ずっと傍にいて 〜真田編〜 (後)










『今度、大事な試合がある。だから・・・来週は電車で会えないかもしれない。』


『大事な試合?テニスの試合って・・遠く?』
『まだ地区大会だから市の運動公園だ。』



あ・・近いかも。頭の隅で場所を思い浮かべた。



『あの・・立海のテニス部って強いの?』


『強い、と言いたいところが油断は禁物だ。
 気を引き締めていかなくてはな。


 それと、コホン。再来週には・・いつもの電車に乗る。』



真田君は咳払いをしてから言った。
それって・・・再来週には同じ電車で会おうって事?そう、受け取っていいの?
言葉には出来なくても覗き込む私の瞳から、彼は言いたいことを察してくれたらしい。
チラッと私を見た後は窓の外に視線を移し『そういうことだから』と言ってくれた。


どうしよう、自惚れてしまいそう。
熱くなる頬を俯いた髪で隠しながら、小さく『頑張ってね』と呟く。



『ああ、ありがとう』



顔は見られなかったけど、返ってきた真田くんの声はとても優しかった。










五月の連休に出向いた市営の運動公園。
新聞を毎日チェックして、今日がテニスの地区大会であることを知った私は無謀にも出かけた。


一目、彼がテニスしている姿を見てみたい。


それだけの想いで、何の知識も情報も得ずに出掛けてしまった。



知らなかったの。


立海が全国にも名を馳せている強豪校だったなんて。
そして、真田君が立海の中でも更に頂点を極めるような選手だったなんて・・・考えもしていなかった。


立海が試合しているコートは直ぐに分かった。
カラシ色のユニフォームがフェンスの周囲を取り囲み、その外側を更に多くの学校が囲んでいた。
皆が注目する試合なのだと人の多さで分かる。


そのベンチの中心で真田君が仁王立ちになり腕を組んでいた。
圧倒的な存在感。私の知らない厳しい顔の真田君がいた。



試合が開始されると立海の見事に揃った応援が始まり、女子高生達の歓声が上がる。
私は試合会場の熱気に呑まれ、気付けば人々に追いやられるようにして随分と離れた場所に立っていた。



とにかく強い。
あっという間に立海の勝利で終わっていく試合。
ゲームが終わるたびに感嘆とも取れる溜息が広がった。


そして、真田君が出てきた。
会場が今まで以上にざわめく。
私は胸元を手で押さえながら彼の姿を見つめていた。


私にボタンを差し出してくれた大きな手がボールを空高く上げる。
そのボールは私の目では追えないほどの早さでコートに突き刺さっていった。


歓声と拍手に混ざって、彼の名前を呼ぶ女の子たちの声。
隣にいた他校の選手達が「すげぇな、真田。」と口々に囁きあうのを聞きながら、
私は頭から振り注ぐ陽射しに眩暈を感じていた。


素人目にも分かる。彼は別格の選手。
誰かが『全国区の皇帝真田』だと言っていたのが耳に残る。



私の知っている真田君とは違う真田君がそこにいた。



たったの15分ほどで終わってしまった試合。
割れんばかりの歓声の中心に立つ真田君が真っ直ぐ見られずに、私は会場を後にしていた。


翌日の新聞にも真田君の名前が大きく記事になっていた。
さりげなく大学生の兄に立海のテニス部について聞いてみたら
『あそこは有名だぜ。そんなことも知らなかったのか?』と呆れられた。
立海テニス部の追っかけをしている女の子たちもいて、まるでアイドルか何かのようなんだと。



知らなかったの。


私が恋をした彼は、偶然に絡まった女の子の髪を切らないように自分のボタンを引きちぎってしまうような優しい人。
穏やかで、物静かで・・・あんな凄い場所に立って光を放っている人には見えなかった。



平凡な私が近づけるような人ではなかったのに。



告白して振られたわけでもないのに、どうしようもなく悲しかった。
膨らんでいた恋心は、あっという間にしぼんで小さくなる。


毎日、私に会うために電車を合わせてくれているような気になっていた。
単に真田君が好んで乗る車両が私の乗る車両と同じだったという偶然。


ひょっとしたら、真田君には迷惑だったかもしれない。
いつも私が乗ってるから無理して話しかけてくれてたのかな?


ううん、そんなはずない。
イヤならば別の車両か、時間をずらせばいいんだもの。
迷惑じゃなかったよね?嫌われてはいないよね?


真田君の気持ちが分からない。
何をどう考えても推測でしかなくて、私の心は右へ左へと揺れて臆病になってしまった。





そして週明け、真田君がいつもの電車に乗ると言った週。
私は一本遅い時間の電車に揺られていた。


いつもの電車に乗れる時間に家を出た。
けれどホームに降りる階段の前で足が止まってしまったのだ。



どんな顔して会えばいい?
溢れ出してしまいそうなほど真田君が好きなのに。
彼に会って普通の顔で話が出来る?



『真田くーん!』


コートに立つ彼を呼ぶ女の子たちの声が忘れられないの。
彼がどんなに凄い人なのかを知ってしまったら・・・普通の顔しては話せないよ。



電車の中、流れていく景色を見つめていたら涙が零れた。
ちっぽけな私。勇気のない私。


何もしていないうちに傷つくのを恐れて逃げている。



臆病な私を乗せて。
電車は毎日、真田君が降りる駅を通り過ぎていった。





彼と会わなくなって何日たっただろう。
その朝は雨だった。


湿度の高い電車の中で、今日も私は真田君より一本遅い電車に揺られていた。
窓ガラスには雨が斜めに模様を作る。
それをぼんやりと見ているうちに周囲には立海の制服が多くなって来た。



電車が真田君の降りる駅に滑り込む。
無意識に隣に立つ立海の生徒のボタンを見つめていた私は、駅名のアナウンスにハッとして顔を上げた。



ゆっくりとホームに滑り込む電車。
そのホームに、ずっと会いたくて会えなかった人の姿を見た。


それはスローモーションのように。
過ぎていく電車は彼を私の視界から外していく。



嘘、私の見間違い?
こんな時間に彼がいるはずがないもの。
いや、いたとしても。電車を待つかのようにホームに立っていることなど、ある筈がない。
思うのに胸がドキドキし始める。


ドアが開くと一斉に立海の制服がホームに流れていく。
その後にパラパラとサラリーマンや学生が乗り込んできた。
もちろん立海の生徒が乗り込んでくることなどない。



やっぱり、見間違いだったんだ。
そう結論付けて動き出した電車にホッと息を吐いた、その時。


突然、脇から肘を掴まれた。



「探したぞ」



彼は確かに、そう言った。探したぞ、と。



肘を掴まれたまま並んだ車内で、彼のブレザーからは雨の匂いがした。
私は何も言えなくて。彼も何も言わなくて。
直ぐについた次の駅で肘を掴まれたまま下車した。


そのまま人の少ないホームの端に引っ張られていく。
そこは風にあおられた雨が吹き込んでくる場所で傘が必要なほどだった。


振り返った真田君が、やっと肘を離してくれた。



「何故、電車の時間を変えた?」



真田君は私を真っ直ぐに見据えて言った。
初めて見る、どこか急いでいるような詰問してくるような口調に身が竦む。



「俺が・・・何かしたのか?」



ふるふると、頭を横に振る。あなたは何もしていない。



「何か事情があって時間を変えたのか?」



うん、と頷けばいい。なのに私は頷けなかった。
だって、それは真田君に嘘をつくことになる。


イヤだ。目の奥が熱くなってきた。


俯いて黙り込んだ私。
真田君は少しの間を置いて、今度はゆっくりと一つ一つを確かめるように話し始めた。



「何があったのか教えてくれないか?
 俺はいつもの電車で、ずっと待っていた。
 この数日前からは車両を変え、時間も変えてまで探していた。
 ずっと・・・お前を探していたんだ。」



真田君の言葉に顔を上げた。
待っていた、探していたという彼の言葉に瞬きも忘れて顔を見つめる。



「会いたいと思っていたのは俺だけなのか?
 想いは同じなのだと自惚れていたのは・・・俺だけか?」



いいえ、違う!
頭を横に振れば、涙が零れ落ちた。



「・・・よかった。ならば、ハッキリ言う。俺はお前が好きだ。付き合って欲しい。」



信じられない。私で、いいの?
言葉も出なくて、口元を押さえたまま泣いてしまった私。
近づいてきた真田君は私の頭をふんわりと自分の肩に引き寄せると、二度三度とぎこちなく髪を撫でてくれた。



「泣いているのは・・・良い方に解釈していいのか?」



声にならずに頷けば、真田くんの優しい声が耳元に囁かれた。



「今日は最高の誕生日だ」



ビックリして真田君を見上げれば、おかしそうに笑っている彼の頬も赤かった。





     今日の誕生日には意地でも見つけてやろうと思っていた。
     ん?誕生日を知らなかったのは当然だろう?俺は教えた覚えがないからな。


     プレゼントなどいらない。いや、もう貰った。
     お前に会えた。良い返事を貰えた。
     それで充分だ。


     で?何故、俺を避けた?


     は?なんだ、その理由は?
     まったく、わけが分からんな。
     何をどう考えたら、そうなるのか不思議だ。


     まあ、いい。
     これからは、ずっと傍にいて俺のことを知って欲しい。
     そして、お前のことも知りたい。もっと・・・もっとだ。





雨に湿っている真田君のブレザー。だけど、とても温かい。


細かい雨が私を濡らす。
真田君も濡らしている。


このままでは完全に遅刻する。
それでもいいと彼が笑った。




     お誕生日おめでとう。そして、ありがとう真田君。
     私・・・こんな私だけど。



     ずっと、傍にいて。




















「ずっと傍にいて 真田編」  

2006.05.21 

みい様に捧げます




















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