きらめく青春を過ごす中に -後編-
引っ越しの荷物が魔法のように消えていく。
そう広くない寮の部屋に押し込んでいた荷物は、あっという間にトラックへと片付いていった。
窓から見える門にはお揃いの服を着た引っ越し業者の人がいるだけで、私が会いたい人の姿は見えない。
ひょっとしたら会いにきてくれるんじゃないか。
そんな願いは叶うこともなく、振り返れば殺風景な白い壁だけになっていた。
ただの箱になってしまった部屋に立ち、廊下から聞こえてくる寮母さんと母が交わす会話を聞いていた。
突然、ポケットの中の携帯が震えて着メロが流れる。
慌てて携帯を取り出せば、ディスプレイに観月の名前が浮かんでいた。
文字を見たただけでも胸が一杯になってしまう。
廊下からは「そろそろタクシーが来る頃かしら」と母の声が響いていた。
「もしもし?」
震えそうになる手で携帯を握り、声を出す。
ざわめきと共に、切なくなるほど好きな声が私の名前を呼んだ。。
『?今、どこですか?寮?』
「そう。これから出るところ。」
『もう?今からそっちに行きます。待っててくれませんか?』
「観月・・・」
携帯からは観月の名前を呼ぶ声が漏れてきていた。
テニス部の面々だろう。
次は何処に集まるんだと騒いでいる。
ドアの隙間からはお母さんが顔を出し「行くわよ」と私を呼んだ。
視線だけで分かったと答え、携帯の向こうに意識を集める。
「もうタクシーが来るんだ。」
観月の息をのむ気配が伝わってくる。
惜しんでくれる気持ちが嬉しくて、私は「ありがとうね」と付け加えた。
外から短いクラクションが聞こえた。
呼んだタクシーが来たのだろう。
「車が来たみたい。もう・・・行かなきゃ。」
『、僕は・・』
「なに?」
お母さんが私を呼んでいる。
観月の携帯は雑音が多い。その中から観月の声を懸命に拾う。
残された時間は、もうない。
私は携帯を耳にあてたまま、足元に置いた荷物を手に取った。
『僕はあなたが好きでした』
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
ただ携帯を持つ手に力が入って指先が痛いほど。
『冗談・・』
体の力が一気に抜けた。
笑おうとした唇が歪み、喉の奥が熱くなる。
それは私が観月に言った言葉。
ここで仕返しをされるとは思わなかった。
だけど・・・なんてツライ。
観月への想いから逃げるんじゃなかった。
『』
「・・ん?」
真っ白の壁が歪んでいく。
口元を押さえて漏れ出してしまいそうな声を止めた。
『僕、冗談を言うの下手ですよね。』
「そう・・かな?」
天井を見上げ、零れそうになる涙を堪える。
痺れを切らしたお母さんが部屋のドアを再び開くのと、最後の言葉を観月が告げるのとは同時だった。
『冗談が冗談にならないんです』
僕はね、いつも本気ですから
膨らんだ桜のつぼみのなかに、ひとつだけ咲いている花を見つけて笑顔をこぼす。
観月は桜の花が好きだったね。
約束したわけでもないのに、春になると必ず二人で桜を見上げていた。
校庭の裏にある、そう・・・私が観月に好きだと告げた場所にある桜の木。
今年もきっと美しい花を咲かせることだろう。
生まれた時から見てきた街のはずなのに、六年離れていただけで余所余所しく感じてしまう風景。
駅前から続く桜並木を見上げていたら、後ろから声をかけられた。
「こっちは桜が早いですね。」
振り返れば制服じゃない観月が眩しそうに桜を見上げていた。
「迷わなかった?」
「まさか。もう迷いませんよ。」
意味深な言葉に「そっか」と笑えば、観月も「そうですよ」と笑った。
私の告白に『迷った』のだと観月は言った。
距離があるから。
どう頑張っても四年間は離れて暮らさなくてはならないから、迷ったと。
その一瞬の躊躇いを見て、私は自分の気持ちを冗談という言葉で誤魔化した。
迷ったくせに、あなたに冗談だと言われて酷く傷ついたんです。
でもね。あなたの顔を見たら、もっと辛そうな顔をしていた。
また迷った。
あなたの告白が本物だったとしたら、僕が『冗談』だと言わせてしまったんだろう。
あなたの告白が冗談だったとしたら、僕は立ち直れないほどに遣る瀬無い。
距離と時間を恐れた。
人の心が変わるのが怖かった。
恋人として別れてしまったら二度目はない。
友達のままなら、この先に再びチャンスがあると。
迷って、迷って。
それでも・・・あなたが目の前からいなくなると思ったら耐えられなくて。
ひねくれた告白でしたね。
だって怖かったんです。
友達でも何でもいい。
あなたを失いたくなかったから・・・
観月は寮からの引っ越しを済ませた足で私のもとに来てくれた。
難しいことにこそ挑戦するのが僕のポリシーだったことを忘れてましたと、携帯の向こうで囁いた声を忘れはしない。
「あ、そうだ。写真を撮りましょう。」
「写真?」
観月がゴソゴソとカバンの中からカメラを出してくる。
この駅前で何の写真を撮るのかと窺えば、悪戯っぽい笑顔を浮かべた観月がカメラを振って見せた。
「ほら、卒業式の写真ですよ。撮れなかったでしょう?」
「いま撮るの?」
「いいじゃないですか。友達からの卒業ということで、記念ですよ。」
頬が熱くなる私をよそに、観月は私の隣に並んでカメラを持った右手を前に伸ばした。
「撮りますよ。ハイ、笑って。」
観月の声が耳のすぐ近くで聞こえる。
懐かしささえ感じる観月の香りに胸が熱くなった。
桜、写るかな・・と、呟く声も好きだ。
僅かな音がして、観月が楽しそうにカメラのディスプレイを覗き込む。
観月の肩に重なるようにして覗き込んだ画面には、春の陽射しに目を細めた二人が笑顔で写っていた。
「すごいアップなんだけど」
「そうですね。やっぱり、誰かに撮ってもらいます?」
「この駅前で?」
「う〜ん。観光地じゃないですしね。」
額を寄せ合うようにして話している観月の横顔が白く輝いている。
空を見上げれば、青い空から煌めく春の日が降り注いでいた。
この輝きの中にいる人をずっと好きでいられますように。
叫びだしそうに切実な願いを込めて呼ぶ名前。
「観月」
「はい?」
私、観月が好きなの。
きらめく青春を過ごす中に 後編
2008/03/29
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