想いを映して 〜手塚編〜(前)
後で思うに、あれが俺の初恋だったのかもしれない。
小学生の俺にとって正月は、ツマラナイ以外の何物でもなかった。
朝から窮屈な着物を着せられてはラケットも振れない。
親戚や祖父の知り合いが次々と訪れる度に新年の挨拶を繰り返すのも苦痛だった。
『愛想のない子で・・・』と母が困ったように笑うのも毎年の事で、
だからといって笑いたくもないのに笑えるほど器用でない俺には拷問のような年明けの行事だった。
その中に母親同士が昔からの知り合いで、家族で懇意にしている一家がいた。
仕事の関係で海外にいたのが戻ってきたからと新年に我が家へ挨拶に来た。
また挨拶か・・と内心で溜息をつきつつ、
母について客間に足を踏み入れた途端に目を奪われた。
真っ赤な着物に金糸の入った帯。
結い上げた艶やかな髪には色鮮やかな花の簪が小さく揺れていた。
自分よりひとまわりも小さな彼女が両親の隣に座ってニコニコしていた。
『ほら、。ご挨拶をして。国光君はと同級生なのよ?』
『です。よろしくね?』
『・・・よろしく』
それがを知った最初だった。
小さい時は砂場で遊んだとか一緒にプールに入っていたなどと、
記憶にない思い出話に母親達が花を咲かせている間も俺はが気になって仕方なかった。
盛り上がる母達をよそに父親達は酒を酌み交わしはじめ、子供はすることがない。
居心地の悪い思いをしていたところで母に言われた。
『国光さん、ちゃんが退屈だろうから何かお相手してあげたら?』
何を?
困惑した目で問う息子に母親は苦笑して『ほら、お庭の鯉でも見せてあげたら?』と提案した。
親達に促されて外に出れば、
冬枯れの庭に立つ晴れ着のが目にも鮮やかで美しかった。
何を話していいのかも分からないし、どこを見ていいのかも分からない。
彼女のつむじか、真っ白の足袋先かを交互に見ながら歩いた。
『ここが池だ。』
見れば分かる説明だなと自分でも情けなく思ったが、途端に上がった彼女の大きな声に驚いた。
『うわぁ、綺麗!それに大きい!ね、このお魚なんて言うの?』
『鯉だ。色が綺麗なのは錦鯉、見たことがないのか?』
『うん!シドニーには、いなかったよ?』
『・・・そうか。』
『あ、見て、あの赤いの・・・着物きてるみたい!向こうに金色もいる!』
『手を叩けば寄ってくる。』
『ホント?』
『ああ、エサをやる時は手を叩くんだ。すると集まってくる。』
『やってみて!』
に強請られ手を叩けば、祖父に慣らされた鯉たちが一斉に集まってきた。
するとは脇に立つ俺の袖を引っ張って笑ったんだ。
『まるで魔法使いみたい!』
『魔法?』
『ウン!国光クンって、スゴイね!』
は屈託なく笑った。
髪に揺れる簪が繊細な音をたて、彼女の赤い袖が風に舞う。
彼女の笑顔は着物に描かれた花のように愛らしかった。
その時に初めて『女の子は可愛い』と俺は認識した。
後に可愛いのは『女の子』なのではなく、
彼女が可愛いのだと限定されていることに気がついた。
気づいた頃には・・・完全に俺は恋をしていた。
出会ったのは十になるかならないかの頃だった。
あれから共に中等部、高等部と進んできたが、ことごとくクラスが違った。
テニスに熱中すれば尚更のこと彼女とは遠ざかり、たまに見かけるに胸を焦がした。
会うたび美しくなっていく。
透けるような色白の肌に桜色の頬、
華奢ながらも女性らしい姿に変化していくのを俺は焦燥感に身を焦がしながら見ていた。
誰かがを好きになったら。
が誰かに心を奪われたら。
焦るのに俺は何も出来ないでいる。
俺に自慢できるものはテニスしかない。それさえ、まだ道半ばだ。
顔をあわせても気の利いた会話一つできるでなし、
どうやったら彼女が笑ってくれるのかさえ分からない有様だ。
久しぶりに職員室でに会った。
俺の顔を見て笑顔だけ浮かべると脇を通り過ぎていこうとするに思わず声をかける。
そうでもしないと最近の彼女は俺に話しかけても来ない。
それが何故なのか俺にとっては不安であり、訊ねられない自分が歯がゆいところだ。
「、この前だが・・・」
「なに?」
「母がケーキを貰ってきていた。」
「あ、ひょっとして手塚君も食べた?」
「食べてはいけなかったのか?」
「まさか!でも・・・甘いものは苦手かなと思って。」
「いや、ちょうどだった。」
「ホント?よかった!」
頬を染め口元で両手を合わせる彼女に聞きたい事がある。
母がの小母さんから貰ってきたのだと出してきたパウンドケーキはの手作りだと聞いた。
食べる?と訊ねられ、当然頷いた俺に母が意味深な事を言った。
「ちゃんがね、疲れている時は甘い物がいいからって。国光さん、ありがたいわねぇ。」
「ありがたい?」
「あなたのために焼いてくれたみたいよ?だってお邪魔した私の分は別に焼いてあったもの。
私には『余った分ですから』ってちゃんは言ってたけど、
後でお母さんが『が国光君のために別に焼いたのよ』って教えてくれたの。」
フォークを手にマジマジとケーキを見つめる俺に母は更に重ねた。
「あなた仕様で甘さが控えめなんですって。」
にとっては何でもない事なのかもしれない。
だが俺は期待してしまう。
特別な感情が彼女の中にありはしないかと探してしまうんだ。
「とても美味しかった・・・ありがとう。」
「あ・・・ウン。たいしたものじゃなかったんだけど。」
は俯いて、無意識に制服の端を握っている。
その緊張したような仕草に俺の胸が高鳴った。
『できたら、また食べたい。』
俺にしては精一杯の台詞を音にしようとした、その時に後ろから大石に声を掛けられた。
は心なし赤く染めた顔をあげ「じゃあね」と逃げるように背を向ける。
俺は拳を握り締め、つい大石に向かって溜息を吐いた。
「なんだ?何か困ったことがあったのか?」
「別に。」
「機嫌が悪いな。まさか職員室の前で告白されたのか?」
「そんなわけがないだろう。」
明らかに不機嫌であろう顔を隠しもせず、大石の手から頼んでいたファイルを取り上げた。
「あれ、6組のさんだね。彼女、人気があるんだよ?」
「そう・・なのか?」
「おとなしくて可愛いだろう?純情そうだしさ。
男子の間では『お嫁さんにしたい女子』の上位にいるらしいよ?」
「馬鹿馬鹿しい。」
「やっぱり手塚は興味ないんだ。可愛いのにな、彼女。」
俺は音を立ててファイルを閉じると、が去っていた廊下を見遣る。
もう愚図愚図と考えている暇はないらしい。
また一つ溜息が落ちた。
テニプリ短編TOPへ 次へ