高嶺の花 4
最初のキスは、ただ驚いて。
強く抱きしめられて、その人の強い願いを知った。
見つめ合って。
お互いが触れたいと思って重ねた二度目のキス。
それは胸が壊れそうなほど切なくて甘い。
そんなキスだった。
「ヨッ、元気そうじゃの。」
仲の良い友達と話しながら教室を移動していたら仁王先輩に声をかけられた。
確かに今日の私は元気だった。
好きな人が好きでいてくれる。
先輩のくれた想いが私の心を強くしてくれた感じだ。
ニコッと笑えば『いい笑顔じゃ』と頭を撫で撫でされた。
すぐに周囲の視線が私に集まる。
仁王先輩は気づかない顔で直ぐに歩き出した。
けれど視線を寄越していた女のコ達の脇を通り過ぎる時、
『嫉妬はみっともないぞ』と誰に言うでもないように軽く捨て台詞を残していくところが仁王先輩らしかった。
友達も先輩達も、さりげなく私を庇おうとしてくれている。
だから私も後ろ向きになっちゃダメだって思う。
もっと強くならなきゃ。
皆にも、先輩にも心配かけないぐらい強く。
相変わらず嫌味や冷たい視線は続いていたけれど、随分と慣れてきた。
幸村先輩が私の知らないところで、密かに女のコたちに釘をさしたりしてくれているらしい事を切原君から聞いた。
幸村先輩は本当に私を大事にしてくれた。
毎日どんなに遅くなっても家の前まで送ってくれる。
当然のように手を繋ぎ、途中の公園にほんの少し寄り道をする。
「今日はどうだった?」って、心配そうに首を傾けるのも毎日。
大丈夫ですって嘘のない笑顔で答えれば、いつもふんわりと抱きしめてくれた。
そして「今日もえらかったね」と微笑んでキスをしてくれる。
その度に胸がキュンとして泣き出しそうになってしまう。
先輩が好きで、好きで。
気持ちが溢れそうになって、どうにかなってしまいそう。
私はイッパイイッパイの気持ちに耐えられなくなって、ぎゅっと先輩のシャツにしがみつくしかない。
そんな私の髪を優しく撫でては、頭の上で「好きだよ」と囁いてくれる先輩だった。
やっと『幸せ』って言葉を口にできるようになってきた頃、
久々に三年生らしい女の人たちに囲まれた。
部活の途中で誰もいない倉庫の裏に引きずり込まれて色々と言われた。
マネージャーの立場を利用して先輩達に取り入って最低だとか。
どうやって幸村先輩に言い寄ったんだとか。
幸村先輩と付き合おうなんて身の程知らずだと、散々だった。
そんなことは前にも言われた。
でも何よりショックだったのは、幸村先輩が前に付き合っていたという女の人がいたこと。
「精市、優しいでしょう?でもね、精市は誰にでも優しいのよ。
ニコニコとして誰にでも『好きだよ』って言える男なの。
結構、手も早いしね。キス、上手でしょ?」
言葉なんか出なかった。
唇を噛んで耐えようとしたけど涙が溢れてきた。
そんな私の顔を見て彼女たちは笑った。
私の姿が見えないことを心配した先輩が倉庫裏にやってきたのは彼女達が消えた後。
顔を見るなり何かあったと察しただろう先輩は、私の前に跪いて頬に手を伸ばしてきた。
その手を私は振り払ってしまった。
どうにも抑えられない嫌な感情が私の中に渦巻いていた。
「?」
「先輩・・・どうして、」
「何があった?誰に何をされたんだ?」
「先輩は・・誰にでも優しいって。誰にでも・・・好きだって言えて・・・」
「何を、」
「キスも・・・上手だって」
幸村先輩の目が見開いた。
次には怖いくらい厳しい表情になった先輩が静かに口を開く。
「それを信じたんだ。」
「前に付き合ってたって・・・」
「俺より、その人を信じたんだね。」
ハッとして言葉につまった。
幸村先輩の目が細められ、僅かに眉根が寄る。
「いいよ、分かった。」
「先輩、」
「もういい。」
幸村先輩は、サッと素早く立ち上がると私に背を向けた。
何の躊躇いも名残惜しさも見せずにコートへ向かって走っていく背中。
その時に私は自分の過ちを知った。
誰よりも信じなくてはならない人を信じられなかった過ちを。
「高嶺の花 4」
2006.10.02
戻る テニプリ連載TOPへ 次へ