『俺に恋して』前編 〜「Freedom」番外編 忍足の恋〜 










コツコツとヒールの響く音がする。
耳をすませながら期待して廊下の白い柱を見つめていたら、予想通りの人物が現れて瞳を大きくした。



「ちょっと・・・どうしたの?」
「見ての通り、お姫様のお帰りを待ってました。」


「呆れた。もう8時も過ぎてるのよ?高校生は早く帰って寝なさい。」



冷たい口調で俺の前を素っ気なく通り過ぎ、さっさと鍵を開けようとする彼女の手首を掴んだ。



「なに?」
「冷たいなぁ。寝るんやったら、ここのベッドがええねん。スプリングがイイうえに柔らかい抱き枕があるし。」


「馬鹿言ってないで帰ったら?明日も学校なんでしょ。私も仕事を持って帰ってるの。」
「なら夜食を作ってやるわ。材料も、ホラ。」



足元に置いてあったスーパーの袋を視線で指せば、彼女の溜息が落ちる。
これは彼女が諦めたという証拠の溜息。


無言で鍵を開けると先に入ってしまった彼女のあとに俺も続いたが、やっぱり何も言われなかった。



「宿泊はお断りよ。」
「ハイハイ」



鍵を小さなダイニングテーブルに置くとスプリングコートを脱ぐ彼女。
華奢な背中が品のいい白いシャツに包まれているのを見るとゾクゾクする。
あの中に隠されている滑るような肌を知っているから、健全な青少年がムラムラするのは仕方ない。
適当に返事をして背中から抱きしめ、彼女がまとう甘い香りに誘われて首筋に口づけた。





始まりは人生最悪の日からだった。


生まれて初めて強烈な失恋をした日、俺はアルコール漬けになって道端にうずくまっていた。
未成年が酒を飲んで酔いつぶれてるなんて、補導でもされたら大変なことになる。
自分だけの罪で終わるならいいが、テニス部にも多大な迷惑がかかることは分かりきっていた。
分かっていてハメを外し、もう動くのを拒否した手足を投げ出しているのは憎らしい友に対する復讐なのかもしれなかった。


心の奥で唯一認めた男に恋人を奪われた。
それも正々堂々と正面から挑まれて、俺は太刀打ちできずに恋人を手放した。


堪えた。
失くして初めて本当の恋だったのだと知っても何もかもが遅かった。


補導でもしてくれないかと待っていたが誰も捕まえてくれない。
そのうちに雨が降り出して、メガネが水玉になってきたので外した。
急激に奪われていく体温に自嘲の笑みを浮かべ、阿呆な自分への罰かと思われる雨を体に受ける。


もう・・・どうなってもええわ。


そう思った時、頭の上にストライプの傘が差し掛けられた。



「風邪引くわよ。」



綺麗な人だった。
会社帰りのOLだろうか。夜目に溶ける黒いスーツに真っ白のシャツが目立つ。
開いた襟元から覗く喉から鎖骨の辺りが美しくて見惚れた。



「傘、あげるわ。私は此処から近いから。」
「あの・・・」



彼女が差し出す傘に手を伸ばし、俺と同じく冷えた彼女の指先を一緒に掴んだ。



「俺を拾うてくれません?」



突拍子もないことを言った俺を彼女は受け入れた。
どんな心境だったのか。いまだに教えてはくれないが彼女は優しかった。


黙って俺の手をひきマンションまで連れて来ると風呂を沸かしてくれた。
恋人の物らしい男物のスウェットも貸してくれて、風呂から出てくると温かい雑炊まで用意されていた。
何も聞かず、黙って濡れた俺の服まで乾燥機にかけてくれていた。


静かな空間を埋めるように流れるのはピアノの調べ。
後で分かったのだが、彼女はクラシック好き。



「もうすぐ服が乾くわ。タクシーでも呼ぶ?それとも歩いて帰る?」


「俺・・・帰らへん。」
「帰りたくないって、」



窓辺で空模様を見ていた彼女の背中に近づき、振り向きざまの体を勢いで抱きしめた。
抵抗する手を押さえつけ、そのまま唇を塞げば徐々に抵抗する力が弱くなった。


そのまま俺は彼女を抱いた。


今思えば犯罪や。
警察に突き出されても文句の言える立場ではなかったが、翌朝も彼女は俺に朝食を準備してくれた。


だが・・マンションを出る時に一言、


「もう二度と来ないで」と言われたけれど。










今夜も背中から抱きしめたが、脇腹に肘鉄を食らわされてしまった。



「夜食を作ってくれるんじゃなかったの?作ったら直ぐに帰ってちょうだい。」


「酷いなぁ。それじゃ、お手伝いさんやないか。・・・キスもしたい。」
「今すぐに出て行ってもらってもいいのよ?」



肩越しに睨まれても平気。
頬に音を立ててキスをすると名残惜しく体を離してキッチンに向かった。


俺が包丁を動かしている間にジーパンとカットソーに着替えた彼女が長い髪を後ろに束ねて書類を見始めた。
いつ見ても惚れ惚れする美人さんの姿に顔がにやけてしまう。


商社の秘書課にいるらしいことは探ったけれど、なかなかに私生活は明かしてもらえない。
歳が6つ上らしいということを知ったのも最近で、その6つも真実なのか分からない有様だ。



二度と来ないでと言われた日から、何度この部屋に足を踏み入れたことだろう。
はじめは本気で迷惑そうにしていた彼女が『溜息』と共に俺を受け入れるようになって随分とたつ。


突然のお宅訪問を繰り返しても他の男と鉢合わせしたことはない。
だが男物の服があるぐらいだからと疑ってもいる。



『なぁ、跡部。どう思う?』
『知るかよ。俺にンなこと訊くか、フツー。』


『女心に聡い跡部なら分かるかと思うてな。』
『嫌味かよ、ソレ。』


『同じ女を好きになったよしみで、なぁ。』
『・・・お前、本気でソノ正体不明の女が好きなのか?』


『へ?』
『本気で欲しいのなら、歳だの仕事だの関係ないだろ。
 体が目当てなのか、好きなのか、自分の本当の気持ちを確かめるのが最初だろうよ。』



さすがな跡部のアドバイスに考えた俺。
で、ストーカーよろしく彼女のマンションで待ち伏せしている健気な俺がいる。





ヨシ、出来たと。
生成りの鍋つかみを手に温かい小さな鍋を運べば辺りに甘い香りが広がる。
書類から顔をあげた彼女が不思議そうな顔で俺を見た。



「なに?チョコの匂いがする。」
「今日は何の日でしょう?分かってるやろ。」



3月14日。


跡部は何食わぬ顔で一番先に帰ったし、宍戸は年中無休のラブっぷり。
鳳までもが駅でカノジョと待ち合わせだと走って帰った。
自分だけがサンタクロースよろしくホワイトデーのお返しを女のコ達に配っていたのだ。


遅ればせながら今からが俺のホワイトデー本番や。
笑顔の裏に切羽詰った想いを抱いて願をかけている。





今夜こそ・・・キミの心が知りたい。




















俺に恋して「Freedom」番外編 忍足の恋

2007.02.14




















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