『何度でもメリークリスマス』続編 〜何度でも、あいしてる〜(後編)
「お前、切れるなら今しかねぇぞ」
「そうだね」
飲めないこともないと跡部に言わしめたカフェは昼下がりの陽射しに溢れている。
友達がいがあるというか、不遜な言動とは裏腹に面倒見のいい跡部は変わらない。
久しぶりに侑士と関係を結び直し、今度は共に暮らす事となった。
その引っ越しに手を貸してくれたのが跡部で、良い物件を借りることができた。
「さすがに後がないことぐらい分かってるだろうが、過去が過去だからな」
「この前も可愛いコが家に来てたよ」
カフェラテに口をつけながら、さらりと報告。
すると片眉を上げた跡部が、やっぱりなと言いたげに溜息をついた。
「あの馬鹿は、お前がいないとメチャクチャだからな」
「うん」
「突き放すか、しっかり手綱を握っとくかの、どっちかだぞ」
「前者は失敗したからなぁ」
「確かに。なら、雁字搦めに縛っとけ。喜ぶぞ」
嫌そうに吐き捨て、跡部は窓の外に視線を向ける。
日本人離れした色素の薄い跡部の瞳が、窓からの陽射しを映して宝石のように輝いて見えた。
あの瞳が私たちの繰り返してきた馬鹿馬鹿しくも大真面目な日々を映してきたのかと思うと申し訳ない気持ちになってくる。
視線を落とし、手のひらで包んだカップを揺らして水面を眺めた。
「いつまでたっても侑士が信じられなくて」
「当然だ。それだけのことを忍足はしてきたんだから」
「でも、侑士の気持ちは信じられるの。変でしょ」
「まぁ・・分からねぇでもない。心は信じられても、行動が信じられねぇってのは」
「微妙だよね」
「アイツの思考回路が捻じ曲がってんだろうよ」
よく分かってるねと笑みを零し、行儀悪くテーブルに肘をついた。
「振り回されてばっかりなんだけど」
「同情はする。でも」
「でも?」
「嫌いになれないんだろ?」
目を丸くする私に、薄く笑った跡部は言った。
「あの馬鹿に負けねぇくらい惚れきってるんなら、覚悟決めて引き受けろよ」
そっか。そうだね。
忘れようとして忘れられず、ずっと引っかかる存在を見過ごせるほど私は強くない。
だったら覚悟を決めて向かい合うしかないのだろう。
「ありがとう、跡部。なんだか少し弱気になってたんだけど、気分が上向いた
もっと昔に一発殴っとけば尾を引かなかったんだよね。イイコすぎたんだ、私」
「今からでも遅くねぇから殴っとけ。なんなら俺が代わりに殴っとくか?」
軽口を言い合い、私たちは笑った。
侑士と始める生活にナーバスになっていた。
この年になって、生活まで共にして破綻したら後がないと怖かったんだ。
愛されてるのは分かっている。
私が上手に愛情を受け止められないことで、侑士が他者へ逃げるのも分かっている。
でも、分かっているのと理解して納得できるのとは別物だ。
愛しているのなら私だけを見て、私だけに触れていればいいものを。
自分の望むような愛情が返ってこないからといって、他へ求めるなんて悲しいじゃない。
「これはどういうことや?」
聞き慣れた声に顔を上げると、目をつり上げた侑士が拳を握ってズンズンと近づいてきていた。
「あれ、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。ココの前を通りがかったら、恋人同士みたいに語り合うお前らを見つけてな」
唾を飛ばさん勢いでまくしたて、私のお水を手にとって一気飲みした。
そのまま空になったグラスを荒々しく置き、薄ら笑いを浮かべる跡部を睨みつける。
「ちっちぇ男は嫌われるぞ。ああ、まぁはお前の小ささを知ってるからな。今更か」
ぐぐっと唇をかんだ侑士が切なげに私の顔を見下ろしてくる。
器が小さい・・・確かに。そう思ったが、肯定すると泣きだすかもしれないので「座れば?」と誘った。
不機嫌そうに私の隣に座った侑士が素早く私の手を握る。
「侑士?」
「跡部といえども渡さへん」
「いるかよ。お前こそ、もうちょっとを信じろ」
「信じてる」
思いがけず、きっぱりと侑士が言った。
返された方の跡部も、ちょっと驚いた顔をしている。
「気持ちは信じられるけど、すぐ逃げるから安心できひんのや」
どっかで聞いた様な台詞だな・・・と跡部は呟き、チラリと私を見てから伝票を手に取った。
「ふん。お前ら、お似合いだぜ。二度と別れんなよ、俺が迷惑する」
ひらひらっと手を振ると、捨て台詞を残して跡部は帰っていった。
跡部がいなくなると、四人掛けのテーブルに隣り合って手を繋いでいる私たちは浮いている。
さりげなく繋がれた手を解こうとしたら、ますます侑士の指が強く絡み付いてきた。
「侑士、手・・・」
「いやや」
「あのねぇ」
「ちょっと待て」
唇を尖らせた侑士が胸のポケットから何やら封筒を出してきた。
片手で器用に封筒の中身を引っ張りだした侑士が折りたたまれた紙を広げる。
「これって」
「ココな、ココ。サインするまで手を離さへんから」
薄っぺらい紙には婚姻届と印刷されていた。
すごく色々なものを素っ飛ばして、ココに安心を求めた短絡的な侑士の思考が手に取るように分かる。
「ペンもある」
得意げにペンも出してくれたけど、さて・・どうしたものか。
「今は無理かな」
「なんで!?愛してるって、もう絶対に離さんって言うたやろ?」
「なんでって」
気づいてる?侑士が私の右手を握ってるからだよ。
それと公衆の面前で『愛してる』とか大きな声で言わないの。
新しいお水を持ってきてくれた店員さんが困惑してるじゃない。
でもね、やっぱり嬉しい。
今日も、明日も、十年後も。
ずっと『あいしてる』って言い続けてくれたら、きっと信じられる。
だから手を離して欲しい。
少しだけ、私が約束の文字を書く・・・その時間だけ。
『何度でもメリークリスマス』続編 〜何度でも、あいしてる〜(後編)
2012/05/24
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