ずっと傍にいて 〜観月編〜 (後)










眠りの湖に身を沈めている感覚。
遠く、何処からか機械的な音が繰り返されている。


目覚めたくない。
頭のどこかで思いながら、浮上していく意識を繋ぎとめようと足掻く。
重い体が音に反応して寝返りをうつと、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。


玄関の鍵を締め忘れてた?一瞬で目が覚めた。


ハッとして無理矢理にスイッチを入れた体はグラグラする。
それでも顔をあげれば、そこには居るはずのない人が立っていた。



「観月クン、」



あまりのことに思考が働かない私の顔をジッと見据えたまま、彼が部屋に入ってきた。
いつか見た黒のスーツ姿にネクタイも締めたまま、右手には私の家の合鍵が握られていた。


まさか、彼は自分の家には戻らず直接私の元へ来てしまったの?
もう何ヶ月も彼はここに来なかったのに?


観月クンはベッドに起き上がった私の前に立ち、腕時計を見た。



「間に合いましたね」と、自分に言うように呟く。



言葉を捜す私に向かって観月クンの手が伸びてくるのを見た。
彼の肩越し、目に入った時計は11時半を回ったところ。今はまだ27日。
そう思ったのは瞬間の事。視界が回転し思わず瞑った目を開いたときには、天井を背にした観月クンが私を見下ろしていた。
ベッドに倒されたのだと知って逃げようとしたが、両手首を押さえられては動けない。
観月クンは目を眇めるようにして黙ったままだ。



「観月クン!待って、私は・・」



考えもしなかった展開に私は混乱する。
けれど、直ぐに分かった。
彼は、ちゃんと私の決断を知って訪ねてきたのだと。



「誕生日にステキなプレゼントをありがとうございます。」
「観月クン、」


「恋人が待っているかもと急いで帰ってきた僕の気持ちが分かりますか?間抜けですよね。」
「聞いて?私、・・・」


「いいですよ。が別れたいなら別れましょう。でも、今日はまだ恋人だ。」
「なにを、」



「最後に抱きますよ」



それ以上の言葉は何も聞けなかった。
今まで見たことがないくらい冷たい声で宣言された言葉は実行された。
私の抵抗など軽く捻じ伏せられ、途中からは諦めた。
それでも乱暴にはされなかった。





ベッドに横たわったまま、彼に背を向けて小さく体を丸める。
観月クンが身づくろいする音を聞きながら、流れてくる涙を止める事が出来なかった。


カタッと静かな部屋にプラスチックの音がする。
そして、観月クンの穏やかな声が続いた。



「机の上の万年筆、貰ってもいいですか?僕のイニシャルが入っている。」



それは観月クンの誕生日プレゼントにと専門店に注文したものなの。
でも、もう渡せないと思って机の上に出していた。
その万年筆を見つめながら飲めない缶チューハイを半分も飲んだら気分が悪くなってしまって、
そのまま置きっぱなしにして寝てしまったの。


私の答えなど期待していないのか、彼が再びケースに万年筆を戻す気配がした。



「気にいりました。大事にしますね、ありがとう。」



その言葉に嗚咽が漏れそうになって口元を押さえた。
良かった・・・と思える自分がいる。
その万年筆、観月クンなら気にいってくれると思っていたの。



「あと、もしも子供が出来ていたなら必ず連絡してください。子供好きのあなたの事です。必ず生むでしょう?
 僕は認知もしますし、養育費も出します。もちろん子供に面会する権利も主張しますよ。」



なにを言い出したの?
ベッドのスプリングが軋んで、観月クンの声が近くなる。



「あなたとの繋がりを絶やさないためなら、僕は何だってする。
 例えそれが憎まれる事だったとしても、君を完全に失うよりはマシです。」



耐え切れず後ろを振り向いた。
観月クンはベッドサイドに腰を下ろし私に背中を向けていた。


ワイシャツの背中と俯き加減の彼の肩。
何年も見てきた後姿。



「今夜は・・・すみませんでした。」



彼が立ち上がろうとした。
だけど観月クンは立ち上がらずに「なんですか?」と訊いてきた。


勝手に手が伸びていたの。
掴んだのはワイシャツの肘。それも、布だけを掴んでいた。


なんですか?と訊かれても返す言葉がないの。
思い出のリングも合鍵も返してしまった。
もう終わったと心に決めたの。


なのに、



「言いたいことがあるんでしょう?
 僕は、ずっと聞きたい言葉があった。
 の本当の気持ちが知りたかったんです。


 今さら我慢など必要ないでしょう?言いなさい、の言葉で!」



ワイシャツを掴んだ私の手に観月クンの手が重なって強く握られた。



そうよ。ずっと、ずっと言いたかったの。
本当は、本当の願いは別れてしまう事なんかじゃない。


ただ、ずっと・・・



「ずっと傍にいて?」



絞り出した声が震えていた。
背中しか見えなかった観月クンが、ゆっくりと振り向く。
瞳を細め眉根を僅かに寄せながらも微笑んでいた。



「やっと・・・聞けました。」



少し荒療治すぎました、すみません。
そう言うと優しい手つきで頬を包み、いたわる様なキスを額に落とす。


私は彼のワイシャツにしがみ付いて子供みたいに泣いた。





「出会ってから十年近く。ちょっと春が長すぎましたね。
 も『観月クン』になってしまえば嫌でも傍にいられるんですけど、どうです?
 ねぇ、。もう我慢しないで、もっと我儘を言って僕を困らせてください。」



 そんなことして嫌われない?



「何を言ってるんです。嫌いになんかなるわけないでしょう?
 僕はもう十年も前から決めていたんですよ。」





たくさんの甘いキスの合間に
観月クンは少し照れながら、内緒話みたいに囁いた。





     ずっと傍にいるのは・・・君だって。




















「ずっと傍にいて〜観月編」 

2006.05.27 

雨降って地固まる。おめでとう。



















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