしまうのは本当に堪らなく嫌なことだから踏み出せない。
今なら間に合うか?ずっと友人でいようって?
それは無理だよな。他の男が君に触れるなんて考えただけで許せない。
出会った夜にそのままお持ち帰りなんてできてた自分が遠い昔に思える。
本当に大事だと、こんなにも考えてしまうものなんだ。
に会えない日も彼女のことを想い、思考は行きつ戻りつを繰り返しても答えは一つ。
もう君を手放せない。
約束をした金曜の夜。
雨が降るのを知っていて傘を持たなかった。
君が傘を持っていなかったら、俺の家に誘おう。
テレビの降水確率を見ながら決めた俺だった。
「ウチに来るかい?」
ズルい聞き方だった。
答えを君に委ねるのは捨てきれない俺の躊躇い。
『イエス』は『抱いて下さい』と言わせているようなものなのに。
それでも君の気持ちを確かめたい俺だった。
おずおずと見上げてくる大きな瞳が揺れている。
俺と同じ躊躇いを君の瞳の中に見つけ、大事だからこそお互いに迷っていることを知った。
「ずるいよ、乾」
当然の如く泣きそうな声で非難された。
そりゃそうだよねと笑いが零れ、それでも進みたいんだと気持ちを再確認する。
「うん、ゴメン」
この新たな一歩は手に手をとって飛び越えよう。
「俺は君を帰したくない」
酷く恥ずかしい一言を口にすれば、君はたっぷり一呼吸をおいてから小さく頷いてくれた。
見慣れた帰り道を並んで歩き、ちょっと上滑りする会話に気もそぞろ。
雨は適度に僕らを濡らし、帰りを急ぐ二人の言い訳になっている。
これから繋いでいく未来に、今から別れを描くこともない。
失いたくないのなら、失わないよう努力すればいいんだ。
先ばかりを心配してしまうのは、歳をとった証拠かな。
家が見えてきた。
十代のガキみたいに高鳴る鼓動が恥ずかしい。
誤魔化すみたいに君の華奢な指に俺の節くれだった指を重ねて強く握った。
指先を重ねただけで愛しさが胸に満ちてくる。
きっと君の温もりは俺の迷いなど解かしきって、隅々まで俺を埋め尽くしてくれるだろう。
こんなにも失いたくないと願う存在を俺は初めて知ったんだ。
だから離さない。きっと、ずっと。
友達も恋人も、生涯のパートナーも君だったらいい。
ただ、愛しい。
そのシンプルな想いを君に伝えよう。
今夜、俺のすべてで。
ただ、愛しい。完
2010/11/16
ただ、愛しい。
不定期連載にお付き合い下さって、ありがとうございました。
書き終えて思う事、乾って・・・なんだかエロい。
私の書く乾に問題があるのでしょうか?
天然なんだか計算なんだか、仕草や言葉がいちいち女性を口説いているように見える。
きっと私はそんな乾が好きでたまらないんだわと結論付け、簡単ですが後書きとさせていただきます。
同じような趣味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非お声をかけて下さいませ。
では、では。また次の乾に口説かれるまで・・・
2010/11/18
花木かや
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