『何度でもメリークリスマス』続編 〜何度でも、あいしてる〜(前編)











エレベーターを降りて、直線上。
薄暗い蛍光灯で照らされたマンションの廊下に女がいた。
俺の顔を見るなり『ユーシ』と名を呼び、抱きつかんばかりに駆けてきたから思わず避ける。



「ユーシ、あの時はゴメン。私、どうかしてた」
「えっと」



ぽってりとした唇とクルクルとカールしたロングヘア。



もちろん見たことある顔や。が、名前が思い浮かばない。
いつ別れたコやったっけか、去年やったような。いや、一昨年か?



「やっぱりユーシが好きなの。忘れられなくて・・・もう一度やり直したいの」



俺が名前を思い出そうとしているうちに、名無しの彼女は要件を言い終わってしまった。
が、はいそうですかと頷けるはずもない。



「あ〜、気持ちは嬉しいんやけど。それは無理かな」
「どうして?」



食らいつかんばかりに近寄ってきた彼女に仰け反りながら、胸の前で手を振る。



「どうしてって、今・・付き合うてる人がいるし」
「また私のこと好きになってもらうよう頑張るから」


「いや、それはちょっと」



勝手に頑張られても困るし。
それに俺は唯ひとり以外を今まで好きになったことがない。
今更ながらサイテーやな、俺。



心の中で自己反省しつつ腕時計を確認し、背中に嫌な汗が流れた。


不味い、めっちゃ不味い。
なんとかして早急にココから女を連れ出さんと。



「と、とにかく話を聞こう。近くのファミレスにでも行こうか」
「ユーシの部屋でいいよ」



げっ。なんちゅう恐ろしいことを。
顔が引きつるのを笑顔で誤魔化し、エレベーター側に足を向ける。



「いや、今な。引っ越し準備で部屋が散らかってるから」
「気にしないよ。なんなら私が手伝ってあげる」



その手伝いが、もうすぐ来るから。


ああ、あかん。思い出した。この図々しさというか、押しの強さ。
来るもの拒まずだった俺に言い寄ってきて、その俺が浮気をしたと怒って去っていったコだった。
男にチヤホヤされるのが当然だった彼女のプライドをいたく傷つけたのは知っていたが、
それで罪悪感を感じるほど人の好い俺ではない。


確か・・・アとか、リとかがついた名前やったなぁ。
しかし、名前を思い出すのは、後。とにかく今は時間がない。



「とにかく行こう。ちゃんと話は聞く」



離脱の手段は選べないと、えらく薄着な彼女の肩を抱いて耳元に囁く。
途端に女のコの瞳が蕩け、魔法にでもかかったように頷いた。


エロボイスとか散々に貶される低音も、こんな時には役立つアイテムや。
おとなしくなった女の肩を抱いたまま、エレベーターのボタンを押したらタイミングよく昇ってきた。


早く移動したかった俺は、ここで一瞬だけ気を抜いた。
その隙に女のコが体に縋りついてきて、おいおい香水が移ったら困るしと心配した視線の先。


開いていく扉の向こうを見て、俺は心臓が止まったかと思った。



会いたくてソワソワしていた日中が儚い夢のよう。
今だけは一番会いたくなかったが、エレベーターの四角い箱の中に立っていた。


僅かに瞳を大きくしただったが、それ以上には表情を変えなかった。
俺の顔を見て、ちらりと縋りつく女のコの顔も見て、
それでも無言でエレベーターから出てきて俺たちと擦れ違った。
傍から見たら住人同士が擦れ違う様な、恐ろしいほど自然な動き。


ドクンドクンと鼓動が耳に響く。
足に杭でも打ち込まれたみたいに動けなくなった俺を引っ張るようにして、女のコが「ユーシ?」と甘ったるく呼ぶ。


カサカサとが持っていたレジ袋の音が遠退いて、
続いて背後で鍵を開ける音がした。


そこで弾けれたように振り向いた俺は、淡々と俺の部屋の鍵を開けるの横顔を見た。



!」



扉を開いて中に入ろうとしている姿に、俺の焦燥感は半端ない。
うわずった声に、扉を半分開けたが手を止めて俺の方を向いた。



「誰、あの人?あれ・・ユーシの部屋じゃない」



さっきまで部屋の前で待っていた女のコが挑戦的に問う。
ねぇと拗ねたように俺のジャケットを引っ張るが、そんなものに構っている余裕が俺にはなかった。


説得力のある言い訳を。話せば分かってくれるはず。
いや、待て。過去の俺の所業を振り返れば、どんな言い訳も信じてもらえないかもしれない。
今度のは違う。俺は生まれ変わったんや。やっぱり、なにがなんでも誤解をとくしか。



、あのな、これは違うねん」



焦って出るのは使い古された言葉。
エロボイスの片鱗も見せられず、縋るような声が出る。



「昔の知り合いなんやけど相談があるっていうから」
「相談なんかじゃないよ。私はユーシとやり直したいの」


「黙っとけ、おい」
「なんでよ。あの人が付き合ってる人?なんかユーシのタイプと違う」


「ええから」



もう耐えられなくて女のコの体を無理やり引きはがしたら、「侑士」と厳しい声が響いた。
ハッとして顔を上げると、僅かに眉を寄せたが俺を睨んでいる。



「行って、彼女の話を聞いてきなよ。自分のしてきた事に、きっちり片をつけてきて」
「けど、は?お前…怒って帰るやろ?」



情けない顔をして問うているのは分かってる。
隣のコが驚いたように俺を見ているけれど、カッコ悪かろうがどうでもええねん。


ふっとの口元が緩んだ。



「待ってるから」
「ホンマに?」


「うん。夕飯の材料、二人分買ってきちゃったしね」



言って、手にしたスーパーの袋をは持ち上げた。



「よかった。怒ってないんや」



力が抜けて呟いたら、がにっこりと微笑んで言った。



「怒ってるよ。でも、それは後でね」



再びの衝撃に絶句する俺を残し、パタンとドアを閉められてしまった。





泣きたい気持ちでファミレスに行き、うわの空で女のコと話す。
話しているうちに段々と不安感が増し、一刻も早く家に帰っての姿を確かめたくなる。



「ユーシ、聞いてるの?あんな女の何がいいのよ。ユーシなんか、どうでもよさそうだったじゃない」
「そんなこと言うのヘコむからやめてくれるか?」


「なんか目つきが怖かったし」
「笑ってたけど、あれ・・怒ってたよなぁ」



テーブルに肘をついて頭を抱えた。
やっと手に入れたのに、次に手を離したら二度とは戻らない。
何度も馬鹿をして、何度も失ってしまった人だから、
今度こそ絶対大事にしようと思っているのに。



「どうしよう、捨てられたら」



零れた本音を否定してくれる誰かは、何処にもいない。
よりを戻したいと言った彼女の溜息だけが、やけに大きく耳についた。





一時間の後、俺は自分の部屋の前で立ち竦んでいた。
外から確かめた部屋には明かりがついていて、ひとまずは安心したのだが
なんというか・・・に会うのが怖い。


このまま無駄に時間を費やし、元カノと楽しく過ごしていたと思われるのは良くない。
決意してドアに手を伸ばすがインターフォンを鳴らす勇気はなく、自分で玄関の鍵を開けた。
ドアを開いて中に足を踏み入れると美味しそうな匂いが漂ってくる。


夕飯、作ってくれたんや。
ちょっと元気が出て、若干はビクつきながらもリビングの扉を開いた。



「あ、おかえり」



シンプルな黒のエプロンをしたが振り返る。
その変わらない笑顔を見て、へなへなと膝の力が抜けた。



「侑士?」



慌てて近づいてきたの肩に手を伸ばし、思いっきり抱きしめた。
ヨカッタ。まだ、がいてくれた。
大丈夫。おかえりって言って、俺の名前を呼んで笑ってくれたから。



「侑士、苦しいよ」



ぽんぽんとが俺の背をたたく。
宥めるような優しい仕草に胸が一杯になって、なおさら腕の力が緩められない。



「好きや、お前だけやねん。なぁ、信じて?」
「知ってるよ。侑士の気持ちは分かってるけど、姑息なやり方で誤魔化そうとするのは悪いところ」


「誤魔化そうなんて思うてない。ただ、お前に誤解されたくなくて」
「違う。私にじゃなくて、相手のコに対してだって」


「それは・・・うん」
「私だって面白くないし」



つんと後頭部の髪が引っ張られた。
その甘い仕草に、現金なもので気分が急浮上する。



「ごめんな。なぁ、妬いてくれた?」
「うん。秋刀魚を焼いた」


「そこでボケるか?」



そっと腕の力を緩めて、柔らかな髪にキスをする。
距離を少しとって見つめあって、鼻の頭に、頬に、唇にキスをした。
の細くて優しい手が、俺の頬を包む。



「もう二度と好きでもない人に手を出さないこと」
「分かってる」


「昔の過ちには誠実に謝罪すること」
「うん」


「もう・・離れないこと」



ちょっと怖かった。
小さく言って、が俺の肩に額をつけた。


ごめんな、あいしてるよ。
絶対に離れない。ずっとずっと、あいしてる。
誰といても、お前を愛してなかった時なんて一時もなかったんやから。



ぎゅっと思いを込めて強く抱きしめた。
今週には君と暮らす家に引っ越す。
一緒に暮らすようになったら、毎日『あいしてる』って言うから。



ねぇ、泣かんといて?




















『何度でもメリークリスマス』続編 〜何度でも、あいしてる〜(前編)

2012/05/22




















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