キライだけど好き 〜後編〜
部活後、倉庫に残って物品の点検をしていたら後ろから観月クンが入ってきた。
「まだ残ってたんですか?」
「うーん。使えないボールは除けて新しいのを補充したいと思って。それによって備品の請求もしとこうかなと。」
「確かに部員数が増えてきた分、ボールの消耗が早いですね。」
「でしょう?」
膝立ちでボールの選別をしている私の隣に観月クンが膝をついて並んだ。
ドキッとしたが、平静を装って黙々と作業する。
「なら僕も手伝いましょう。」
「え?いいよ、観月クンは他の事しなよ。こんなの雑用だから。」
「あなた一人にやらせたら、真っ暗になっても終わるまでやろうとするでしょう?
それに・・・赤澤は用事があると言って帰ってしまいましたよ。いいんですか?」
「いいんですかって、別に関係ないし。」
「そう、なんですか?」
「あ、デートかも。カノジョと映画に行きたいって言ってたし。」
赤澤との会話を思い出した私が言うと、観月クンが黙り込んだ。
とにかく好きな人が隣に並んでるのは心臓に悪くて、緊張しながら作業に熱中しているフリをした。
「さん、」
「なに?」
「今から少し僕と打ちませんか?」
「え・・・」
大きなプラスチックケースに放り込んでいくテニスボールの音。
その音に混じった観月クンの言葉に瞬きを忘れた。
赤澤は観月クンに事故の事を話してなかったのだろうか?
ううん、そんなはずはない。
マネジャーのお試し期間に、彼は赤澤から全てを聞いているはずだ。
「あ・・私・・・」
唇が震えるのを感じた。
「大丈夫、あなたに無理はさせませんよ。」
観月クンは私の言葉を遮るようにして微笑んだ。
柔らかく、とても優しい目で私を映していた。
テニスコートで向かい合う。
空は暗くて、赤澤が心配した通りに今夜は雨が降りそうだった。
遠くで他の部の生徒達が帰る挨拶をしているのが聞こえていた。
部室にあったラケットは重い。
それでも懐かしいグリップの感触に微笑みが零れた。
「そちらから、どうぞ」
観月クンからボールが飛んできた。
ラケットで受け取り、軽くポンポンと跳ねさせる。
ああ、懐かしい。
ボールの音。緑のコート。白いライン。
二年前まで、私の時間はここにあった。
ボールの感触を楽しむようにして軽くトスを上げた。
うまい。
観月クンの正確なボールコントロールには感動さえ覚えた。
私が動かずに取れる場所にボールを確実に返してくる。
まるでキャッチボールみたいな、軽い打ち合い。
私のボールは観月クンのもとへ。
そのボールが、ちゃんと私のもとに返ってきて。
なんか楽しい。
とても、とても楽しかった。
僅か15分程度の事。
予想より早くにポツポツと雨が落ちてきた。
覆ってきた雨雲のせいで、いつもより早くに闇が覆ってきてしまった。
観月クンは私のボールをカットすると「これぐらいにしましょうか」と言う。
もっと打ちたいと口を尖らせると「また今度」と笑った。
ネットを二人して片付けていると急に激しく雨が降り出した。
雨の粒が大きい。
痛いくらいの激しい雨が、緑のコートをあっという間に濃くしていった。
「早く、」
言うなり観月クンは私からラケットを取り上げたうえに、私の肘を掴んだ。
ギョッとする私の頭に脱いだ自分のジャージを素早くかぶせると肩を抱くようにして走り始める。
部室の軒下まで、速くは走れない私を庇うようにしてくれた。
屋根をうつ雨の音を聞きながら、ホッとして観月クンのジャージから顔を出す。
隣を見れば、かなり濡れてしまった彼が空を見上げていた。
「観月クン、濡れてる。ゴメン、」
「ああ、僕はいいんですよ。あなたは走って大丈夫でしたか?」
「え?」
「足・・・大丈夫ですか?」
「ああ、足ね。大丈夫。これくらいは走れるわ。ありがとう。」
「よかった。」
観月クンは安心したように息を吐くと、私が差し出したジャージを受けとった。
その後は、なんとなく会話が続かなくてお互いが黙り込んでしまった。
ただ落ちてくる雨を肩を並べて見ている。
すぐに部室に入って濡れた体を拭いた方がいい。
それは観月クンだって分かっているはずなのに彼は動かなかった。
「テニス、楽しかったですか?」
突然、観月クンが静かに切り出した。
私は素直に感謝の気持ちを言葉にした。
観月クンに優しくしてもらえて、とても幸せな気持ちだったから。
「うん、とても!ありがとうね。観月クンのコントロールのおかげで楽しめた。」
「そうですか。なら、よかった。」
「どうして突然誘ってくれたの?」
「実を言うと赤澤に頼まれたんですよ。
僕ならコントロールがいいから、君に負担をかけずに打たせることができるだろうと言ってね。
正直・・・僕は気が進まなかったのですけど。」
好きな人と並んでの会話。
テニスも出来て、気分が高揚していた私は観月クンの言葉に胸がヒヤリと冷たくなった。
途端に落胆している自分を叱咤して笑顔を作る。
「そうだったの。ゴメンなさい、あの・・・つき合わせてしまって。」
「誤解しないで下さい。気が進まなかったのは、あなたの相手をする事じゃない。
その・・・赤澤に君の事を頼まれることが気にいらなかったんです。」
意外な言葉に驚いてしまった。
観月クンは俯き加減に前髪の雫を拭うと続けた。
「ついさっきまで、あなたと赤澤は・・・付き合っていると思っていたから。」
「観月クン、えっと、それって」
胸がドキドキしてきた。
ねぇ、これって・・・そういうこと?
恥ずかしいながらも観月クンを覗き込めば、外灯に照らされた端正な顔が気まずそうに背けられる。
なおも彼を見ようとしたら、頬を僅かに染めた観月クンにキッとにらまれた。
「ああっ、もう。鈍い人は嫌です。人の気持ちぐらいサッサと察しなさい!」
「ちょっと、それ何?観月クンこそ、言いたいことがあるならハッキリ言えばいいじゃない!」
「ハッキリ?いいですよ、言いましょう。
僕はね、あなたのことを気が強くて口も達者で大嫌いなタイプだと思ってましたよ。」
私だって!観月クンのことを嫌なヤツだって思ってたよ!
「でもね、気になって仕方ないんですよ。ものすごく頑張ってる姿が、どうしても目についてしまって。
あなたが事故にあってテニスが出来なくなった事。事故にあうまでは全国区の選手であった事を聞いてからは特に。
明るくて、前向きなあなたを見てると、こう・・・どうしようもない気持ちになってしまう。」
「観月クン、」
「僕の理想はね、清楚な大和撫子なんですよ?なのに、なんでまた・・こんな人をと我ながら呆れてますよ。
おまけに赤澤の想い人かもしれないと思って・・・どんなに僕が苦しかったか。」
「そ、そんなの確かめればよかったじゃない!」
「確かめろですって?二人に付き合っているのかと聞くんですか?
そうだと言われた時、僕はどうすればいいんですか?僕の気持ちを考えた事がありますか?
とんでもない人だ、君は!」
「だって、私はずっと観月クンが好きだったのに!」
怒りを滲ませて早口で捲くし立てていた観月クンが唖然とした表情を見せた。
どうも言葉も出てこないみたいだ。
「喧嘩ばかりしてたけど、私だって観月クンを見つめてたよ。
観月クンも人のこと言えない・・・鈍い人だと思うよ?」
「あなた、」
マジマジと私の顔を見つめた観月クンが、フッと瞳を緩めた。
『僕達は鈍い者同士・・・きっとお似合いですよ。』
それは今ままで一番、優しく甘い声で囁かれた観月クンの言葉だった。
翌日、今週の練習メニューを前に言い合いしている私たちの前に赤澤が立った。
いつもなら机を挟んで向かい合う私たちが、今日は隣に並んで肩を触れ合わせながら喧嘩している。
ふーん、と。意味深な笑みを浮かべた赤澤がトントンと机を指で叩いた。
「なんですか?」
「やっぱ、そうなったという事か。」
「なんです?」
「いや、お前と。そうなんだろうなぁ、と傍目から見て分かったから。」
思わず私たちは微妙に頬を染めて距離をとろうとする。
赤澤は楽しそうに笑いながら「まっ、おめとでとう!」と背を向けた。
その背中に観月クンが言った。
「赤澤!あなた、僕らをはめましたね?」
「違うぜ。とりもったって、いうんだろ?」
「お礼なんか言いませんよ!せいぜい、カレー定食です!」
「はは。いいな、それ。」
「あと、」
「なんだ、まだあるのか?」
「は僕のものですから、名前を呼び捨てにするのは止めてください。」
はぁ?と、赤澤が驚き顔で振り向く。
私も頬が熱くなるのも忘れて観月クンを見た。
「僕、こう見えて独占欲が強いんですよ。」
観月クンは、ニッコリと綺麗な微笑を浮かべて言った。
「キライだけど好き」
2006.06.17
誕生日ボツ作品でした
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