高嶺の花 最終回










私は頬の涙も拭わずに呆然と立ち尽くしていた。
自分が犯してしまった過ちに膝が震えてくる。


見たこともないような幸村先輩の表情。
切って捨てるような声。



『もういい。』



そう言った後の幸村先輩は、口をきつく結んで辛そうに目を伏せていた。
幸村先輩の穏やかな笑顔が大好きだったのに、私が先輩にあんな顔をさせてしまったんだ。



私はヨロヨロと立ち上がり、頬の涙を拭った。
泣くのは何時だって出来る。


今は幸村先輩に謝りたい。
だって、そう。幸村先輩と今日の三年生。
私が信じられるのは・・・先輩、幸村先輩しかいない。


壊れ物にでも触れるように頬を撫でる仕草も。
私の名前を呼んだ後、嬉しそうに笑う癖も。
別れ際に抱きしめてくる腕の強さも。


全部が全部、幸村先輩が私に与えてくれた気持ち。
疑うなんて許されないほどの・・・先輩の愛情だった。


惑わされた弱い自分が情けない。
許してもらえるかは分からない。でも、謝りたい。
謝って、もう一度・・・あの優しい笑顔を私に向けて欲しい。



自分勝手なのは重々承知でコートに向かった。
心臓の鼓動を感じながら先輩達が練習するコートに向かったけれど、幸村先輩の姿が見えない。
ジャージの袖で鼻を押さえながら先輩を探していたら、後ろからポンと肩を叩かれた。



「幸村君なら部室に行きましたよ。どうしました?喧嘩でもしましたか?」
「柳生先輩・・・私・・」


「困りましたね。目も鼻の頭も真っ赤ですよ?
 仁王君や丸井君に見つかったら、君を泣かせたと幸村君が叱られます。
 こっちはいいですから早く部室に行きなさい。」



柳生先輩がそっと私の背を部室の方向に押してくれた。
いざ行くとなると怖くなって足が止まってしまう。
すると柳生先輩が「ああ、いいところに・・」と呟いた。



「真田君!幸村君を呼びに行くのなら彼女を連れていってください。
 天の岩戸を開くには彼女なしでは無理でしょう?」



呼び止められた真田先輩は大股で近づいてくると私の顔を見て大きな溜息をついた。
眉間に皺を寄せたままで柳生先輩に次の練習メニューを告げると、黙って背を向ける。
その背に向かって再び私を促した柳生先輩は『大丈夫ですよ』と言ってくれた。
私は柳生先輩に頭を下げてから、慌てて真田先輩の後を追った。



「まったく。付き合うのは勝手だが、部内に揉め事を持ち込むな。」
「・・・すみません」


「幸村も幸村だ。部長としての自覚が足りん。」
「あ、あの、幸村先輩は悪くないんです。私が先輩を怒らせてしまって・・・」



真田先輩は前を向いたまま、また溜息をついた。



「まったく・・・いつもは冷静な奴なのだが、お前のことだけは別らしい。困ったものだ。」



真田先輩から語られる幸村先輩に、また泣きそうになった。





部室の前まで来て、はじめて真田先輩が私を振り返った。
いいか?という事らしい。
私が心を決めて頷けば、真田先輩は「入るぞ」と声をかけドアを開いた。



西日が入りオレンジに染まる部屋の中、幸村先輩は指定席のデスクに突っ伏していた。
いつも羽織っているレギュラージャージが無造作に床に落ちている。
まるで丸めて投げつけたかのような感じだった。
私は直ぐに先輩のジャージを拾い埃を払った。


そんな私に真田先輩が人差し指を口に当てて目配せする。
黙っていろという事らしい。
私は口をつぐみ幸村先輩のジャージを胸に抱きしめた。




「幸村、いい加減にしないか。部長が部室に籠もっていたのでは練習にならん。」
「・・・ダメだよ。今日は無理だ。」


「何があったか知らんが、つまらぬことで拗ねるのは迷惑だ。」
「つまらなくないよ。俺にとっては・・・重大問題なんだ。」



幸村先輩は突っ伏したまま、くぐもった声で答えてくる。
私が真田先輩の後ろについて入ってきたことに気づいてないようだった。



「また、か?」
「そう。また、彼女だよ。俺をこんなに落ちこませるなんて彼女しかいない。」


「お前を見てると恋などするもんじゃないと思わされるな。」


「真田には分からないよ。
 高嶺の花とか名前を付けられて、勝手に雲の上の人みたいに扱われてさ。
 俺だって普通の男だ。好きなコだってできるし、できたら一緒にいたいって思う。
 なのに皆が俺の邪魔をする。大事な彼女を傷つける。
 俺は守ってやることも出来ずに・・・泣かせてばかりだ。
 おまけに今日は、こともあろうに彼女に八つ当たりした。
 本当はの方が辛いのに、疑われたことに腹を立てたんだ。・・・最低だよ。」


「ほう。お前との付き合いは長いが、弱音を吐くのを初めて聞いたな。」


「真田、おもしろがってるだろ!」



バッと幸村先輩がデスクから顔を上げた。
そして唖然と真田先輩の後ろに立つ私に視線を止める。
私は抱きしめたジャージの上にボロボロと涙を零しながら立っていた。



「なんで・・・、真田!」
「お前が勝手に俺一人だと思い込んで喋っただけだ。」


「ああ、もう・・・最悪だ。」



幸村先輩がデスクで頭を抱えた。
真田先輩は私を見やると少しだけ口元を緩めてドアに向かって歩き出す。
そしてドアノブに手をかけると「5分後にはコートに来い」と言い残し部室を出て行った。
シンとした部室には、遠く部員の掛け声と聞きなれたボールの音が聞こえてくる。


私は幸村先輩に近づくと、そっと肩からジャージをかけた。
頭を抱えた幸村先輩の体が僅かに反応し、ゆっくりと顔が上がった。
そのまま後ろからジャージの背中に抱きつく。



「・・ゴメンナサイ」



それしか言葉が出なかった。
泣きながら馬鹿みたいに何度もゴメンナサイと呟く。


先輩にまわした手に少しヒンヤリした手が重なった。
そして、ギュッと握られた。


ぐるっと先輩の座っている椅子がまわり、黒い瞳が下から私を覗き込む。
先輩の顔を見たら、また涙が出た。



「ゴメン・・ナサイ」


「俺の情けない話・・聞いちゃったね。」
「すみませ・・ん」


「謝ることはない。俺の・・本当の気持ちだから。」
「私、先輩の気持ちを分かってなくて」


「お互い様だ。ゴメンね、怒っちゃったりして。けどね、これも俺なんだ。
 高嶺の花なんかじゃない俺だけど・・・いいかな?」



悪戯っぽく笑って、幸村先輩は私の頬の涙を拭った。



いいんです。
そのままの幸村先輩が好きです。



そう告げたら、先輩はとても綺麗に笑って私の体を抱き寄せた。



「真田が怒るから、あまり時間はないけど・・・」



伸びてきた手に頬を包まれて目を閉じる。
背中にかけただけの先輩のジャージが小さな音を立てて足元に落ちた。



『仲直りのキスね』



その囁きは音ではなく、唇で聞いた。





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「いいかい、。とにかく何かあったら俺に言うこと。」
「はい。」


「で、俺のいないところで何かあったら赤也に助けを求めること。
 赤也だったらクラスも近いし、暴れん坊だから役に立つだろう。」
「は・・はぁ。」


「後ね、しつこく色々と言ってくる奴には真田を差し向けるから。喝をいれて貰おう。」
「い、いいんですか?」


「いいよ。だって俺、部長だもん。」



呆れる私の鼻をチョンとつつくと、クスクスと先輩が笑う。
大好きな笑顔に私もつられて笑ってしまう。



ふと、御伽噺の決まり文句が浮かんだ。
身分違いの恋を実らせるお話。



  二人は幸せに暮らしましたとさ。
  めでたし。めでたし。





















「高嶺の花 最終回」  

2006.10.02 




















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