『俺に恋して』後編 〜「Freedom」番外編 忍足の恋〜
小さなテーブルを挟んで向かい合い、特製のチョコレートフォンデュを食べる。
バレンタインデーなどあげてないのだから貰ういわれがないと可愛らしくない事を言っていた彼女だが、
今は楽しそうにフルーツを選んでいる。
俺はテーブルに肘をつき、イチゴかバナナかと真剣に迷ってる彼女の表情を楽しんでいた。
2月14日は待ちくたびれるほど待ったのにお呼びがかからず、結局は山のようなチョコを手にドアの前で彼女を待った。
9時も過ぎた頃に俺の姿を見つけた彼女が呆れながら言ったのは『チョコなんて準備してないわよ』だった。
さすがに挫けそうになった俺やけど、無理矢理にドアの内へ体を捻じ込んで家に上がりこむと唇を合わせた。
空腹に耐えかねて食べていた誰とも知らぬコから貰ったチョコだが、彼女のキスと一緒になれば世界一の美味になる。
それだけで誰から貰うより嬉しいチョコになった。だからお返しは当然のこと。
「オレンジも結構いけるで。ホラ、これ。」
「・・・色が綺麗ね。」
「そやな。」
うっとりと半分チョコをかぶったオレンジを見つめる彼女の瞳はもっと綺麗だ。
惹かれてやまない人の全てを俺のものに出来たならと心から思う。
「な、やっぱり泊まってもええ?」
「駄目」
「何もしません。一緒に寝るだけと誓います。それでも?」
「信用できません。」
「信用してぇな。なんなら俺の手足を縛ってくれてもええし。」
「そんな趣味はありません。」
「なんや、それ。なぁ・・・一緒に寝よ?明日の朝は温かい味噌汁に厚焼き玉子をつけるし。」
「そんな材料・・・」
「ちゃんと買ってきてます。ほら、食べたくなってきたやろ?俺を泊めるとエエことばっかりや。」
ニッコリと微笑んでやれば彼女が溜息をついてチョコのついたイチゴを俺の口元に持ってきた。
おおきにと礼を言い、愛しい彼女の指先と一緒に食べる。
咄嗟に手を引く彼女の手首を掴み腰を浮かせると、眩暈がするほど甘い唇をテーブル越しに堪能した。
明日の朝食の下ごしらえ済ませ、本を読みながら彼女の仕事が終わるのを待つ。
既に寝る準備は万端の俺。
彼女に了解も得ずに置きっぱなしにしたパジャマが捨てられずにあることが嬉しい。
先に寝ててと彼女は言うけれど、俺は待つ。
だって俺は知っている。
本当の彼女はとても寂しがりや。
前に彼女が眠っているうちに近所のコンビニへ買い物に行ったことがあった。
10分ほどで帰ってくると暗い部屋に立ち尽くしてる背中があって驚いた。
途方に暮れたような背中が物音に気づいて振り返った時、俺の顔を見て明らかにホッとした彼女の瞳。
まるで置いてきぼりにされた幼い子供みたいな目をしていた。
「どうしたん?寂しかった?」
「別に。買い物に行くなら、ついでに買ってきて欲しいものがあったのに。」
「そうなん?なら、今から買ってこようか?」
「いいの、急ぐものじゃないから。でも・・・出かける時には声をかけていって。」
「分かった。次からは、そうしよ。」
そう言って抱きしめれば、彼女は俺の胸に額をつけて小さく息を吐いた。
共にベッドで過ごした朝も寝ぼけ眼で俺の温もりを確認しようとする仕草はネコみたいだ。
俺を見つけると甘えるように擦り寄って、また浅い眠りに落ちていく。
どれもこれも俺には愛しくてならない。
通りすがりの人には言えないような出会いから始まったのに、気づけば俺は唯一人のことばかりを考えていた。
つまらない授業、部活の合間に見上げた空、仲良さげにカノジョと肩を並べる部活の面々たち、全てが彼女を思い出させる。
今、なにしてる?
誰か他の男と食事してたら、どうしようか。
あんなに美人さんなんやからエロ上司にセクハラされたりせんのやろうか?
俺のこと、少しは思い出してるか?
俺に会いたいと・・・約束のない毎日を憂いてくれてはいないだろうか。
恋をしていた。
彼女のことをろくに知らなくても恋をしている。
簡単に触れさせてくれるからだけじゃない。
抱かせない代わりに『心』をあげると言われたら俺は迷わず禁欲する。
体だけじゃ足りないと強く思うようになった。
心が欲しい、俺を愛して欲しいと強く思う。
青いガキだと笑われてしまいそうだが、それが正直な気持ちや。
パソコンの電源を落とし片手で肩を抑える彼女の前に温かいお茶を出す。
ありがとうと柔らかな笑みを浮かべた彼女に笑顔を返しながら、湯飲みの隣にもう一つ置いた包み。
「なに?」
「開けてみ。」
小さな箱には銀色のリボンが揺れている。
なのに彼女は難しい顔をして箱に手を伸ばさない。
焦れた俺は箱を取ると包みを開いた。
真っ白の小箱を開けば、俺が迷いに迷って選んだシルバーリングがお目見えする。
「サイズは大丈夫やと思うけど、シルバーでゴメンな。ダイヤモンドは予約いうことで、今はこれで我慢して?」
瞬きも忘れたかのような彼女が俺を見上げると、ふるふるっと頭を横に振った。
「遠慮はせんでええよ?高いもんやないし。」
「違う、そんなことじゃないの。でも・・・貰えないわ。」
「俺は・・・受け取って欲しい。」
「駄目よ。私なんかが貰えない。」
「なんで?好きな人やから贈りたい。
本気で好きやから・・・証を身につけて欲しいって思う。それが駄目なんか?」
彼女の美しい瞳が揺れる。
正直、俺は答えを聞くのが怖い。
怖くて先延ばしにしていた事を突き詰めるのは、宍戸や鳳・・・そして跡部が逃げないで向かっていったから。
俺だけが逃げてもいられない。
「誰か恋人がおるんか?」
タテにもヨコにも首を振らない彼女は痛みに耐えるような顔で俺を見続けている。
ああ、俺やって胸が痛い。心臓がはちきれそうや。
跡部もこんな想いで俺たちの前に立っていたのだろうか。
あの強い眼差しの裏で、この不安と痛みに耐えていたのかもしれない。
「好きな男とか。いや・・・違うな。そんなもん、ええわ。
恋人がおっても、好きな男がおっても関係ない。
俺はお前が好きや。愛してる。
お前にとっての俺が遊びやったとしても、俺は本気や。
全力で全てを手に入れるまで頑張る。
その証としての指輪やから、とりあえず返品不可で受け取ってくれ。」
いいえと彼女の唇が音もなく告げる。
絶望的な言葉のはずなのに、俺は彼女の姿に希望を見いだしていた。
「なぁ・・・なんで泣くの?」
彼女が顔を覆って俯いた。
何を泣くの?悲しいのか、嬉しいのか、辛いのか、俺に教えて?
座ったままの彼女の体を抱きしめた。
腕の中に閉じ込めて、想いのまま髪に何度も口づける。
「大変なもんを拾うてしもうたなぁ。
捨てても捨てても必ず戻ってきて傍におるつもりやから・・・もう諦めたほうがええで。」
「拾ったんじゃない・・・私が・・救われてた。」
「ん?」
「恋人の一周忌の帰りに・・・あなたに会った。私は・・・寂しくて・・だから・・・」
ああ・・と思い当たった。
あの夜、確かに彼女は黒いスーツを着ていた。
「そうか」
「私・・好きに・・なってもらえるような女じゃ、」
「俺も一緒や。あの夜、寂しくて寂しくて・・・誰かに温めて欲しかった。
良かった。お互いが出会えて、温めあえて、救われた。」
俺の言葉に彼女が顔をあげた。
大好きな瞳にライトが反射して星みたいや。
「な、俺に恋して?そしたら、絶対にシアワセになれるから。」
もう・・・してる。
小さな呟きに俺は恋人の体を強く強く抱きしめた。
『俺に恋して』後編 〜「Freedom」番外編 忍足の恋〜
2007.02.14
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