何度でもメリークリスマス
クリスマスだというのに、私は赤いユニフォームを着てチキンを売っていた。
「おっ、がんばっとるやん。それ、社員割引になるか?」
ひやかしで顔を出した忍足の後ろには綺麗な女の人がいて、微妙な表情でローストチキンを値切るカレシを見ている。
この男が何故にモテるのか。見るたびに違う女をどこから見つけてくるのか聞いてみたい。
「バイトに社員割引なんかないの。閉店まで待ってくれたら、余りものをあげられるかも」
「閉店、何時?後で寄るわ」
「11時。もう、馬鹿言ってないで、さっさと買って帰んなよ」
シッシッと手で払ったら、隣に立つパートのおばちゃんに睨まれた。
文句を言いながらも忍足は二人分を注文してお金を払う。
私に手渡されたチキンを綺麗なお姉さんと一緒に忍足が食べるのかと思えば感慨深いよ。
「おつりが五十円でございます。サービスでお手拭きを多めに入れておきました」
にっこり微笑んでカウンター越しに言ってやる。
「ありがたみのないサービスやけど、まぁええか。の業務用スマイルも見れたし」
心がこもってない笑みでもよろしかったら、どうぞお受け取りください状態だ。
忍足は機嫌よく「ええクリスマスを」なんて台詞を残し、自動ドアの向こうに消えていった。
早い時間に来店した忍足の後、日が暮れてからは目の回るような忙しさだった。
コンビニのおにぎりを立ったままで一つ食べ、ひたすらに幸せそうな人々にチキンを手渡した。
パートのおばさんには予備校通いの受験生がいてクリスマスどころじゃないんだって。
同じバイトの女のコは、仕事が終わるころにカレシが迎えに来るからと笑顔を浮かべた。
店長は疲れた表情ながらも、なかなかの売れ行きに嬉しそうだ。
「ちゃんは?」
「う〜ん、特に予定もなし。帰って寝たい」
「それ、寂しいよ」
みんなに笑われ、ごもっともと思う私だ。
足は筋肉痛だし、体も疲れている。
たぶん今年はケーキも食べずにクリスマスは終わると確信した。
アパートで待つ布団が恋しいよ、ほんと。
閉店時には持って帰ろうと企んでいたチキンは完売し、残ったのは萎びたポテトだけだった。
それでもくれるというものは貰い、深夜だというのに鮮やかな街中を家へ帰る。
パートのおばさんには、ちょっと頭の薄いご主人が車で迎えに来ていた。
女のコには派手目のお兄さんが徒歩でお迎えに。
私は「お疲れさん」と声をかけてくれた店長に頭を下げて、独りで駅へ向かう。
時計を確認すると十一時半も過ぎているのだが、まだ宵の口という雰囲気を醸し出している街。
ういてるわ、私。
なんて考えながら、マフラーに鼻まで埋めて歩いた。
駅の改札を抜け、アルコールの入った賑やかなグループを横目にホームに立つ。
外のホームは風の通り道になっていて、寒いったらない。
疲れてるわ、寒いわ、小腹も空いたわで、だんだんと物悲しくなってくる。
白い息を指先に吹きかけ夜空を見上げていたら、カバンから携帯の着信音が流れてきた。
誰、こんな時間にとカバンの中を探って携帯を確認すると思いがけない名前が浮かんでいた。
「はい」
『仕事、終わったかぁ?』
のんきな関西弁が耳に飛び込んでくる。
肩の力が抜けて、自然と笑みが浮かんだ。
「残念ながらチキンは残らなかったよ」
『ほんまに?みんな、買うんやなぁ』
「本当にねぇ」
忍足ときたら真面目に残り物を狙っていたのだろうか。
あの綺麗な人と一緒に買ったチキンでは足りなかったのかと可笑しくなる。
『で?お前は食うたか?』
「ううん」
『ケーキは?』
「食べてない」
『侘びしい奴やなぁ』
他愛ない会話。
彼独特のニュアンスが心地いい。
忍足は実物が目の前にない方がいいね。声がとても好きだ。
そう思い至って笑っていたら、『なに?どうした?』と聞かれた。
電車のアナウンスが流れてくる。
「電車来るから、もう切るね」
せっかくの夜に長電話してはカノジョさんにも悪い。
何気なく電車が来る方のホームを見て、私は目を瞬かせた。
携帯を耳に当て、こちらに向かって軽く手をあげた人。
「なんで・・・」
『チキンもケーキも、ついでにシャンパンもある』
忍足のずっと後ろに電車のライトが見えた。
その光りを背に、忍足は携帯を耳に当てたまま近づいてくる。
『部屋のエアコンは入れてきたし、俺についてきたら楽しいクリスマス気分が味わえる』
一歩、一歩と近づいてきた忍足が私の前に立ったとき、轟音を立てて電車がホームに入ってきた。
声はかき消されても忍足の唇は動く。
『やっぱり、好きや』
唇を読めてしまった自分が嫌になる。
もう忍足はただの友達だと努力してきた日々が、あっけなく無駄になるのが悔しくてならない。
ドアが開き、周囲の人間が移動するのに私たちは動かない。
唖然として見つめた忍足の頬が片方だけ赤くなっている。
よくよく見るとメガネも店で見た時とは違っていた。
「忘れられん女を見たいって言うから見せたら、メガネを吹っ飛ばされた」
「そりゃ見たくなかったんでしょう。あ、戸が閉まるから。じゃあ」
咄嗟に逃げようとしたが、素早く手首を捕まれた。
馬鹿笑いするサラリーマンが電車の中にいる。
すぐそこに我が家へ帰るためのドアが開いているのに、忍足は掴んだ手を強く自分の方に引き寄せた。
そこへ笛の音が鳴り響き、無情にもドアが閉まっていく。
「ああ」
無意識に情けない声が漏れた。
忍足に手首を掴まれたまま、自分が乗るはずだった電車を見送る。
小さくなるランプを見つめ、やけに静かになってしまったホームで立ち尽くすしかない。
そっと背中から腕が伸びてきて抱きしめられた。
懐かしい忍足の香り。きっと私からは油っぽい店の匂いがするんだろう。
「なぁ。もっと焼き餅やいてくれてもええやろ?」
「別れた人に妬くほど暇じゃありません」
「そうやって傷ついてないと思い込む意固地さも好きやけど、もう限界や」
「言ってる意味がわかりません。離して」
胸の前にまわった手を外そうとするけど、さらに力が加わってくる。
大人びた顔をしてた中学生だったけど、実は子供っぽいところのある人だった。
私が宍戸君に教科書を貸しただけで、すねて口をきかなかったことがある。
モテる忍足だったから、あてつけのように可愛いコとベタベタされたりは日常だった。
あれから、もう何年たったっけ?
お互いに二十歳も越え、いったい何をやってるんだろう。
「なぁ、一緒にクリスマス。実はプレゼントもあるんやで?」
「誰かにあげるはずだったものを喜んで貰うほど、おめでたくないし」
「まさか。のために用意したプレゼントや」
「数時間前にカノジョを連れてた人がねぇ」
「それは誤解。あまりにしつこく言い寄ってくるから現物を見せに行ったんや」
アホだ、こいつ。
まったく中坊から成長していない。
窮屈な中、無理矢理に首をひねって罵ってやろうとした。
その開いた唇に冷えた忍足の唇が重なる。
「聖夜に免じて、俺を許して」
震えるように唇の上で囁かれた言葉に、性懲りもなく絆されてしまう自分がいる。
何度も別れて、何度もよりを戻して。
どうぞ、これが最後であって欲しい。
そう神に祈りながら、体に馴染んだ腕の中で目を閉じた。
何度でもメリークリスマス
2011/12/08
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