高嶺の花 1
高嶺の花とは、幸村先輩のことを言うんだと私も思う。
俳優にしてもいいような綺麗な顔をして、物腰は柔らか。
穏やかな雰囲気を身に纏いつつ、ラケットを握れば全国区の選手でもある。
天からニ物も三物も与えられた人。
当然、学園内外に関らず絶大の人気を誇る。
だけど、あまりに幸村先輩がステキすぎて想いを告げられない。
誰が言い出したのか、
いつしか幸村先輩は『高嶺の花』と呼ばれるようになった。
「今年もバレンタイデーは幸村がダントツか。」
「ありがたいけど、こんなにあってもね。」
「なら幸村、俺にくれぃ!」
「いいけど。お返しはブンタがしてね?」
ウッと言葉につまった丸井先輩に、幸村先輩が楽しそうに笑った。
そんな遣り取りを横目に、私は躊躇いながら紙袋からチョコレートケーキを出してきた。
「あの、これ。真田先輩・・どうぞ。柳先輩も。」
「ん?ああ、スマンな。これはの手作りか?」
「はい、あの・・味には自信がないですが気持ちです。仁王先輩も良かったら。」
「おお。気を遣わせてスマンの。柳生も貰いんしゃい。」
「すみませんね、さん。部員全員分を作ったんですか?」
「はい。だから、一人分は少なくなっちゃって・・すみません。」
「さすが気配りのマネージャーさん!ジャッカル、お前の分も食っていい?」
「ダメに決まってるだろっ」
わらわらと先輩達が集まってきて、一切れずつに切ってラッピングしたケーキを口に運んでいく。
たくさん女のコたちからチョコを貰っているだろうに、
その場で私の作ったものを食べてくれる先輩方に胸が温かくなった。
ふと気づけば、幸村先輩だけが部長の使うデスクに肘を突いて私を見ていた。
私と目があうとニッコリ笑って「俺の分はあるの?」って訊く。
当然、ないわけがない。
慌てて紙袋を覗けば・・・何故か空っぽだった。
え・・・?
背中に視線を感じながら机の上を見ても包んでいた空のラッピングしかない。
おかしい、ちゃんと人数分を持ってきたはず。
焦りながら机の下も覗いてみたけど何もない。
思わず捨てられているラッピングの空を数えていたら、柳先輩が横から答えをくれた。
「ひとつ残っていた分なら、丸井が・・・」
「え?丸井先輩!それ、幸村部長の分です!」
叫んだ時には遅かった。
食いしん坊の丸井先輩は二個目のケーキを半分かじったところ。
情けない顔で幸村先輩を振り向けば、デスクに肘を突いたまま声をたてて笑っていた。
マネージャーからのチョコケーキなんて、思いっきり義理だと思うでしょう。
でも、私には隠した想いがあった。
義理でもいいから幸村先輩に手作りのケーキを食べてほしかった。
先輩はマネージャーが作ってきたケーキ一個が食べられなくても、痛くも痒くもないでしょう。
笑って済ませられるぐらいの出来事なんだもの。
でも私には・・・痛い。
「えっと。、ゴメン。そんなにショックうけなくても。
幸村は心が広いから、ケーキが食えなかったぐらいで辛くあたったりしないぞ?ダイジョーブだって。」
見当違いの心配をしてくれてる丸井先輩がヨシヨシと宥めるように頭を撫でてくる。
途端にガタンと大きくデスクの音をたて、幸村先輩が立ち上がった。
「ブンタは知らないんだね。俺は心がネコの額ほど狭いんだ。
さ、おやつも終わったし練習。丸井は過剰摂取分のカロリー消費のため、グラウンド10周ね。」
「ええーっ、ナンだよソレ!」
丸井先輩は抗議していたけど、幸村先輩は完全無視で部室を出て行った。
私はというと泣きたいような気持ちで残されたゴミを片付ける。
顔をあげれば幸村先輩が貰ったという沢山のチョコが入った紙袋が目について悲しくなった。
ゴミを集め、部室の床もホウキで掃いているところで後ろのドアが開いた。
忘れ物かなと振り向けば、幸村先輩が逆光で立っていた。
途端に胸がドキドキしてホウキを握る手に力が入る。
「な、何か忘れ物ですか?」
「忘れ物・・・うん、そうだね。忘れ物。」
ニコッと微笑み、幸村先輩が近づいてくる。
私の近くに何の忘れ物がとキョロキョロしてみたけど何もない。
その間にも幸村先輩は近づいてきて、とうとう私の目の前に立った。
細身に見えるけれど、しっかりとついた筋肉は男の人の身体だ。
思わず一歩下がれば、幸村先輩も一歩足を進める。
幸村先輩は笑っているけど、何かがいつもと違う。
感じる威圧感に、また一歩後ろに下がる。
「わ、忘れ物って」
「うん、チョコ。」
「チョコなら、そこに」
横にある幸村先輩の紙袋を指差してみるけれど、先輩の視線は動かないまま。
間合いを詰められるたびに後ずさっていけば、とうとう背後は冷たいロッカーになっていた。
「あ、あの・・・部長?」
「俺ね。今、モーレツに悔しいんだ。」
「な、なにがですか?」
ガシャンと踵がロッカーに当たって音がした。
幸村先輩は笑顔のままで右手をロッカーにつく。
考えるより先に逃れようと動いた私だったけれど、もう一方の手がロッカーにつくことで逃げ道を塞がれてしまった。
顔の左右には幸村先輩の手。
前には真っ直ぐ見つめるのも困ってしまうような幸村先輩の整った顔がある。
「そんなに怖がらないで?そう酷い事はしないから。」
「ひ、酷い事?」
「ウソウソ、お願いするだけ。」
「お願い?」
吐息さえ感じられそうな距離で幸村先輩が声を小さくした。
瞳を細め、柔らかに笑うと囁くように言ったの。
「ケーキさ、悪いんだけど俺の分だけ特別に作ってきてくれない?」
「さっきのケーキですか?」
「そう、さっきの。あれが悔しくてね。」
「ハ、ハイ!分かりました。」
分かったから、この体勢から解放してください。
私・・・きっと顔がゆでだこみたいに赤くなってるでしょう?
心臓は100メートル走が終わった後みたいになってます。
先輩には気まぐれな戯れでも、私には耐えられない距離なんです。
口には出せない想いがグルグルとまわる私を見つめ、幸村先輩が首を傾けた。
「あのさ。まだ意味が分かってないよね、多分。」
「分かってます。今日のと同じケーキを作ってくれば、」
「やっぱり。君って、どうにも鈍いんだね。」
「違うんですか?」
「違う。意味が違うよ。」
「意味?」
「いいよ。今から教えてあげる。」
背中でロッカーの音がした。
幸村先輩が動くのを見た瞬間、私は目を閉じて身を竦めると俯いた。
前髪をかき上げられる感触のあと直ぐに感じた吐息。
温かなものが額に触れて離れていった。
なに、なに、なに。
今の、なに?
ぎゅうっと目をつむったままで、息さえ耐えて考える私。
その緊迫した時を優しい声が解き放つ。
「人は高嶺の花というけどね、その花だって恋をする。
ちょっと我儘な花なんだけど、良かったら手元に置いてみない?」
意味を理解した時には、大好きな人の腕の中にいた。
「高嶺の花 1」
2006.10.01
壊れていない幸村をどうぞ。
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