約束しよう 〜前編〜
突然の転校。
まさか、高校生で転校するなんて夢にも思っていなかった。
親友にも言い出せなくて。
やっとのことで告げたのは、引越しを2週間後に控えた日だった。
そこからは水面に波紋が広がるように転校の話が広がっていった。
「ね、また戻ってくるんだよね?」
聞かれても苦く笑って首を横に振るしかないの。
だって、私の家は壊れてしまった。
両親が離婚して、私は母親に連れられて祖母たちの住む土地に引っ越す。
多分・・・父の住む街に戻ってくることはないだろう。
「、引っ越すって本当?」
「忍足君のクラスにまで届いてるの?私って、そんなに有名人だったっけ?」
わざと明るく答えれば、忍足君が少し困ったような笑顔を浮かべた。
「宍戸がな、話してたから。」
「なるほど。テニス部の情報網は凄いのね。」
「いつ?」
「来週」
「それ本気で言うてんの?って、マジ?なんで、そんな急に・・・俺に言うてくれても」
「本当は、もっと前に分かってたんだけど言い出しにくくてね。理由が理由だし、」
私が転校する理由だって聞いているのだろう。忍足君は口をつぐんだ。
俺に言うてくれても・・・って言葉。とても嬉しいよ。
友達でも、少しは忍足君に近いのかな?って淡い期待を抱いてしまう。
でも、もう会えなくなる彼の顔を見るのはツライ。
平気な顔を装いながら机の中の教科書を引っ張り出して耐えた。
その時。
ふわっと髪に触れる感触があって顔をあげれば、忍足君の手が私の頭を撫でていた。
イイコ、イイコ。って、聞こえてきそうな慰める表情で私を見つめていた。
「ありがと・・・」
掠れる私の声に、あったかい手はポンポンと頭の上で跳ねる。
ありがとう、忍足君。
あなたの、こういう優しさがとっても好きだった。
伝えたくても伝えられる私じゃないし、あなたを困らせるのは分かっているから何も言わない。
中学から隔年でクラスメイトになれた幸運。
あなたが学生時代を思い出したとき、風景の片隅にでも私が残っていることができたなら・・・嬉しいよ。
それから後も気遣うように声をかけてくれる彼。
最後の優しさにふれて、私はますます彼に想いを寄せていく。
どんなに辛くても惹かれる想いは止められないから、なす術もなくて。
彼の前では心をつくろって笑っていた。
2週間なんていうのは、あっという間に過ぎていく。
その間にテニス部の試合があって、こっそりと彼を見に行った。
相変わらず熱狂的なファンが氷帝の試合を取り囲んでいる。
私は遠く離れた場所から、ただ一人の姿を探していた。
今回はシングルス2での登場。
彼がコートに入るだけで、黄色い声援が上がった。
軽くギャラリーに応える余裕を見せて、試合が始まると表情が一転する。
真っ直ぐに前を見つめる瞳。
投げたトスを体全体を使って打ち込む姿は、遠くから見るからこそ本当に美しい。
サービスエースを取って、フッと微笑む不敵な笑顔もサマになっていて勝手に胸がドキドキした。
あっさりとストレートで試合が終わった。
鳴り止まない拍手の中に立つ彼は、とても格好よくて・・・ここに立つ私とは遠くはなれた人だと思い知らされる。
それでも、最後に試合を見られてよかった。
ホッと息を吐き出すと、涙が落ちた。
もう、さよならだ。二度と会えない。
片想いもできない距離に私は行く。
明日が引越しという日。
友達たちに、食事をしてプリクラを撮りに行こう!と誘われていた。
私との一日一日を大切にしてくれた友達達に埋められた2週間も今日が最後。
胸に迫る切なさを飲み込んで、帰り支度をしていたら授業とHRの間に忍足君が顔を出した。
ざわざわと落ち着かない教室内に、さりげなく入ってきた彼が私の前に座る。
「、今日・・・あいてる?」
「え?なに?」
「えっーと、この後。帰り・・・あいてるかなぁ、と。」
「友達とお別れパーティーなんだけど・・・なに?」
あ、という顔をして、全く関係ない方向を向いて考える素振りの忍足君。
何故、そんなことを聞くのか。
ただ放課後の予定を聞かれただけなのに胸が騒ぎ出す。
「試合さえ入ってなかったら、もうちょっと早くに時間が取れたのに。」
「忍足君?」
あらぬ方向を見つめたまま独り言のように呟く彼の言葉に、いちいち反応してしまう私がいる。
「まっ、しかたないなぁ。分かった。、携帯に俺の番号はいってるよな。」
「あ・・・うん。」
いつだったか。買ったばかりの携帯を見せたら、勝手に自分のアドレスを打ち込んでしまった彼だった。
社交的な彼が誰にでもする事だと分かっていても嬉しくて、数え切れないほど呼び出して・・・
どうしても通話ボタンの押せなかった番号。
「じゃあ、友達と別れたら電話して。」
どうして?言葉にできずに目で問えば、忍足君がニコッと笑った。
「最後やから、」
泣きたくなった。
喉の奥が震える。
ウン。最後だね。最後に、声を聞かせてくれるんだ。
嬉しいけど・・・とっても悲しいよ。
「わかった。」
やっとの思いで返事をすれば「そんな顔するな」と頭を撫でられた。
そんな顔って?と顔をあげたら、穏やかな目をした忍足君が笑っている。
何かを言おうとした彼の唇から音が漏れる前に、担任が教室に入ってきた。
「また、あとでな。」
そう残すと、彼は教室からあっという間に姿を消してしまった。
仲の良かった友達と最後のファミレス。
ドリンクバーで何時間も粘った日々が懐かしい。
いつかは卒業してバラバラになることだって知っていたはずなのに、
この時間が永遠に続くのだと漠然と思っていた。
突然に早まった別れに私達は現実を知り、戸惑い、別れを惜しんでいる。
何枚も写したプリクラを皆で交換して生徒手帳に貼った。
もう使わなくなる手帳でも思い出は残るから、大切にするねと声を掛け合う。
絶対電話してね。
メールする。
春休みには遊びに行くから。
たくさんの言葉を貰って、友達と別れた。
例えそれが実現しなかったとしても、今みんなに貰った言葉に嘘はないから。
心から『ありがとう』と言える。
忍足君にも電話しよう。
そして、皆と同じように精一杯の気持ちを込めて『ありがとう』と告げよう。
そう心に決めて。
駅で別れた後、涙が止まるのを待って携帯を取り出した。
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