Once again 〜後編〜










観月クンが好きそうな店だと思う。
こじんまりしたイタリア料理の店は落ち着いていて、外の喧騒とは別世界のようだった。



「私・・・ろくな格好してないんだけど。」
「そうですか?僕には充分綺麗に見えますよ。」


「え?」
「なんてね。僕だって普段着ですよ、気にしない。」



驚いた。こんな軽い遣り取りができるようになったのね。
あの頃は真面目で気難しい人だったのに。



「どうしました?」
「あ・・・観月クンも大人になったんだなぁって。」


「何です、それ?褒めてるつもりですか?」



少し眉根を寄せながら、案内された席につく彼。
そんな表情は変わってない。懐かしい・・・観月クン。



「えっと、海老以外は大丈夫でしたよね?」
「憶えてたの?」


「記憶力はいいんですよ。特に・・・ああ、いえ。いいんです。僕はコレにしようかな。」



観月クンは言葉を濁すとメニューを選び始める。
私は彼が自分の嗜好を憶えてくれていただけでも嬉しかった。


ほろ苦い過去の恋でも、こうやって穏やかに向かい合えるぐらいには私を嫌ってないのだろう。
たまには思い出してもらえる存在であったなら幸せだ。
そう思ったら気が楽になった。


この幸運な時間を大切にしようと。



お互いが仕事のことを話して、大変だねと笑う。
高校時代のクラスメイトの話も出るけど、二人が付き合ってたことや赤澤君のことには触れない。



「折角の休みにデートする相手はいないんですか?」



休日の過ごし方に話が及んだ時、冷たいパスタを器用にフォークで巻きながら観月クンがさりげなく訊いてきた。



「残念ながら。休みが普通の人と違うのがネックね、きっと。観月クンは?」



訊いておいて、心に落胆するなと言い聞かせて言葉を待つ。
観月クンは可笑しそうに瞳を細めると「分かります、僕も同じですから」と答えた。


浮き立つ心に自嘲する。
彼に恋人がいないからといって何になる。
私は最後まで笑って、懐かしい思い出として別れなくてはならない。
期待など無用なものだ。



「そうなの?」
「そうなんです。」



視線を合わせ、ふたりで笑いあった。



食事が終わり、コーヒーと紅茶が運ばれてくれば寂しい気持ちになった。
これを飲み干せばお別れだろうかと思う。


真っ赤なガラスの中で揺れる小さなロウソクの炎を見つめながら言葉少なになってしまった。
観月クンも黙ってロウソクの炎を見ていたけど、ふと・・・口を開いた。



「僕、ロウソクの炎って好きなんですよ。炎を見てると神聖な気持ちになる。」



観月クンは運ばれてきた紅茶には手もつけず、両手を顎の下で組んで炎を見ていた。
明るい炎が陰影を落とす観月クンの顔は男性とは思えないほどに整って綺麗だ。



「昔ね、ロウソクを手に礼拝堂を歩く人に一目惚れをしたんです。
 とても綺麗な横顔で僕には聖母マリアよりも美しく見えた。」



礼拝堂でロウソクを手にって、ルドルフのクリスマスミサのこと?
ミッション系のルドルフでは毎年クリスマスミサが行われ、生徒達はロウソクを手に礼拝堂に集まったものだった。


私と付き合う前に誰か好きな人が?
今更なのに胸が痛んで、思わず膝の上の手を握り閉めてしまう。



「僕は彼女に近づきたくて努力しました。
 ミサで見た彼女はね、清らかな乙女でした。でも実際は元気で明るい人だった。
 僕の最初のイメージとは違っていたけれど、僕は幻滅するどころか益々彼女に惹かれました。
 陽射しのような笑顔を向けられるたび、僕の心はどんどん彼女が好きになっていた。
 
 でもね、その人は親友の想い人でもあったんです。
 僕はいつも彼女を見ていたから、直ぐに親友が彼女に惹かれていることに気がついた。
 そして彼女は僕と親友、どちらにも好感は持ってはいるものの決定的な感情を持っていないことも知っていた。
 
 僕はね、一つのシナリオを作りました。
 親友を出し抜いて、彼女を手に入れるためにね。
 僕は・・・恋のために親友を裏切ったんです。」





観月クンは炎を見つめたまま淡々と話している。
なのに私の鼓動は段々と大きく喉にせりあがってきそうになっていた。



「僕は親友より先に彼女に告白し、少し強引とも言えるやり方で彼女の心を侵食していったんです。
 彼女は素直で・・・悪く言えば単純だ。
 僕が押したり引いたりすれば、直ぐに僕の行動に気をとられて僕しか見られなくなった。
 親友に後ろめたさを感じながらも手にした幸せを離したくなくて、僕は焦って彼女の全てを手に入れました。」



ああ、そうだった。
優しくされたかと思えば急に冷たくされて何度困惑したことだろう。
その度に何か気に障ることをしたのかと悩み、いつしか観月クンのことしか考えられなくなっていた。


初めてのキス、初めての朝。
すべてが夢のように奪われてしまった。



「僕はずっと恐れていた。
 こんな僕を許して傍にいてくれる親友の心の大きさが脅威だったんです。
 彼女がいつか親友の本当に良さに気づいた時、僕は絶対に太刀打ちできないと確信があった。
 苦しかった・・・それはどうしようもなく。
 だから逃げました。


 赤澤からも、君からも。」



今更ですが謝らせてください。
・・・すみません。





観月クンが視線をあげて私に言った。
私には観月クンがよく見えない。
観月クンの表情が溢れてくる涙で歪んでしまう。


首を横に振れば、目の前に紺色のハンカチが差し出されていた。



「偶然に君と再会できた時、僕は自分に賭けをしたんです。
 そのために久々に赤澤とも会ってきました。」


「赤澤・・君?」


「七年たって懺悔も何もないようなものですけど、僕の気持ちとして。
 いい所でしたよ。ちょっと・・いえ、かなり遠い所ですけどね。
 赤澤は七年たっても元気だし色は黒いし、そしてやっぱりイイ奴でした。
 僕の謝罪なんか笑い飛ばされてしまって、それそれと酒を飲まされ散々な目にあいましたけどね。
 
 帰る時、赤澤が言ったんです。
 今度はと一緒に来いよって。熱烈歓迎だとも言ってました。」





そのセリフに泣き笑いを浮かべれば、観月クンがホッとしたように私の手にハンカチを握らせた。







呼ばれて顔をあげる。
手にした観月クンのハンカチを握りしめ、ずっと望んでいたのだろう言葉を待つ。
観月クンは黒い瞳を真っ直ぐ私に向けていた。



「僕の賭け。
 それは・・・もう一度君に会えたなら、この恋をやり直すことが出来る。
 君が許してくれるなら、僕にもう一度だけチャンスをくれませんか?」





ゆらゆらと揺れる炎が観月クンを柔らかく照らしている。
七年の年月はお互いを大人にしたのに、この恋心だけは幼いままに残っていた。
それは私だけじゃなく、観月クンにも。



「海が・・・見たいの」
「ええ。一緒に行きましょう、。」




テーブルに置いた手に観月クンの手が重なった。
涙が零れそうになる瞳を閉じたら、赤澤君から届いた海の写真が瞼に浮かんだ。





美しい海と真っ青な空。
いつか観月クンと一緒に会いに行こう。




















Once again 後  

2007.03.12執筆 


5.27観月クン、お誕生日おめでう♪
乾の『あなたにあげる』と似た設定で遊んでみました




















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