擦れ違いの片想い
「、お願い!
が合コン嫌いなの知っててお願いしている私の切羽詰まった状況を察してよ!」
同僚の里佳子に手を合わされて言葉を失う。
正直、気が進まない。
もともと飲めるほうではないし、初対面の人と話すのも苦手だ。
おまけに相手が男性だなんて、絶対ろくな会話も出来ずに呆れられるのが目に見えている。
いくら人員不足でも他にもう少し戦力になる人間がいるだろうに・・・とゴネれば。
「フリーで暇なのは、だけよ!」
キッパリ言われてガシッと肩を掴まれたら、もう逃げようもなかった。
もう、どうなっても知らないんだから。
置物か壁の花にでもなって咲いてやると、なかば自棄になって合コン場所に向かった。
打ちっぱなしのコンクリートに柔らかな間接照明が洒落た洋風の居酒屋。
慣れない私はキョロキョロと店内を見て感心する。
もっとうるさくて小汚い店を想像していた。
「あ、いたいた。石井君!」
里佳子の声に顔をあげ、彼女の肩越しに手を振っている男の人たちのテーブルを見た。
嘘!
心臓が止まるかと思った。
見間違いかと思って、更にマジマジと見つめる。
他人の空似?でも・・・
「ちゃん、あっちだって。行こう。」
勝手に足までも止まっていたようだ。
隣にいた先輩に腕を引かれてテーブルに向かった。
「遅くなってゴメンナサイ。」
「ああ、いいよ。俺らもさっき着いて、ビールだけ注文したトコ。」
「君たちも頼めば?」
「そうね。何にしようかな?」
里佳子たちの会話が右から左に通り過ぎていく。
上着を脱ぎながらチラチラと見てしまう彼。
「な、乾。これ、うまそうじゃね?」
「うまいだろうが脂肪分が多い。お前には勧めないな。」
「げっ。今から食べ始めるのに、んなこというなよ。」
「なら、摂取した脂肪分を分解する食物を共に摂取すれば・・」
間違いない。
乾クンだ!確信した途端、もう彼の顔は見られなかった。
ドキドキドキドキと鼓動が走り出す。
空調がきいている筈なのに顔が熱くて熱くてたまらない。
信じられない、こんな偶然。
ああ、もっと丁寧にお化粧してくるんだった。
とうしよう、毛先が跳ねてた気がする。
コンパと分かっていれば、もう少し可愛い服を着てきたのに。
頭の中でグルグルと後悔が渦巻く私をよそに自己紹介が始まる。
テーブルの下でギュッと手を握り締め、ひたすら乾クンが話すのを待った。
次だ。
「はじめまして、乾です。製薬会社の研究員をしています。」
へぇ、と。女の子達が声をあげる。
今は何を研究しているんですか?と質問され、乾クンは分厚いレンズの眼鏡を押し上げた。
「ピロリ菌の永久撲滅」
どう反応していいのか戸惑う女性陣に対し、反対側の男性陣はゲラゲラ笑う。
相変わらず飄々として嘘か本当か分からないトコロ、ちっとも変わっていないと胸がきゅんとする。
ついついジッと見つめていたら、不意に此方に視線を向けた乾クンと目が合ってしまった。
慌てて目の前に置かれたグラスに視線を落とし、じっとり汗ばむ手のひらをオシボリで拭う。
その後で恐る恐る視線を上げれば、既に乾クンは話している里香子の方を見ていた。
ねぇ、覚えてくれてる?
私、高校一年の時・・・同じクラスだったの。
図書委員だった私は何度も乾クンの貸し出しカードに日付のハンコを押したのよ。
図書室のコピー機に紙が詰まって困ってたら、黙って横から手を出してきて直してくれたの。
2.3年はクラスが離れてしまって会うこともなくなった。
それでも私は図書室にいたの。
ただ、乾クンの姿を見るためだけに。
遠い昔の片想い。
その乾クンが今・・・私の目の前にいるなんて。
じゃあ、次。と、隣の先輩に促され自己紹介をする。
声が震えるんじゃないかと緊張し、テーブルの木目を見つめながら口を開いた。
「・・です。里佳子と同じ職場でオペレーターをしています。」
男性陣からはパラパラと拍手が起こる。
それも恥ずかしくペコリと頭を下げると赤面して顔が上げられなかった。
乾クン、気づいてくれたかしら。
名前・・フルネームで言ってしまった。
気づいてもらって、どうしようっていうの?
料理が次々と運ばれてきて、乾杯をすれば自由な歓談が始まった。
それじゃなくても目立たない私は、乾クンを前にして更に緊張して寡黙になる。
だからといって料理やアルコールが喉を通るはずもなく、当初の予定通り置物のように座っていた。
「さん、楽しんでる?」
「は、はい!」
声をかけられ顔を上げれば、乾クンの隣で脂肪の摂取を注意されていた人だった。
「君、おとなしいんだね。」
「す・・すみません」
「いや、そんな謝らなくていいよ。なんか、清楚で可愛いなって。な、乾!」
「ん?ああ。それより、さっきから食べすぎだぞ。」
「酒の席で言うなよ〜」
乾クンはチラリと私に視線を寄越しただけで、目の前の冷奴をつまみ始めた。
あ・・・・、って。
私の心に膨らんでいたシャボン玉がパチンって弾けた音がした。
乾クン、気づいてない。覚えてないんだ。
もしも気づいていて今の反応なのだったとしたら、声もかけて欲しくない・・・って事なんだろう。
期待してたワタシ。
せめて『同じ学校だった?』ぐらいは話せるかな?なんてドキドキしてた。
馬鹿みたい。
あの頃だって、ろくに言葉も交わせずに俯いてばかりだったのに。
何年たっても臆病な私。駄目な私。
泣いてしまいそうだった。
見つめるグラスの中のカルピスチューハイが滲んでくる。
楽しそうな皆の笑い声が耳に響いて堪らなかった。
「ちゃん、どうしたの?気分悪い?」
私の様子に気がついた先輩が聞いてくれた。
コクコクと頷けば、もともとアルコールに弱い私が無理して付き合っているのを知ってる先輩が
心配そうに顔を覗き込んでくる。
涙ぐむ私に気がつくと「お勘定は私が出しといてあげるから、先に帰っていいよ?」と言ってくれた。
とてもじゃないけど最後まで居られそうもない私は、上着とカバンを手にすると立ち上がった。
「え?、どうしたの?」
「まさか、帰っちゃうの?」
次々と声をかかられても「すみません」と頭を下げてテーブルから離れる。
後ろで先輩が「ちょっと調子が悪いみたいなの。だから、帰らせてあげて?」と言いながら席を立っていた。
外まで私を送ってくれるつもりなのだろう。
「あの、大丈夫です。すぐタクシー拾いますから。すみません。」
先輩に席へ戻るよう言って足早に店のドアに向かった。
後ろは振り向かない。乾クンも見ない。
居酒屋のドアを開けたら外の新鮮な空気が私の体を吹き抜けていく。
やっと息が出来たと思ったときには涙が頬を流れていった。
私は・・・乾クンに二度も失恋してしまった。
卒業式の後、告白もできないくせに乾クンの姿を探したあの日。
沢山の花束を抱いてテニス部の面々に囲まれている乾クンを遠くから見つめていた。
見つめて・・・泣いて、心の中だけでサヨナラを告げた。
ずっと、ずっと。好き、だった。
店の前で涙を拭い、右と左を見る。
どっちに行こうか。
駅は・・・右だっけ。
思って足を踏み出した時、後ろから名前を呼ばれた。
「さん!」
この声?
ハッとして振り向けば、ジャケットを手に掴んで立っている乾クンがいた。
思わず息を止め口元を押さえる。
「帰るなら俺に送らせて欲しい。」
「どう・・して、」
「と話がしたいから。」
乾クンは『』と呼び捨てにした。
『。この前、頼んだ本。あっただろうか?』
『あ・・まって。ハイ、これで良かった?』
『ああ、そうだ。悪いな。ありがとう。』
『ううん。』
紙の匂いがする誇りっぽい図書室でカウンター越し交わした会話。
あの時も彼は『』と呼び捨てだった。
乾クンは動けない私の前に立つと眼鏡を押し上げ、僅かに身をかがめた。
「俺も・・・どうしてと聞いていいかな?」
「な、に?」
「が、どうして泣いているのか?」
そんなこと答えられるはずがない。
どうして乾クンがココにいるのかも分からず、どうしていいのかも分からない。
「じゃあ、質問を変えよう。俺のコト・・・覚えてる?青学だったんだけど。」
コクリ、と頷く。
「同じクラスだったこともあるよね?君は・・・図書委員だったはずだ。
確か、コピー機の前で困ってる君を助けたこともある。」
ウン。忘れるはずがない。
「俺は・・・たいした用もないのに図書室に通っていた。その意味が分かるかな?」
意味? 涙が乾いてきて、頬がヒリヒリした。
「俺が嫌いなコンパに来たのは、友達のカノジョから君の名前を聞いたからだ。
ちゃんと調べたよ。偶然に聞いた名前が本当に君なのか。久しぶりに研究以外で奔走してしまった。
そして今日、君を目の前にするまで俺は考えていた。
君は俺を覚えているだろうか。俺を見て『ああ、』と笑いかけてくれるだろうか。
もしも覚えていてくれたなら、今度こそ勇気を出そう。そう、思っていた。」
乾クン、それって。
もっと聞かせて。あなたの気持ちを。
凍った鼓動がトクトクと僅かに早く刻み始める。
「なのに君は俺と目が合っても逸らしてしまった。俺の名前を聞いても反応してくれない。
隣のヤツは君が可愛いとさかんに言ってくるし。
イライラと落胆が同時に襲ってきて、食べ物の味もわかりゃしない。
おまけに俯いてばかりの君が突然席を立ってしまうから、
とうとう考える余裕もなく俺は追って出てきてしまった。
以上が俺の事情なんだけど。の事情を聞かせて欲しい。」
言い終わると乾クンはズボンのポケットからハンカチを差し出してきた。
大きな手に乗せられたハンカチは小さく見えるのね。
その大きな手に差し出される貸し出しカードを、
私がどんなに愛しく手のひらに包んでいたか知らないでしょう?
私が・・・あなたの気持ちを知らなかったのと同じように。
「私はね、」
勇気を出して正直に告げよう。
きっと長くなるわ。こんな店の前で、長々とゴメンナサイ。
でも、とっても長く擦れ違った恋だから。
時間をかけて。
乾クンに、今・・・私の気持を。
「擦れ違いの片想い」
2006.05.06
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